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第二十三話 聴収

 遂にクラッサの野望が東部の諸国に牙をむく。

 ロズワグンの生国であるカムラ王国はクラッサに早々と恭順を示し、東部に掛かるスルスリ川近くを治める隣国ホレス攻めに荷担した。

 それは、長雨で足止めを食らっていた征四郎一行が丁度ホレスに差し掛かったときのことである。

 ホレスが落ちれば、自分達も安全に目的地に向かえない。

 そう判断した一行は、傭兵としてホレスの防衛に当たることとした。


 一行がバラバラになるのは幾つかの理由から避けたい。

 その為傭兵団として参戦を申し出ることになるのだが、はっきり言えばホレス側はそれ所ではなかった。

 小康状態を保つかに思われた東部に動乱の嵐が吹き荒れ、最初の標的が自国であればそれも当然だ。

 戦力は不足しているから、加勢に来るモノは拒まない。

 だが、敵のスパイが混ざり込むかもしれない。

 それに正規軍には面子と言う物がある、それを傭兵風情にむざむざ潰されては事だ。


 この様に混乱している陣営に参戦するのはメリットよりもデメリットが多い。

 それでも、スルスリ川の航行の自由を確保するためには、征四郎等はこの国を守らねばならない。

 普通の商船であれば、支配者が変わっても問題はないだろう。

 だが、征四郎達の目的を思えば、クラッサの息の掛かった勢力がスルスリ川付近に進出されるのは避けたいところ。

 だから、たらい回しにされても、参戦の意思を変えはしなかったが、一つ問題が生じた。

 クラッサのホレス攻めにロズワグンやグラルグスの生国であるカムラ王国が絡んでいる事だ。

 そして、カムラの王族であるロズワグンやグラルグスの顔は、見る者が見れば一体どこの誰かはすぐに分かってしまう。

 ホレスとカムラ王国は隣国同士であれば、尚更に。


「何度も申して居るだろう! 余等はジーカに向かい、戻る必要がある! それはクラッサに敵対する行動故に、奴らにスルスリ川を押さえられたくないのだ!」


「それで、僅かな手製を率いて姫自ら御出陣と? クラッサの聖騎士になられた弟と共に?」


 また、堂々巡りだとロズワグンはげんなりとして、狐に似た耳をたれ下げた。

 ホレス側の言い分も分からなくも無いが、何故こうも、話が進まないのだと苛立たしさが胸中に湧き起こる。

 各員がばらばらに聴取されている状況は不安を煽るが、何よりもクラッサの進軍状況が気に掛かる。

 こんな事をしている場合では無いのに……!

 焦れるロズワグンは、苛立たしげに再び現状を語った。


 その様子を隠し窓からじっと見据える者がある。

 この蜂蜜色の癖の強い髪に険しい目つきの痩せた男こそ、ホレス王の嫡子の一人であり、軍の後方担当責任者でもあるマイワスだ。


「それぞれの意見に大きな違いは無く、ボロも見当たりません」


「その様だな。……バルトロメ、お前はどう見る?」


 調書を取りまとめた書記官から報告を受け隠し窓から視線を外し、マイワスは己の腹心に問う。

 すると、マイワスの傍に控えていた犬頭人身の初老の男が、片眼鏡の位置を直しながら応えた。

 彼は、犬獣人(コボルト)と言う種族で個人的にマイワスに仕え執事の役割を担っており、その思慮深さは城中の者も一目置いている。


「嘘は無いのでしょう。カムラ王が病がちな兄の嫡子を疎んでいたのは有名な話。或いは、姉弟の弟、グラルグス殿をクラッサに売り払い、姉のロズワグン殿に討てと命じていても……」


「可笑しくは無いか、難儀な事よ。――それにしても黒い髪の男二人は何者だ? オークは今回雇い入れた七人のオークの仲間だと分かった。黒髪以外は北方の訛りがある事から、北方連盟の連中だろう。だが、黒髪の奴らは、お付きのメイド共々良く分からん」


「お付きのメイドが居る方は商人とも思われますが、中々に頭の回転は速く、有能さが伺えます。だが、今一人が問題ですな。呪術師にして、剣士である事は確認済みですが、明らかに戦慣れしております。あの風体なら目立ちましょうが……傭兵連中は知らないときている」


