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第二十七話 再び

 クラッサ、カムラの連合軍とホレスの戦いは、当初は兵力が多い連合軍側が優位に事が運んでいた。

 だが、あっさりと難所を切り抜けた為に連合軍の兵卒にこの戦は勝ち戦だと言う認識が芽生え、その後のホレスの必死の抵抗に犠牲が出るのを厭うようになった。

 連合軍とは言え、元々信頼関係も無く、相互の連絡も碌にできていない軍であれば、一度(つまづ)くと立て直しは難しい。

 一方のホレスは、負ければ国が亡ぶ瀬戸際、その抵抗は必死にならざる得なかった。

 それが功を奏して、戦局がホレスの勝利に傾きかけた頃、戦場左方に設置されたホレスの陣中にクラッサの聖騎士レドルファが現れ、ホレスの王族ハーナンの暗殺を試みる……。




 レドルファが警戒したのは、まずグラルグスであった。

 彼は今、変わりつつある。

 彼の様な外様の聖騎士は、譜代の聖騎士に比べ能力が一段と下がる。

 外様の、つまり、無理やり他国から連れてきた者達だ、制約の呪いをも以てして御するしかない。

 だが、グラルグスには呪いの気配が殆ど消えかかっているのだ。

 故に、目の前のホレスの王族の一人ハーナンを手早く殺して、グラルグスが変わってしまう前に再び捕える。

 それが女王の命であれば、必ずや果たさねばならない。

 たった今、叩き折ったハーナンの剣が大地に刺さる頃には、レドルファは剣を抜き放ち、ホレスの王族の命を絶つ為に構えた。


 その時である。

 レドルファには、決して無視できない気配を、背後に感じ彼は振り返った。

 あの時とは違いローブ姿では無く、無精髭も生えてはいなかったが。

 決して忘れる事のない黒い髪、赤土色の瞳の男が其処に立っていた。

 数多の返り血を浴びた衣服は、所々を革で補強しただけの動きやすそうな姿。

 そしてあの時は持って居なかった黒い刀を片手に握るその男の姿の名前を自ずとレドルファは呟く。

 己を素手で殺した男を。


「カンド……」


「もう化けたか、若き聖騎士。死なぬとはこれが有る。何というズルだ」


 告げながら征四郎は、ロズワグンとの出会いの際に打ちのめした若造が、一端の戦士となって立ち塞がった状況をからかい混じりにだが嘆いた。

 そして、黒刀をトンボに構えれば真っすぐにレドルファを見据えるも、今一人に声を掛ける。


「それに、今一人。魔人とやらか? 知らぬ顔だが……使い手か」


「お初にお目にかかります、神土少佐。お噂はかねがね。何の因果か彼等と共に呼ばれてしまいました。――申し遅れました、小官は蛇宮たみや准尉であります」


「――クラッサに与するか?」


「他に当てもありませんので」


 明らかに、久遠とは違う感情を向けてくる黄衣の女にそっと眉根を寄せ、厄介なとぼそりと呟く。

 ガスマスクもつけて居ない事から、彼女は自分と同じくこの地の空気に馴染めたのだろう。

 或いは、久遠が付けているガスマスクは擬態か何かか?

 その様な思案はすれども、征四郎は構えを小動こゆるぎもさせず、真っ直ぐにレドルファを見据えていた。

 隙など見せれば、飢えた獣の如く目の前の聖騎士は己の命を刈り取るだろう。

 故に、隙だけは見せる事は無かった。


 

 レドルファと征四郎の対峙が始まった頃、ロズワグンも天幕より出てきた。

 ローブ姿に革製のブーツに手袋と言った旅路にすっかり慣れた姿は、姫と呼ばれる階級の者とは一見分からない。

 うずくまりながら、何処か雰囲気を変えつつある弟に声を掛け、傍に屈みこんだが、不意に視線を、前方の二人の剣士へと向けた。

 対峙する二人の片割れである聖騎士に、違和感を覚えたのだ。

 あの聖騎士、果たしてあんな男であったか?

 自分に剣を向けて嘲笑っていた男と、その姿が重ならない。

 軽く眉根を寄せ、それでいながら緊張したように、頭部の狐耳をピンと立てて状況を伺うと、人より鋭い聴覚が征四郎とレドルファの傍で待機している黄衣の女の会話を捉えた。


(カンドショウサ? カンドが姓であれば、ショウサとは何だ? 階級か? それにしても……あの女も戦士か。それも征四郎が嫌がる程度の使い手……)


 如何にも、そこに思考が行く。

 このままでは、ハーナンに王族の責務とやらで婚姻を迫られ、応じねばならなくなると現状を認識しているロズワグンは、幼き頃からの憧れもあり、黄衣の魔人にすら羨望を覚える。

 王族の重責、不自由さに圧し潰されそうな息苦しさすら覚えるが、どうしようもないと諦めを囁く声が脳裏に過る。


「――姉……上。俺は呪いを、超える。姉上は――どうなさる? 諾々《だくだく》とホレス側の言い分に寄り添うか? 叔父上の語る道理とさほど変わらぬ言い分に……」


 だが、傍らの弟が苦しげにではあるが、そう問いかけてきた。

 ロズワグンは視線を聖騎士と征四郎から外さず、口元を真一文字に引き結んで沈黙を答えにした。


「目的の為に、死霊術に、手に染める様な頑固な――姉上が。ここで諦めるとは片腹痛し……」


「好き勝手言ってくれる……。余とて、このままカムラを内戦に導きたい訳では無い。望まぬ婚姻などごめんだ。だが、余は王族として生まれたのだ、高貴なる者には責務が……」


