表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

続・剣士二人

 振り返れば、楽な道のりではなかった。

 北の地より始まり、川を下り、戦火を乗り越えて、この地まで来た。

 この地でも激闘を制し、遂に求めた技を、術を、法を得た。

 だが、この立ち合いが全てを無に帰す事になるかも知れない事は、皆が知っていた。

 止めるのが正しい。

 それは、誰もが知っている。

 それでも、彼等は戦うのだ。

 聖騎士を全て滅ぼす事を望むが故に。

 犯した罪を償うために。

 互いが強者と認めたが故に。



 ロズワグンを刹那の追憶から引き戻したのは、弟グラルグスの咆哮であった。

 剣の振う、その一心から放たれた咆哮は、何処までも純粋で力強かった。

 響き渡る咆哮に混じり、右足を踏み込む音が混じる。

 切っ先が短くなった剣で、征四郎の命を刈り取る為、大きく踏み込みながらその頭を砕かんと一撃を振う。

 剣を紫電が纏わり付き、電流を迸らせながら征四郎に迫った。

 だが、征四郎は未だに小動こゆるぎもしなかった。


 グラルグスは惑った。

 渾身に近い一振りだが、これは呼び水の一撃。

 征四郎ならば容易くこれを避けて自分を断ち切る一撃を放てる筈。

 その挙動を感じ取り、征四郎の振るう一撃を刃にて逸らし、真の攻撃に移る。

 その算段が脆くも崩れ落ちた。

 このまま、断ち切れると言うのならば切ってしまえば良い。

 釈然としないものを感じながら、グラルグスの意思は四肢にその様に伝達したはずだが、グラルグスの身体は、本能は、それを良しとしなかった。

 振った一撃の軌道が無茶苦茶になるのも構わず、突然、身を翻して、大きく下がった。


 途端、ゾッとする様な冷たい殺意を帯びた赤銅色の刃が、先程まで彼がいた場所を断ち切っていた。

 

「……ふむ」


 征四郎は、今の一撃が嘗て師である方喜かたよしに打ち掛かった際に食らった一撃とそん色がないと言う自負を持っていた。

 木刀が師の頭蓋を砕くと思われた瞬間に、地面に倒れ伏していたあの日の事を。

 師の一撃は木刀を砕き、征四郎は腹ばいに倒れ込ませるほどの威力と、何より速さがあったあの一撃に並んだかに見えたが。


(グラルグスは、自らの一撃を投げ捨て避けに行った。逃げる時は恥も外聞もなく逃げを打つ……強いな)


 調子に乗らせれば、勢いで押し切るだけの技量がグラルグスにはある。

 レドルファとはまた違った強敵。

 危機を察する本能と、努力に裏打ちされた武芸、それに……投降したころに比べれば明らかに生きようともしている。

 ……だが、それは此方も同じ事だ。


 そう胸中で呟いた征四郎が、次の一手を打つと、仲間たちがざわめいたのが分かった。

 征四郎は普段とは異なる構えを取ったからだ。

 トンボと同じように異様な構えである。

 僅かに開いた両足は、右足が僅かに下がり。

 右手に持った赤銅色の剣は下を向き、その切っ先は丁度足と足の間、体の中心を示していた。

 刃の向きは左を向いており、飄然と立ち竦んでいるようにも見えた。


「何という構えを……」


 エルドレッドは呻いた。

 蛇宮たみやは白い喉を鳴らして唾を呑んだ。

 待ちの構えである事は明白だ。

 如何なる打ち込みにも合わせて、下段から合わせ打ちにて仕留める心算なのだろうが、何と言うリスクを度外視した構えであろうか。

 生きようとする征四郎の本能が、グラルグスを殺したくはないと言う心の奥底の声が、そしてジーカの地下でレドルファと戦った経験が征四郎に新たな構えを取らせたのだ。

 

 征四郎の新たな構えにグラルグスは惑った。

 そして、はっきりとした待ちの構えを征四郎が取った事に。

 征四郎は既に分かっている筈だ、グラルグスの戦いの運び方を。

 誘いの一打を浴びせ、それに反応した相手の虚を突き、打ち倒すのがグラルグスの得意とする戦法だが、既に二度仕留め損ねている。

 一度目は体術で阻まれ、二度目はその剣速を感じたグラルグス自身が途中で逃げを打って取り止めた。

 征四郎ほどの男ならば、己の戦法を把握したはずだ。

 だと言うのに、構えまで変えて待ちに徹するのはどう言う事か。

 恐れるに値しないと言う事か、或いは、上回る手段を持っていると言う事か。

 

