正法眼蔵 観音
無住大師と呼ばれる三十七祖の雲巌曇晟は、兄弟子である修一大師と呼ばれる道吾円智に「『大悲菩薩』、『千手観音』は、多数の『眼が有る手』を用いて、どうするのでしょうか?」と質問した。
道吾円智は、「人が夜間に背で手で枕を模索するような物です」と言った。
雲巌曇晟は、「私は理解しました。私は理解しました」と言った。
道吾円智は、「あなたは、どんな理解をしたのですか?」と言った。
雲巌曇晟は、「(千手観音は、)『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのです」と言った。
道吾円智は、「(雲巌曇晟の)言葉は大分言い得ています。八、九割、言い得ています」と言った。
雲巌曇晟は、「私は、ただ、このように、理解しました。師兄は、どのように理解しているのですか?」と言った。
道吾円智は、「(千手観音は、)『通身』、『全身』が、『眼が有る手』なのです」と言った。
道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子の前や後で観音について話す人を多く聞くが、道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子のように観音を言い得ている人はいない。
観音の学に参入しようと思うならば、道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子の言葉に参入して究めるべきである。
「大悲菩薩」と言うのは「観世音菩薩」である。「観自在菩薩」とも言う。
「観音は諸仏の父や母である」とも学んで学に参入する。
「観音は菩薩なので、諸仏よりも『道』、『真理』を未だ会得していない」と学ぶ事なかれ。
観音は過去は正法明如来である。
雲巌曇晟の「『大悲菩薩』、『千手観音』は、多数の『眼が有る手』を用いて、どうするのか?」という言葉を挙げて、ひねって観音の学に参入して究めるべきである。
観音を保持させ任せる「家門」、「家筋」が有るし、観音を夢にも未だ見ない「家門」、「家筋」が有る。
三十七祖の雲巌曇晟に観音が有り、兄弟子である道吾円智と観音に同じく参入した。
一人、二人の観音だけではなく、百人、千人の無数の観音が三十七祖の雲巌曇晟に同じく参入している。
観音を真に観音に成らせるのは、三十七祖の雲巌曇晟の会だけである。
なぜなら、三十七祖の雲巌曇晟は観音を言い得ているが、他の仏道者は観音を言い得ていない。
他の仏道者が言う観音は、ただ、十二面であるが、三十七祖の雲巌曇晟は、そうではない。
他の仏道者が言う観音は、わずかに千手の「眼が有る手」であるが、三十七祖の雲巌曇晟は、そうではない。
他の仏道者が言う観音は、仮に、八万四千本の「眼が有る手」であるが、三十七祖の雲巌曇晟は、そうではない。
何によって、このようであると知るのか?
雲巌曇晟の「『大悲菩薩』、『千手観音』は、多数の『眼が有る手』を用いて、どうするのか?」の「多数」という言葉の意味は、ただ八万四千本の「眼が有る手」だけではないし、まして、十二や三十二、三といった数種類だけではないからである!
雲巌曇晟の「多数」という言葉は、数が多い事を言い表しているだけなのである。
雲巌曇晟の「多数」という言葉は、種類が限られていない。
雲巌曇晟の「多数」という言葉は、種類が限られていないので、無限という数にも限るべきではない。
このように、雲巌曇晟の「多数」という言葉の意味の学に参入するべきである。
雲巌曇晟の「多数」という言葉は、無数、無限という数を超越しているのである。
雲巌曇晟は「千手観音の多数の『眼が有る手』」という言葉をひねって来たが、道吾円智が「不明瞭な事を言っている」と言わなかったのは意味が有る。
道吾円智と雲巌曇晟が三十六祖の薬山惟儼に同じく参入して肩を並べてから四十年、同じく修行した古今の因縁を推測すると、道吾円智は雲巌曇晟の正しくない部分は削り取ったし、正しい部分は証明してあげたはずである。
道吾円智は雲巌曇晟の正しくない部分は削り取り、正しい部分は証明してあげてきたが、
雲巌曇晟が「千手観音の多数の『眼が有る手』」と言うと、道吾円智は証明してあげた。
知るべきである。
道吾円智と雲巌曇晟という二人の古代の仏と等しい人達は同じく「千手観音の多数の『眼が有る手』」という言葉を理解して取ったのである。
道吾円智と雲巌曇晟は、明らかに、「千手観音の多数の『眼が有る手』」に同じく参入したのである。
雲巌曇晟は道吾円智に「千手観音は多数の『眼が有る手』を用いて、どうするのか?」と質問した。
この質問を、経典の似非学者や未熟な修行者の質問と同じであるとみなすなかれ。
この質問は、言葉を挙げて来ている。千手観音の「眼が有る手」を挙げて来ている。
