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第二十一話 長雨

 聖騎士殺しの法があると言う廃都ジーカを目指してスルスリ川を南下する一行。

 途中で奴隷商人率いる賊に襲われたが、これを難なく撃退。

 その後、停泊地にてロウの過去を聞いていた征四郎の元に、奴隷商人との戦いの際に、征四郎に叩きのめされたオークの一人が弟子入りに来たと言い……。




 オークと言う種族は、強さを貴ぶことで有名だ。

 2メートルを優に超える大柄で筋肉質な体を持ち、肌の色は緑に染まっている。

 この種族と戦場で見えるのは、非常に危険な事とされている。

 氏族単位で集落を作る彼等は、男女ともに狩猟や傭兵で生計を立てている。

 奴隷商人に使われていた八人のオークも、傭兵稼業で負けた側について戦争に参加し、売られたようだった。

 怪我はしたが、命に別状が無かった彼等は、征四郎等に感謝して、故郷に帰った。

 ただ一人のオークを残して。


 最も怪我の具合が酷いオークの男、彼の名はアゾン。

 オークの間では若輩者を示す髭無しのオークだ。

 彼は酷い衝撃を受けて膨れ上がった両腕をだらりと下げ、疼き続ける痛みを押して征四郎に会いに来た。


「あの一撃、何が起きたか分からないほどの一撃を学びたいのです」


 額に浮かぶ脂汗が腕の痛みを如実に示している。

 宿の前で如何か弟子にしてくれと頭を下げ続けるアゾンに、征四郎は当初は否を突き付けていた。

 未だ道半ばの時分が何を教えられようかと。

 それでも懸命に、しかし、決して礼を違えずに懇願する若いオークのひた向きさに征四郎は大いに煩悶した。

 そして、明日まで答えを待てと告げて、アゾンを一度追い返せば、自身もふらりとどこかに出かけて行った。


 暫くして、返ってきた征四郎は見知らぬ草や木の実を少量手に持って、宿の者に草を煎じてくれるように頼んだ。

 それを見ていたキケが不思議そうに声を掛けてくる。


「セイシロウさん、そいつは何です?」


「打ち身に効く塗り薬を作ろうと思ってな」


「オークの兄さんの為ですか?」


「……どうだかな」


 言葉を濁してとっとと部屋に戻ってしまった征四郎を見やり、キケは素直じゃないとか呟きながら笑ってその背を見送った。


 そして、翌日未だ痛み引かないながらも、約束の時間にアゾンはやって来た。

 征四郎は彼を部屋に通して、旅をしながらの修行になる、敵は手練ばかりだがそれでも来るかと問いかけると、アゾンは即座に頷きを返す。

 嘆息してから征四郎は塗り薬をアゾンに渡して、弟子入りを許可した。



 それから十日後。

 雨降りしきる停泊地で一行は暇を持て余していた。

 大陸中部一帯に長雨が降り注ぎスルスリ川は氾濫の恐れがあり、全ての船の行き来が禁止されているのだ。

 征四郎等は宿の広い一室と狭い部屋を借りて、無駄金を使わぬように工夫していた。

 広い部屋は男達が雑魚寝する部屋で、狭い部屋はロズワグンとクラーラ、そしてスクトが寝泊まりする部屋だ。


 男達が雑魚寝するだけの部屋で、征四郎はアゾンとマウロに剣の理合いを説明していた。


「我が流派では左手は基本使わない。ただ添えるだけだ。左肘を動かすことなく剣を振らねばならぬ。速度こそが我が流派の肝。トンボに構えて、ただ早く斬る」


 言うは易く行うは難し、そんな事をマウロは思うが、ともあれ強くなるにはこれしかない。

 アゾンは疑うことすら無く、愚直に征四郎の言葉を実践し続ける。

 色々と考えてしまうマウロではあったが、アゾンがその調子だと負けじと鍛錬に力が入った。

 如何もマウロはアゾンに対して対抗意識を持ったようなのだ。

 誰よりも背の高いアゾンを見ていると、背の低いマウロは劣等感を刺激されたのだ。

 

