第十二話 魔人
商業都市トヌカにて聖騎士を一人撃退したロズワグンと征四郎。
そこに居合わせた黒の巡回騎士団の長リマリアらに何故聖騎士と敵対するのかを問われ、それを説明していた。
征四郎の因縁が明かされた時、敵襲の報がもたらされ……。
話は征四郎が己の過去について語っている場面より少し遡る。
征四郎に四肢を断たれた聖騎士カファンの回収が外では行われていた。
衛兵達や会食には参加しない巡回騎士達がその任務に当たっていた。
これこそ正に汚れ仕事ではあったが、その位しか役に在った無いと言う自嘲気味な思いも彼等の中にはあった。
バラバラになても尚蠢く四肢や首を壺に収めて、征四郎の指示通りにアルコールで浸す。
胴体を納められる壺は無く、棺桶に封じられた。
レンガ敷きの通りにこびり付いた赤い血を洗い流せば、死闘の痕は大分薄れていた。
街は平穏を取り戻しつつあった。
カファンの息子、マウロは何も手出しできなかった自分自身の力の無さに落ち込んでいた。
裏切り者と呼ばれている父親と相対したが、それだけだった。
情けない話だが、黒髪の剣士と父親の戦いにまるで手が出せなかったばかりか、彼等の放つ殺気に足が竦んで動く事も出来なかった。
間近にいながら、その戦いの推移も良く分からず、気付けば終わっていたと言うのがマウロの本音である。
路地裏で座り込み落ち込んでいるマウロを見かけ、野次馬の中で彼をはやし立てていた連中がぞろぞろとやって来た。
皆、それなりの商家の子息で、身なりよく、傲慢だった。
彼等は街の者達からは嫌われている愚連隊めいた素行の悪い連中だ。
だからこそ、マウロには既に彼等が何を言ってくるのか、予測できていた。
きっと、今日こそ、そのにやけた顔を晒す彼等に殴りかかり、家族に迷惑をかけてしまうと陰鬱な気持ちになった。
相手が悪かろうとも、奴らの家は力がある。
子供を庇い、マウロを悪く仕立て上げるなど造作もないだろう。
裏切り者の息子なら特に。
「よぉ、マウロ。結局お前にゃ――ふが」
「邪魔、邪魔、邪魔」
不意に陽気とも言える若い男の声が響き、愚連隊の間を割って出てきたかと思えば、からかいの言葉を投げかけていた男の顔を掌で掻き分けるように退かす。
マウロより少しばかり年上と思われるその若い男は、人懐っこい笑みを浮かべてマウロに声を掛けてきた。
「いやぁ、探したよ、衛兵さん。あの戦い、間近で見た感想はどうよ?」
軽い物言い、マウロは唖然としたが、面白くないのは掻き分けられた愚連隊だ。
「なんだよ、お前! 俺達を誰だと思ってんだ!」
「――っ! やばい、やばいって!」
マウロを開口一番からかおうとしていた男は、腕に覚えでもあるのか、割って入って来た若者に掴みかかろうとした。
それに追随しようとした者の内、一人だけ若者の服装に気付き、慌てて制止する。
黒鉄の要所甲冑に皮をなめした衣服は、巡回騎士の物。
マウロより僅かに年上としか思えない若者は、ロニャフの誇る治安部隊の巡回騎士であった。
「ああ、ごめん。雑魚は目に入らない性分でさ。この場合の雑魚は、集団でしか行動できないのに自分が強いと信じ込んで暴れているような馬鹿の事ね。そう、お前らの事」
伸ばされた腕を手早く掴んで関節を極めながら、そこまで言わないと分からないでしょう、馬鹿だからと若者は笑う。
そして、何の躊躇もなく掴んだ腕の骨を折る。
何とも言えない嫌な音が響く。
若き巡回騎士は、ポンと腕を折った男の背を押せば、彼は絶叫を上げてのたうち回った。
「一応キレイに折った心算だけど、手当てするなら早くした方が良い。それとも、ボクとやるかい?」
巡回騎士は挑発とも取れる言葉を連ねたが、愚連隊の者達は誰も彼に逆らうとはしなかった。
大国ロニャフの後ろ盾は、トヌカの一商家の権力を大いに上回るし、騎士一人に彼ら全員が叩きのめされると肌で感じたのだ。
ただの一人にやられたと在っては、今後の街での生活にも関わる。
故に捨て台詞すら残さず、慌てて彼等は逃げ出した。
マウロに話しかけてきた若い巡回騎士はキケと名乗り、マウロの戦斧の構えを誉めた。
