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第六話 トヌカにて

 ロズワグンは不死身の聖騎士に襲われた際に征四郎と出会う。

 征四郎の助力で聖騎士の追撃を振り切って、近くの商業都市トヌカに赴くことにした。

 そこでも、聖騎士を要するクラッサ王国の手が伸びていることを知らずに……。



 トヌカは大国ロニャフを盟主とする北方連盟の中でも指折りの商業都市だ。

 大陸を行き交う交易路が近く、大きなスルスリ川が流れているため、水運も盛んな為だ。

 ここより北になれば、水路は冬場は使いづらくなるため、北方連盟の玄関口として栄えている。


 そのトヌカに二人の旅人が訪れたのが数時間前。

 金色の髪に同じ色の毛に覆われた耳が頭についているローブ姿の女は、旅の術師と思われた。

 もう一人の、ボロボロのローブを纏う黒髪の男は、女に比べても服装は貧相であったが、足を痛めている女に肩を貸しながらも、平然と歩いている様子から体力はあるように見える。


 街を守る衛兵に流石に服装がみすぼらしくて見咎められたが、女の方が上手く言い繕って何とか中へと入りこめた。

 トヌカは人の往来が激しいが、それなりに警備はしっかりとしている。

 スリの横行や盗人の暗躍などあっては、商業都市としての名前に傷がつく。


 さて、ボロボロの服装の男こと征四郎(せいしろう)は大抵の事に頓着しない性質であったが、あまりに多くの通行人からじろじろと見られるので、流石に嫌気がさしてきた。


「ロズワグン、すまないが金銭を貸してくれまいか。流石にこうも見られては……」


「案ずるな、貸してやる。余も流石にここまで注目されるのは恥ずかしいぞ」


 すまないと謝罪の言葉を口にしながら、ロズワグンの歩みに合わせて歩く征四郎を彼女は少しだけ可笑しく思い、笑ってしまった。


 程なくして、服飾屋を見つけるとロズワグンはここだと入ろうとしたが、征四郎は店を一目見るなり立ち止まってしまった。

 足を痛めている彼女一人では、店に入れず如何したのかと征四郎を伺うと……。


「おい、ここは大分高いのではないか?」


「そうか? 余の服は大抵こう言う所で買っていたと思ったが……」


「いや、君。これはオーダーメイドの店ではないのか?」


「そうだろうな」


 事も無げに言ってのけたロズワグンをぎょっとしたように征四郎は見詰めた。

 そして、恐る恐ると言った風に問いかけた。


「……君は金持ちの娘だったりするのか?」


「まさか。しかし、気に入らんのか、この店が?」


「店の方でお断りだと思うぞ。我々の見てくれ、君は旅人だ。だが、私など下手すれば賊か何かだ」


 そうかと何処となく悄然(しょうぜん)とするロズワグンを眺めやり、聊か悪い事をしてしまった気分になったが、征四郎は頭を軽く振って。


「それにだ、こんなボロを着た奴が、いきなりオーダーメイドの服を着込めば嫌でも目立つ。衛兵に絶対咎められるだろう……。それに、連中にも気づかれてしまうかもしれん」


 その言葉にはなるほどと頷いたロズワグンは、困ったように周囲を見渡して。


「この手の服屋以外は碌に知らんな」


「……あそこで良い」


 征四郎は嘆息しつつ周囲を見渡して、鎧の絵が描かれた木板のぶら下がる店を示した。


「武装を整えると?」


「ちと頑丈な服くらいは扱っているだろう。それに靴を変えたい」


 ローブの裾から見える靴はローブ以上にボロボロで、何やら赤黒い染みまでついている。

 なるほど、これは変えたい訳だと頷いたロズワグンは、スポンサーとして良かろうと許可を出した。


 二人が少し離れたその店に入ると、小難しそうな髭面の老人が出てきた。

 店内の棚には幾つかの鎧や兜が置かれている。革製がメインに扱う店のようで、これなら服もあるかと征四郎はそっと安堵の息を吐き出す。

 そして彼は自身が欲するものの説明を始めた。


 征四郎の要望、旅するのに十分な強度の服と靴をとの注文に黙って頷いた老人。

 印のついた紐を、目の前の机の引き出しから取り出せば征四郎に近づく。

 如何やら採寸を測る様だ。


 腕、足の長さを紐で測り、肩幅を測る為に背中に触れた老人は、驚きの声を上げた。


「こりゃ驚いたわい! お主随分と鍛えておるな」


「一応剣士だからな」


「惚れ惚れする様な鍛え方じゃて。はて、この肉の付き方、どこぞで見たな……。おお、そうじゃ! 東の剣士がその様な肉の付き方をしている。この辺の武器とは違うからな、肉の付きようも変わってくる。いや、そうだとしても見事に鍛えておるわ。……うむ、少し大きめの服が良かろう」