 マイワスは、顎を撫でながら眉根を寄せる。

 ベテランは一人でも欲しい。

 だが、バルトロメの言う通り傭兵すら知らぬ正体不明の存在を自陣に引き込んで良い物か。

 それに……。


「……ロズワグン殿か。ハーナンが騒ぎそうだな。奴は……」


 マイワスが苦々しく呟くと同時に、声が響く。


「兄上! カムラの姫を尋問していると聞きましたが、本当か!」


「参りましたなぁ、ハーナン様は彼の姫に懸想しておりますれば」


「この非常時にわたくしを挟みよる。しかし、ハーナンは軍に影響力がある。今は軍に亀裂を入れるわけにはいかん。聴取はここまでか……。――俺も腹を括り、連中を用いる」


 ズカズカと足音を響かせ迫る弟の姿を脳裏に思い描いたマイワスは、うんざりしながらも覚悟を決めた。

 今は国を守ることだけに集中せねばならない。

 こんな時世に内部で争っていては、共倒れが目に見えている。

 ここは譲歩してやるさとマイワスは苦い顔でバルトロメや書記官に告げた。



 その部屋に征四郎が通されると、他の面子は既に席についていた。

 上座には見知らぬ男達が並んでいるが、髪の色や顔立ちが似ている事から血族と思われた。

 その横にロズワグンやグラルグスが並んで座っている。

 それから、また見知らぬ男女が並びエルドレッドやキケ、それにクラーラと言う順になっていた。

 下座にロウやスクト、アゾンやマウロが座っており、アゾンの脇の椅子が空いているので、そこが征四郎の座る場所であると思われた。

 が、征四郎は席に着くことなく、壁へと寄り掛かった。

 不遜な行動に見知らぬ者達がざわめくが、それは征四郎の知った事ではない。


「……座られよ」


「断る」

 

「聴収を受けたことに腹を立てたかね? こちらとしても必要な処置であるのだが」


「それは良い。だが、クラッサの聖騎士が迫る中、悠長に我らの処分を決める為だけの会議とは恐れ入る。随分と余裕があるのだな」


 マイワスの言葉を受けて、征四郎は思う所をはっきりと告げる。

 途端に場の空気が凍り付くのがエルドレッドやロウには分かった。

 

「聖騎士か。不死身と聞く。俺としては君が聖騎士とまともにやり合えたと言う証言を信じたい所だ」


「兄上! 斯様に不遜な者に手を借りる必要はございませんぞ!」


「――ハーナン殿、セイシロウはこの場にいる誰よりも強い。聖騎士相手に彼の者の力添えは必要なのだ」


「笑止! 姫はあの者に誑かされておる!」


 落ち着きを払い会話するマイワスとは異なり、ハーナンは怒りを込めて言葉を口にする。

 それを諫めたロズワグンの言葉に激しく反応を示すハーナンのその双眸には妬心の疼きが見て取れ、幾人かは苦々しい表情を浮かべていた。

 その内の一人である、グラルグスが投げやりに言い放った。


「では、立ち合ってみるが宜しかろう。我らを詐欺師に誑かされた愚か者と断じるのならば、な。最も、貴殿では彼の者に勝てる見込みは無いが」


「申しおったな! 良かろう、我が力を――」


「バルトロメ、お前が立ち合ってみよ! ……ハーナンよ、お前も王族なればすぐさま個人の武を誇るでない。それに――バルトロメならば、お前もその力の程は知っているな? この立ち合いにて、彼の御仁の力を測れば良い。……そう言う訳だ、受けて貰うぞ、黒い髪の剣士よ」


 マイワスの言葉には何処か焦りを感じ取れた。

 彼とて分かっているのだ、こんな事で時間を潰す暇は無い事を。

 ホレスの事情と切って捨てても良かったが、征四郎は致し方なしと息を吐き出せば、マイワスの言葉に従い進み出てきた初老の犬獣人(コボルト)と相対した。


 そして、背筋にぞくりと怖気を感じて、そっと笑みを浮かべる。

 一流の戦士のみが放つ気配を感じたからだ。

 同じくバルトロメも片眼鏡を外して、双眸を眇める。


 ロウは思う。

 何処かウルフハウンドと呼ばれる犬に似ている顔を持つ初老の男が、果たして征四郎に届き得るのかどうかを。

 答えは否だ。

 その筈なのだが……。

 バルトロメと言う名の犬獣人(コボルト)は、何かを秘めているように思えて仕方が無かった。


【第二十四話に続く】

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