「手元僅かに動けば、切っ先は大分遅れる。手元が大分動けば、切っ先はさらに遅れる。これは致命的だ」


 響き渡る征四郎の言葉に、汗を流す二人以外は眠気を誘われていた。

 征四郎の指導は、怒鳴りはするが決して暴力に訴えず教えを実践し、実際に動きを見せて、何とか型になればそれを誉め称えた。

 今はまだ型の稽古のみで場所を取らない事が幸いし、鍛錬を行っていても室内はまだ余裕があった。


 扉を叩く音があり、キケがはいはいと声を掛けながら扉を開けるとロズワグンとクラーラが立っており。


「昼飯の時刻だが……何だ、まだやってるのか?」


 剣の鍛錬を続けている征四郎を見やり、ロズワグンは少しだけ面白く無さそうに翡翠色の双眸を半眼にして呟く。

 その様子を呆れた様に見やったグラルグスが、床から立ち上がれば姉に声を掛ける。


「姉上は彼等を待ってやったらどうだ? 俺達が先に飯を食ってくる。全員で行けば流石に食堂も手狭だ」


「――い、致し方あるまい。早々に食ってこい」


「ああ、ゆっくり食って来るよ」


 笑いながら部屋を出るグラルグスを一瞬睨み付けたが、ロズワグンはそれ以上は何も言わずに部屋に隅に座り、待つ構えに入った。

 グラルグスを追いエルドレッドとキケも立ち上がり、室内を見渡してロウが居ない事に今更ながらに気付く。


「そう言えば、ロウさんは?」


「すでに先にスクトさんと共に食事をしてますよ」


 クラーラの言葉に早いなぁとあっけらかんと告げながらキケも食堂に向かう。

 部屋に残ったロズワグンに一礼して、クラーラは彼等の後を追った。



 食事は焼いた地這い鳥と芋のスープだった。

 長雨の影響で物資の入りが悪く保存できる物か、飼いやすい家畜が良く提供されていた。

 それらの食事を終えても、四人は黙って食卓に座ったままだった。

 少しぼんやりと、ぶ厚く曇り気味のガラス窓の向こうを眺めるグラルグス。

 周囲を伺い、面白い事は無いかと自然と探ってしまうキケ。

 グラルグスを密かに盗み見て、満足しているクラーラ。

 そして、彼等の様子を正確に把握するエルドレッド。


「おい、何ぼんやりしている?」


「――俺の中のもう一つの魂が眠っている。それだけでここまで自由が得られるのかと思ってな」


「自身の姉だけじゃなく、クラーラにも感謝するんだな」


「感謝はしているさ。ただ……そうだな、これで良いのかと言う気持ちは拭い去れない。今一つの魂と一体化せよ、などと言う教えに染まっていたからだろうな」


 グラルグスが語った言葉に、エルドレッドは眉根を寄せ、キケは興味深げに視線を向け。

 クラーラ一人、感謝しているとの言にひっそりと喜んでいた。


「死した他人の、しかも異界の者と一体化せよと言うのか?」


「出来た奴はいないがな」


 そう語り降り注ぐ雨を眺めるグラルグス。

 いつまで降るんだかと辟易したように呟く。

 結局雨は暫く降っては夜んでを繰り返して、川を船が行き来できるようになったのはそれから七日が過ぎた日の事だった。


 この遅れが、東部動乱に巻き込まれる要因になるとは、この時は誰も考えてもいなかった。






 クラッサ王国の王城。

 謁見の間にてレドルファはクラッサの女王シーズグリアに謁見していた。

 征四郎についての報告は既にしてあった。

 おかげで、暫し謹慎の憂き目に合ったが、今こうして新たな任務を与えられようとしていた。


「聖騎士レドルファ。無手の相手に後れを取ったお主に務まるかな?」


 そう語ったのは女王の側近である女呪術師だ。

 いけ好かない呪術師だとレドルファはひっそりと思う。

 この名前も知らない女が聖騎士を作り上げる呪法の使い手、とされている。

 そこに嘘はあるまいが、レドルファはこの女に気を許す事は無かった。


「止めよ。良いかレドルファ。我が覇道を成すためには如何しても必要な事だ。頼まれてくれるか」


「姫――いえ、陛下たっての頼みであれば喜んで」


 頷くシーズグリアはレドルファの退室を命じる。


 レドルファが去っていく様子をただ見つめながらシーズグリアは口を開く。


「カムラは恭順を示した。ならば、スルスリ川にほど近いホレスを落とす、さすればロニャフの攻略も楽になる……か」


「左様で」


「その策は用いる。だがな、シズ。不用意に余の配下を愚弄するなよ」


「心得ましてございます、陛下」


 深く一礼して退室する女呪術師は、謁見の間を出ると王城の居室に戻る。

 居室へ入れば、風が吹き黄衣の剣士達がふわりと現れ出でた。


「あの様な者で大丈夫なのでしょうか?」


「レドルファは成功しつつある。トウセの魂と一体化すれば、更なる力が加わるのだ。如何に神土征四郎とて、完成した聖騎士の前では死ぬ以外には無い」


 そう告げて、シズと呼ばれた女呪術師は酷薄な笑みを浮かべていた。



【第二十二話に続く】

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