「権利を与えず、責任のみ押し付けられているのに、人が……良いな。我が国は――周辺国に比べて大きく遅れている。それに、殉じなさるか?」


「……」


「俺は、クラッサの政治体制を見てきた。他国の情勢も。だから、分る。カムラは停滞している。前に進まぬ国に――明日は無い」


 弟の語る苦しげな言葉は、ロズワグンの心を掻き毟る。

 思考が不明瞭になりかけた矢先、裂ぱくの気合いが響いた。

 レドルファが打ち掛かったのだ。

 それを迎え撃った征四郎の一撃は、相変わらず見えない程に早い。

 だが、これで終い……とはいかなかった。

 突然、けたたましい衝撃音と共に土煙が二人を包む。

 土煙を破って即座に背後に退いた征四郎を追撃するレドルファは、その腹目掛けて二連突きを放つ。

 征四郎の退き足の速さのおかげで共に致命傷ではなかったが、二回目の突きが征四郎の脇腹を貫く。

 剣の届く距離とも思えなかったが……。


「あれは――衝撃波。一点に衝撃の波を集中させたのか?」


 驚くグラルグスの声に、ロズワグンは目を見開く。

 今までの戦いの最中、傷を負った事のない征四郎が初めて脇腹から血を流した。

 それでも彼は、再びトンボに構えて時を図る。


「なる……ほど。与えられた力はあのように使うのが正解か」


 グラルグスはレドルファの戦い方に何かを掴んだように呟く。

 ロズワグンは、征四郎が劣勢になった様に感じて、胸中がざわめくのを感じた。

 肩を震わせて、狐耳を垂れさせ一度緑色の双眸をぎゅっと閉じたが、意を決したように目を開き、叫ぶ。


「セイシロウ! 聖騎士を殺すのであろう! こんな所で負けてくれるなよ!」


 一声叫び、落ち着いたのか、再び狐耳をぴんと立たせて、ロズワグンは二人の戦いの場所に近づく。

 いや、正確には呆然と立ち尽くすハーナンと、退避を呼びかける負傷した彼の取り巻きの所に。


 一方の征四郎は、ロズワグンより思わぬはっぱをかけられた形になり、苦笑を浮かべた。


「カムラの王女は気が強い事だ。理性無くしたお前を前にしても、彼女は毅然としていた……」


「理性をなくすは、修行が足りぬ証拠。だが、今回は違う……」


「左様か」


 小さく笑みを浮かべた征四郎が一気に間合いを削り、鋭い一撃を振り下ろした。

 征四郎が動き出すと同時に、レドルファは再び剣に衝撃波を流し込み、剣を振り上げ迎え撃つ。

 黒い刀とレドルファの剣がぶつかり合うと、全方位に衝撃波が乱れ飛ぶ。

 大地が抉れ、吹き飛ぶ土が煙のように周囲を覆う中、レドルファは異変に気付いた。

 衝撃波の威力が、弱い。

 何故かはすぐに分る。

 征四郎のあの異様な構えから放たれた剣の一撃は、尋常では無い。

 一度目を今のように受け止めただけで、剣握る指先や腕が痺れる様に疼くのだ。

 そんな状態で、それを二回も剣で受け止めたのだ。

 剣がその力に堪えきれずに、折れてしまった。


「おのれ!」


「――ほう」


 それに気付くが早いかレドルファは即座に背後に退く。

 喉笛を狙った追撃の突きは、征四郎の目論見を外して、ただ空を貫く。

 まだ、レドルファと言う騎士の力を見誤っていたか、上方修正が不十分だったようだ。

 そう己の甘さを断じる征四郎だが、負傷したまま近くで衝撃波を浴び為に、腹の傷が一層開いた。

 臓物が零れる事はないだろうがと、冷静に思案する征四郎だが、これ以上の戦闘は命を捨てる必要があると踏んだ。

 聖騎士ただ一人に、決死の覚悟で挑まねばならない。

 戦力の彼我ひがが違い過ぎる。

 ましてや、殺す術をまだ知らぬと言うのに、だ。


 レドルファは折れた剣を片手に一瞬思案した。

 手傷を負わせた今こそ、征四郎を討つチャンスだと。

 しかし、自身の腕に力が入り辛い現状で、本当にそれが可能かを計らねばならない。

 いや、この男を生かして置けば必ずや禍根になる、己が死んでもこの男を討たねばならない。

 そう決意した途端、ふわりと黄色い外套が己の視界を遮る。


「邪魔をするな!」


「決死の覚悟で戦われて、万に一つ貴方がホレスに囚われては堪りません。剣も折れました、退くべきでしょう」


 そう告げる蛇宮たみやの声は何処か楽しげであり。

 言い返そうとするレドルファの肩を掴んで、何やら呪句を唱えると風が吹き、二人の姿は掻き消えた。


「あの女、どう言う心算だ……」


 今ならば、レドルファに勝ち目はあった。

 いや、二人掛かりで掛かってくればきっと討ち取られていただろう。

 黄衣の女、蛇宮の行動が見通せず、眉根を顰めて思う。

 彼女は敵対者ではないのだろうか?

 征四郎は訳も分からないながら、傷の痛みを思い出し、その場に座り込んでしまった。

 血が流れ続ける傷に手を当てて、小さく息を吐き出しながら、何かをホレスの王族に告げようとしているロズワグンを見やった。


【第二十八話に続く】

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