雲巌曇晟は道吾円智に「千手観音は多数の『眼が有る手』を用いて、どうするのか?」と言ったが、この功績を力として仏と成る古代の仏や新しい仏がいる。
「千手観音は多数の『眼が有る手』に何をさせるのか?」とも言えるし、
「千手観音は多数の『眼が有る手』をどうするのか?」とも言えるし、
「千手観音は多数の『眼が有る手』を動かして、どうするのか?」とも言えるし、
「千手観音は多数の『眼が有る手』について話して、どうするのか?」とも言える。
道吾円智は、「人が夜間に背で手で枕を模索するような物である」と言った。
この言葉の意味は、「例えば、人が夜間に手を後ろにして枕を模索するような物である」という意味である。
「模索する」と言うのは、「探り求める」事である。
「夜間」とは「暗い」事を言っているのである。
「日陰で山を看る」と言うような物である。
「『眼が有る手』を用いる事」は、「人が夜間に背で手で枕を模索するような事」なのである。
「人が夜間に背で手で枕を模索するような物である」という言葉によって、「『眼が有る手』を用いる事」を学ぶべきである。
日陰から夜間を想像する事と、実際に夜間である時を、点検して詳細に調べるべきである。
昼でも夜でもない時を、点検して詳細に調べるべきである。
たとえ「人が枕を模索する」事が「観音が『眼が有る手』を用いるような事」であると理解できなくても、「人が枕を模索する」事が「観音が『眼が有る手』を用いるような物である」道理から逃れる事はできないし、逃げるべきではない。
「人が夜間に背で手で枕を模索するような物である」という言葉の「人」とは、単なる例えなのだろうか? 仏道の平常の人であり、俗世の平常の人ではないのか?
もし仏道の平常の人であると学んで、単なる例えでなければ、「枕を模索する」事に学ぶべき所が有る。
「枕」という言葉についても質問するべき何らかの様子が有る。
「夜間」という言葉も人間や天上の昼夜の夜間だけではないだろう。
知るべきである。
「枕を模索する」と言うのは、「枕を取る」事ではないし、
「枕を引く」事ではないし、
「枕を出現させる」事ではない。
「夜間に背で手で枕を模索する」と言う道吾円智の言葉の奥底を点検して詳細に調べると、眼は夜間を得たが、(手は)見る事ができるようである。見過ごす事なかれ。
手が枕を探る事は未だ「剤限」、「整え限る事」に着手していない。
「背で手で枕を模索する」時に重要であるのは、「背眼」、「目が届かない場所」であるのが重要なのか?
「夜間」という言葉を明らめるべきである。千手観音の「眼が有る手」の世界の事なのだろうか?
人には千手観音の「眼が有る手」が有るのか?
千手観音の「眼が有る手」だけが雷鳴を飛ばして轟くのか?
「頭が正しいので尾も正しい」のである千手観音の「眼が有る手」が一、二本、有るのか?
もし、このような道理を点検して詳細に調べれば、たとえ「多数の『眼が有る手』を用いる」事があっても、誰が「『夜間に背で手で枕を模索するような者』は『大悲菩薩』、『千手観音』である」とするだろうか?
「『眼が有る手』は菩薩である」とだけ聞こえるかのようである。
「『眼が有る手』は菩薩である」と言うならば、「『眼が有る手』という菩薩は、多数の『大悲菩薩』、『千手観音』を用いて、どうするのか?」と質問するべきである。
知るべきである。
たとえ「眼が有る手」が遮らなくても、「用いて、どうするのか?」と言うと、「『眼が有る手』によって、用いる」のであるし「『眼が有る手』を用いる」のである。
このように「道」、「真理」を会得するような者は、遍く「眼が有る手」が「最初」から隠していなくても、「遍く『眼が有る手』」という「道」、「真理」を会得する機会を待たない。
あれこれと「最初」から隠していない「眼が有る手」が有っても、「眼が有る手」は、自己には無いし、
「眼が有る手」は、山や海には無いし、
「眼が有る手」のあれこれは、日面や月面ではないし、
「即心是仏」、「正しい心が仏である事」ではない(ので、正しい心が仏であっても、千手観音の「眼が有る手」は無い)。
雲巌曇晟の「私は理解した。私は理解した」という言葉は、「道吾円智の言葉を私は理解した」と言っているわけではない。
「千手観音の『眼が有る手』をどのように用いるか?」を言葉で言い表すと、「私は理解した。私は理解した」と成るのである。
「無端用這裏」、「手がかり無く、この中を用いる」のである。
「無端須入今日」、「手がかり無く、今日に入らなければならない」のである。
道吾円智の「あなたは、どんな理解をしたのか?」という言葉は、雲巌曇晟の「私は理解した」という言葉による物である。
雲巌曇晟の「私は理解した」という言葉を遮るわけではないが、道吾円智は「あなたは、どんな理解をしたのか?」と言ったのである。
「私は理解しているし、あなたは(何かを)理解した」なのであり、「眼が理解しているから、手も理解している」事が無いであろうか?