重心を落としながらも、バランスが良い足腰だと言うのだが、マウロは全く気持ちは晴れなかった。
あの戦いを傍観するしかなかった自分が情けないのだ。
その思いに気付いてか、若い巡回騎士のキケは言葉を連ねる。
「聖騎士一人は巡回騎士五名と渡り合えるとも聞く。その聖騎士と真っ向から一対一で戦い勝てる剣士。彼や聖騎士から見ればボクや君は弱い。でも、だからって不貞腐れている場合じゃないだろう? 弱いならさ、何かしら努力しないと」
そう語るキケは、妙に親身でマウロは少しばかり驚いた。
何か裏があるんじゃないかと疑いを眼差しを向けたが、キケは明るく笑っているだけだった。
釣られて、マウロが笑った瞬間、表通りで悲鳴が上がった。
マウロとキケは同時に動き出す。
確かに腐っている時間はないなとマウロは悲鳴へと向かいながら小さく呟き、キケは何も言わずに微かに笑った。
血を洗い流されたばかりの通りに、再び血の雨が降る。
それも一人の分だけではない、街の入り口で止めようとした衛兵達や、たった今、撫で切りにされた若者達の血が大通りを濡らす。
彼等を切り裂いたのは、黄色い衣を纏った異様な風体の男だ。
見慣れぬ帽子、纏う外套、制服の様な黄色い衣服、その全てが風に舞う黄砂の如く黄色い。
そして何より、男の顔を覆う仮面の奇妙さ。
額から下顎までを覆う仮面は布製の様だが妙な光沢があり、目の周囲は透明で硬質な水晶めいた何かで覆い、視界を保っている。
透明な何かに覆われたその向こうから、暗く淀んだ真っ黒い瞳が周囲を睨み付けて、男の異様さを嫌でも物語る。
口元に呼吸をするための物だと思われる筒状の排気口が付いており、僅かな呼吸音が聞こえてくる。
征四郎が見れば、それが防毒マスクである事が知れただろう。
その異様な男が、揺らめくような足取りで歩き、阻もうと斬りかかった衛兵を腰に携えたカタナで一撫ですれば、血風が吹き荒れた。
足取りに比べ、進むべき道はしっかりと一定の方角を保っていた。
聖騎士カファンの四肢が納められた壺の保管場所。
其方に向かって最短距離を進み、立ち塞がる者は全て撫で切りにした。
カファンの四肢を納めた壺がある場所まであと数百メートルと言う所で、巡回騎士が追い付いた。
テクラとシグリッド、二人の巡回騎士は斬りかかろうとするも背筋にちりちりと危険な物を感じ、闇雲に攻撃をするのを取りやめて周囲を伺う。
黄色い災厄が向かう先に、逃げ遅れたのか数名の男女が見えて、テクラは舌打ちを一つ。
そして、シグリッドに告げた。
「アタシが前から切りに行く。シグリッドは後ろから頼む」
「いえ、それは危険よ。それよりも、アレを使って時間稼ぎを!」
シグリッドが見つけたのは、籠に入った無数の地這い鳥。
空を飛べなくなった代わりに強靭な足とくちばしを持つ小さいながら獰猛な鳥だ。
その肉は美味なので、良く売られているが仲間意識が強いので扱いには注意が必要な鳥だ。
テクラはシグリッドの意図に気付き、急ぎ地這い鳥が入れられている籠の場所まで向かい、黄色い剣士に投げた。
黄色い剣士が籠ごと地這い鳥を斬り捨てると、その地が飛び散り、黄色を少しだけ赤く染めた。
それで十分だと言わんばかりに、シグリッドは他の地這い鳥の入れられた籠を次々に開け放つ。
同胞の血が付いた黄色い剣士目掛けて、次々と地這い鳥は突撃していく。
こうなると、黄色い災厄であっても一旦足を止めて、対処せねばならなかった。
万が一、防毒マスクに傷を付けられては任務に支障が出るからだ。
突撃した鳥の殆どは切られたが、中には黄色い剣士の足や手をくちばしで突き、出血させる鳥もいた。
それでも、その抵抗は微々たるもので、足止め出来た時間も大した物では無かったが、それが命運を分けた。
黄色い剣士が、鳥の血と散らばる羽毛を乗り越えた先に、待ち構えていた者が居たのだ。
あの、黒い刀を携えた征四郎が、既にトンボの構えを取って、黄色く染まっているが祖国の軍服を纏った魔人を待っていた。
【第十三話に続く】