 ひとしきり征四郎の鍛えられた背筋を褒めたたえて、老人は奥に引っ込んだ。

 この地の戦士はそこまで体を鍛えないのだろうかと訝しむ征四郎だったが、ロズワグンには老人の驚き様が何となく分かった。

 騎馬民族(ホースニアン)の滅びた集落で行っていたような修練を、征四郎はトヌカに来るまで毎日行ていた。

 僅かに三日ほどの時間でしかないが、彼は弛まず修練を行うのだから鍛えられるのは十分に理解できた。


「あそこまで褒めると、ちと気になるな」


 ロズワグンは興味深そうに頭部の耳をピコピコと動かし、征四郎の背中に腕を伸ばした。

 ほっそりとした白い指先がローブの上から肩甲骨辺りを撫でる。


「おお……っ! 確かに凄まじい……。見た目より余程がっちりとしているのだな」


「急に触るな、心臓に悪い……。私くらいの鍛え方ならざらだと思うのだがな……」


 背中を撫でまわされて、居心地悪そうに征四郎が告げる。

 だが、少なくともロズワグンはここまで身体を鍛えた戦士を知らない。

 ……弟が聖騎士になるような武勇に秀でた存在であり、戦死した故国の戦士の身体を寄せ集めて、狂戦士を作り上げるような彼女がだ。


「貴公の国ではどうだか知らんが、この大陸の戦士は魔力を自身に付与している。あまり鍛えすぎても魔力の巡りが悪くなると言われているからな、貴公ほど鍛えている者は稀だ。――魔力を巡らせるとは言え、聖騎士のアレは異常だが……」


 魔力を付与するとしても、速度が速まったり、力が上がったりと言った補助的な物でしかない。

 破壊の力を持つ魔術などは長い詠唱と精神力を必要とするのが本来で、剣の一振りで衝撃波を放つ何て非常識だと術師であるロズワグンは不満げに言う。

 その辺りについては師より学んでいたので、そうだなと征四郎は相槌あいづちをうったが、どちらも大概だと密かに思う。


 征四郎はこの地に飛ばされて、存在だけは知っていた魔術、呪術に初めて触れた。

 体は鍛えてあったが、いわゆる魔力付与(エンチャント)能力は素人同然であった。

 幸い、呪術の才があった事と、魔力付与(エンチャント)が征四郎が知る気を練り上げ巡らせる古い武術とよく似ていた事でイメージとしては理解できた。

 そのおかげか身体能力を向上する呪術は数か月で使いこなせるようになっていた。


「しかし、同じく剣を振るにしてもそこまで筋肉の付き方は変わる物なのか?」


「得物によって違うのは当然だ。刺突剣と長剣ではその動きが根本的に違うから当然として、同じ長剣でも振い方が違えば自ずと肉の付き方も変わるさ。国々それぞれに剣の技があり、それに応じた肉が付く」


 ロズワグンが、そう言う物かと感心していると不意に外が騒がしくなった。

 人々が騒めき、戸惑うような声が響く中、声が響いた。


「聖騎士……っ! ……聖騎士が来るぞ!」


 必死の叫び声、しかし、それを掻き消すように衛兵が声の主を取り押さえようと制止の声を放ち群がっている様子が聞こえる。そして、誰かが裏切り者と叫んだ。


「……聖騎士になった男が、聖騎士が来ると喧伝するか」


 手に幾つか服を持って戻って来た老人が倦み疲れたような表情で告げた。

 その声には悲しみと怒りの色が込められているようだった。


「家族、か?」


「――慧眼じゃな。ワシの従妹の子じゃ。名うての衛兵だったがな、女房子供を捨てて東の地に行ってクラッサの聖騎士になりおったわ」


 その言葉に、ロズワグンは顔を顰めて、表を伺う。衛兵に囲まれ、武器を突き付けられながら、彼は叫んでいた。


「聖騎士が、聖騎士が来るぞ!……来る……ぞ」


 その言葉に何かを感じたのか。征四郎は徐に外へと飛び出した。


 男の言葉に何を感じたのか、聖騎士になった筈の男は何を伝えようとしているのか。それを確かめるために。


【第七話に続く】

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