形成されて現されている理解であるのか? 未だ形成されて現されていない理解であるのか?
「私は理解した」という言葉の「理解している」者を「私」であるとしても、「あなたは、どんな理解をしたのか?」という言葉に「あなた」という言葉が有る事を鍛錬するべきである。
雲巌曇晟の「(千手観音は、)『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのである」という言葉だけが世に現れているのは、道吾円智が「人が夜間に背で手で枕を模索するような物である」と言ったら、雲巌曇晟は「(千手)観音は、『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのである」と言った、として学に参入する人だけが多いからである。
「遍身」、「体中」が「眼が有る手」である観音は、観音であるとしても、「道」、「真理」を未だ会得していない観音である。
雲巌曇晟は「(千手観音は、)『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのである」と言ったが、「(千手観音は、)『眼が有る手』が、身に遍く行き渡っている」と言っているわけではない。
千手観音の「眼が有る手」が遍く行き渡っているのが、たとえ世界に遍く行き渡っていても、千手観音の身や「眼が有る手」に遍く行き渡っていない。
たとえ千手観音の身や「眼が有る手」に遍く行き渡る功徳が有っても、「攙奪行市」、「市場を奪う」ような「眼が有る手」ではない。
千手観音の「眼が有る手」の功徳は、見て理解して取ったり、行って理解して取ったり、説明して理解して取ったりして、正しいと認める事ができない。
千手観音の「眼が有る手」は「多数」であると言われているので、千を超越しているし、万を超越しているし、八万四千を超越しているし、無数、無限を超越している。
千手観音の「遍身」、「体中」の「眼が有る手」だけが無数、無限を超越しているわけではない。
「度生説法」、「生者を仏土へ渡す法を説く事」も無数、無限を超越している。
「国土放光」、「仏国土を照らす仏が放つ光」も無数、無限を超越している。
このため、雲巌曇晟は「(千手観音は、)『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのである」と言ったが、「千手観音の『眼が有る手』を千手観音の『遍身』、『体中』としているわけではない」として学に参入するべきである。
雲巌曇晟が「(千手観音は、)『遍身』、『体中』が、『眼が有る手』なのである」という言葉を使用していても、動静としていても、動揺する事なかれ。
道吾円智は、「(雲巌曇晟の)言葉は大分言い得ている。八、九割、言い得ている」と言った。
道吾円智の言葉の主旨は、「(雲巌曇晟の)言葉は大分言い得ている」なのである。
「大分言い得ている」と言うのは、「言い当てているし、言い表しているし、未だ言い得ていない残りは無い」と言っているのである。
未だ言っていない事についても、言い得ていない残りが無いのを言う時は「八、九割、言い得ている」と言うのである。
道吾円智の言葉の意味の学への参入が、たとえ十割であっても、未だ言い尽くせない(、言い表せない)力量であるならば、参入して究めたとは言えないのである。
「道」、「真理」の会得、理解は八、九割であっても、八、九割、言い表せる場合と、十割、言い表せる場合が有る。
この時、百、千、万の無数に言い表せるのを、力量が絶妙であるので、少しの力量を挙げて、わずかに八、九割に言い表す場合が有る。
例えば、尽十方界を百、千、万の多量の力で、ひねって来る事は、ひねって来ない事より優れているが、一つの力だけで、ひねって来る事は普通の力量ではない。
道吾円智の「八、九割、言い得ている」という言葉の意味は、そういう意味である。
それなのに、仏祖の道吾円智の「八、九割、言い得ている」という言葉を聞いて、「言い得ていれば十割であるべきなので、言い得ていないので道吾円智は『八、九割』と言った」と誤って解釈してしまう。
もし仏法が、そのような物であるならば、今日にまで至る事ができなかったであろう。
道吾円智の「八、九割、言い得ている」という言葉は、「百、千に無数に言い得ている」と言うような物であるし、「多数、言い得ている」と言うような物である、として学に参入するべきである。