 自ずとグラルグスの額に冷や汗が浮かび流れ落ちる。

 前後に細かく動き間合いを図ろうにも、征四郎はその動きを全て無視して真っすぐにグラルグスを見据え続ける。

 グラルグスは意を決して吼えながら刃を振う。

 下段からの攻撃であれば、頭部を狙った一撃ならば弾かれ難いとでも思ったのか、征四郎の頬辺りに横薙ぎの一撃を放った。


「おおっ!」


 誰からともなく感嘆の声が上がる。

 剣を振るったはずのグラルグスの指を二本と共に、彼の剣が宙を舞ったからだ。

 

 征四郎は振り上げた赤銅色の刃の切っ先をグラルグスに突き付けて、問うた。


「まだ、やるかね?」


 グラルグスは、小指と薬指を失った己の利き腕を見やる。

 聖騎士であるこの身体ならば、すぐにでも治る傷。

 だが、完膚なきまでに叩きのめされた今、その力に頼るのは今まで築き上げてきた自身の武を軽んじているように思えてならなかった。

 

「――やはり、強いな……俺は破れた、やれ」


 傷が癒える前に、そう言外にグラルグスが告げれば、征四郎は切先をグラルグスの右に脇腹に突き立てた。

 途端、グラルグスの中で何かが断たれたような感触と音が響き渡る。

 致命傷とは言わずとも、深手を負わせる一撃。

 されど、それ以上は無用とばかりに征四郎は剣を抜いた。


「止めは、しっかりと……うぐっ!」


 その半端な攻撃に文句を言おうとしたグラルグスだが、体内から熱い物がせり上がってきて、思わず呻くと同時に吐き出す。

 それが泡立つ赤黒い血の塊だった。

 吐き出された血の塊は、意思を持つ者の様に天に向かって隆起して……力尽きて大地に広がり染みとなった。


「聖騎士グラルグスは死んだ。後の事は自分で決めろ」


「情けを掛けるか! 俺は負けたのだ! 殺せ!」


 激高したグラルグスの言葉を聞き、征四郎は刃を鞘に納めてからグラルグスの傍に寄り、問答無用でその頬を拳で殴りつけた。

 倒れ掛けるグラルグスの胸倉を掴み、征四郎は怒りを露に怒鳴った。


「罪をあがなうのならば、死を願うな! それに、お前は周囲も碌に見えんのか! 姉や己の女を不幸にして何とするか! ――それと、杉渓すぎたに一等兵! お前は、もう……休め」


 最後にグラルグスの中にある今一つの魂に語り掛けて、征四郎はその手を離す。

 そして、クラーラを見やって告げた。


「治療してやれ、手早く治療すればまず助かる」


 そのまま踵を返してグラルグスから離れると、真っ直ぐにロズワグンの元に向かい。


「あれで死にたがるようならば、私は知らん」


 それだけ告げて、その場を離れた。

 皆その様子を驚いたように見ていたが、ロズワグンがグラルグスに近づき、征四郎に突然どやされて呆然としている弟の前に立った。


「お前の命も余が預かる! ……姉の許しなく勝手に死んでくれるな」


 告げて、その頭を一度抱きしめてから、傍に寄っていたクラーラに後は頼むぞと告げてから身を離した。

 そして、大仰そうに告げやった。


「あ、あとな。義理とは言え、兄の説教だ。征四郎の許しもなく死ぬなよ?」


 告げて踵を返すロズワグン。

 途端に周囲は騒めきだした。


「え、兄?」


「あの二人いつの間に?」


「やっとか」


「ほほう、これは目出度い! 鯛か何か釣ってきましょうか?」


「鯛は居ないんじゃ……」


 騒ぎが巻き起こる最中、蛇宮の言葉にツッコミを入れていたロウは、征四郎は足早に離れて行く理由を悟った。


(恥ずかしいんだな……)


 征四郎の後を慌てて追っていくロズワグン共々、恥ずかしいのだろうなぁとロウは思い、その様子の可笑しさに思わず笑っていた。

 ジーカの空は青く晴れ渡っていた。


【情勢に続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