道吾円智が「八、九割、言い得ている」と言ったのは、「八、九割に限る事ができない」という意味で言っているのである。
このように、仏祖の言葉の学に参入するのである。
雲巌曇晟が「私は、ただ、このように理解した。師兄は、どのように理解しているのか?」と言ったのは、
道吾円智が「八、九割、言い得ている」という言葉を言ったので、雲巌曇晟は「ただ、このように理解した」と言ったのである。
これは、「不留朕迹」、「自分の跡を残さない」が、「臂長衫袖短」、「腕が長くて袖が短い」(ので表れてしまう)のである。
自分の言葉が未だ言い尽くせていないまま置いておくのを「私は、ただ、このように理解した」と言い表したわけではないのである。
道吾円智は、「(千手観音は、)『通身』、『全身』が、『眼が有る手』なのである」と言った。
道吾円智の言葉は、「千手観音は、『通身』、『全身』が、『眼が有る手』で合成されている」と言っているわけではなく、「千手観音は、『通身』、『全身』に、『眼が有る手』の功徳、力が有る」のを「(千手観音は、)『通身』、『全身』が、『眼が有る手』なのである」と言っているのである。
そのため、「千手観音は、身が、『眼が有る手』なのである」と言っているわけではない。
「多数の『眼が有る手』を用いる」とは、「手と眼を用いる事が多数である」から、「千手観音は、『通身』、『全身』に、『眼が有る手』の功徳、力が有る」のである。
「多数の身心を用いて、どうするのか?」と質問されたら、「『通身』、『全身』とは、どのような物であるか?」と言い得る事も有るべきである。
まして、雲巌曇晟の「遍身」、「体中」という言葉も、道吾円智の「通身」、「全身」という言葉も、言い表し尽しているわけでも、言い表し尽していないわけでもないのである。
雲巌曇晟の「遍身」、「体中」という言葉と、道吾円智の「通身」、「全身」という言葉は、量を比べて論じているわけではなく、両方共、「多数の『眼が有る手』」を言い表している。
そのため、釈迦牟尼仏が言い表した観音は、わずかに、千手の「眼が有る手」であるし、十二面であるし、三十三身への変身であるし、八万四千本の手である。
道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子が言い表した観音は、「多数の『眼が有る手』」である。
けれども、数の多い少ないを言っているわけではない。
道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子が言い表した「多数の『眼が有る手』」の観音の学に参入する時、一切の全ての諸仏は観音の三昧を「八、九割」成就するのである。
正法眼蔵 観音
その時、千二百四十二年、僧達に示した。
仏法が西のインドから伝わって来てから今まで、多くの仏祖が観音について話してきたが、道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子に及ばないので、道吾円智と雲巌曇晟、兄弟弟子の観音だけについて話した。
真覚大師と呼ばれる永嘉の玄覚は、「一つの法も見ない者を如来と名づける。まさに、観自在と名づけ、為す事ができ得る」と言った。
永嘉の玄覚の言葉は、如来は如来の身を現すし、観音は観音の身を現すといえども、如来と観音は実体が別ではなく一つである証明である。
麻谷の宝徹は、臨済義玄に、「大悲菩薩」、「千手観音」の千手の「眼が有る手」のうち「どれが『正眼』なのか?」、「どれが正面から見ているのか?」と見えた事が有る。
麻谷の宝徹の言葉は、「多数」の一つ一つである。
雲門文偃は、「(香厳の智閑のように、石が竹に当たる音といった)音声を聞いて道を悟ったり、(霊雲志勤のように、桃の花の色形といった)色形を見て心を明らめたりするのは、観世音である」と言った。
どの音声と色形も見聞きする観世音菩薩がいる!
百丈の懐海は「観音が理に入る門」と言った。
「(首)楞厳経」には「円通」する観世音菩薩が記されている。
「法華経」の「観世音菩薩普門品」には、「観世音菩薩品の普門示現の神通力」と記されている。
百丈の懐海の観音も、「(首)楞厳経」の観音も、「法華経」の観音も皆、仏と同じく参入し、山河や大地と同じく参入するといえども、なお、これは、「多数の『眼が有る手』」の一つや二つなのである。




