傀儡統治
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
どうだ、なかなかきついだろ? このゲームのタイムアタック。
あと二、三歩で届きそうなところまでいくんだが、決してたどり着くことはない。乱数を偏らせる運さえも必要ってわけだ。
実際に機械を使っていじくったのなら、もっと早い記録が出せることも分かっている。こいつが正真正銘、現在の人力での最高記録なのさ。
こうやって挑むたびに、思う。「こうなってくれればいい、ああなってくれればいい」。そんな願望が湧いてくる。自分の思い通りにしたいと、そいつがすべての中でも最善手で会って欲しいと、願っちまう。
事実、そうあってくれるかどうかは、結果だけに示される……。
思い通りに行くことの危うさ。それを考えることになった、昔話があるんだが、聞いてみないか?
卑弥呼による、邪馬台国隆盛の時代。各集落でも、同じように巫女を擁立して統治に当たらせようという動きがあったそうだ。
選別方法はいろいろとあったが、その集落が選択したのは、「毒」だった。
ずっと昔、このあたりを治めていた長が、神様から作り方を授けられたという毒は、代々の統治者のみに引き継がれていったという代物。
そして、時期を迎えた統治者候補の巫女たちに、公衆の面前で毒を飲ませる。そして生き残り、最初に意識を取り戻した者を次期統治者の巫女にする、という単純なものだった。
八百長はきかない。なぜなら生き残った直後、武装した100人の兵たちが、巫女に殺到する。殺す気で、だ。
真に毒を耐えた者ならば、それさえも押しとどめることができることを、先代の毒呑みを目にした者たちは知っている。
彼女らの視線が射抜き、手をかざすところ、この集落にいる者たちは、その意に従わざるを得なくなってしまうんだ。
それがいかなる術なのか、彼らは知ることができないし、知る必要もない。
彼女らに従う時、自分の記憶すらも吹き飛んでいる。気づいた時にはすべてが終わっているだろう。
それが本来、万人が避け得ず、恐々として待つであろう、死の苦しみであろうとも。
だから、かの集落の人々はとまどいなく戦に臨むことができ、結果、勢力をじわじわと伸ばしているのだった。
その少女もまた、幼い時から親元を離れて――厳密には、「離れさせられて」――将来の巫女の候補として修業を積んでいた。
それが意味するところを理解するには、彼女は幼過ぎた。だから繰り返される修行の日々も、「『生きる』」とはこのようなことなんだと、日々、受け入れて存在するだけのこと。
でも、親たちは分かっている。選ばれた以上、娘は二度と自分たちのもとには戻って来ない。
毒によって死を迎えるか。それを越えて国の頂点に立つか――もはや二つに一つのみ。
連れていかれた彼女は、人一倍修行に励んだらしい。皆が寝ている間に、一時でも長く祈りを捧げているのは当たり前のことだった。
他の子たちの寝顔、吐息……それらを見て感じるたび、彼女は思う。
――自分がこれだけやっている。絶対に自分が残る。
日々、かの毒に勝ることと、その先に待つ統治に関して、先人の知識を教えられた彼女にとって、その時間はささやかな支えの時でもあった。
直接、手を下して競争相手を減らすような真似は、許されていない。こうしている今でも、自分の周りには武装した女たちがいる。
何の権能も持たない自分が、彼女たちを出し抜いて、細工ができるスキはない。
無駄な考えに思考を巡らせるひまがあったら、彼女はひたすら修練を積むのに充てるのみだった。
結論として、彼女は生き残る。
先代の巫女が病に倒れ、政務が滞りかけてから、最初の満月の日の夜。
集められた巫女たちは、用意された木の舞台の上に並んでいた。舞台の下には村民たちと、新しい統治者の力を試すための、武装した兵たちが待ち受けている。
その隅には、巨大な木の樽が鎮座している。選別のために扱われる、毒が入っているんだ。
巫女とは別にいる、女のひとりが、樽へ近づいて中に入っているものを木杓ですくい、口に含む。
杓から口を離して間もなく、彼女は眠るようにして身を横たえた。その身体が後から舞台に上がって来た女たちによって、ところどころ確かめるように手のひらを置かれ、蹴られたりもする。生きているかどうかを、確かめるために。
そして死していると判断されると、そのうちのひとりが彼女を肩へと担ぎ、降りていってしまう。
確かに毒入りであることを示す。そのために、この死は必要だった。
そして巫女たちの元へ、順番に杓が配られる。彼女が手にしたものも、他と同じで、透き通る水面に、杓におさまる大きさの月が浮かんでいる。
――この時のために、生きてきたんだから。
きっとそれは、そこに集った巫女の誰もが思うこと。
その役目を疑うことなく、彼女らは合図とともに、その中身を煽った。
次に彼女が目を覚ましたのは、森の中だった。
背中にはござが敷いてあり、それと同じくらいの大きさの別のござが自分の上にかぶせられている。そして、身体は動かすことができた。
這い出し、自分の身体を見て、彼女は驚く。
自分の手足には傷が残っていた。両足のすねと両腕の肩口に、ぐるりと輪を描くような傷が、白い肌に赤々と浮かんでいる。
毒を飲む前は、このような傷はなかったはずだ。そもそも、どうして自分は集落の中ではなく、このようなところに寝かされている……。
彼女は頭に浮かんだ想像が、現実のものかどうか確かめるために、走り出した。足が痛むが、問題はない。
木立を抜ける。滝行に向かう時に歩いた、集落との間の道だったことが分かった。集落の方角からは炊煙が立ち上っている。
彼女は最初、その煙へ一目散に向かっていったけれども、集落が近づくにつれて少しずつ道を外れていく。
見張りの者たちの視界に入らないように回り込み、死角から自分たち巫女がいた家を観察する彼女。
しばらくして、姿を現したのは自分と同じ時期に選ばれた巫女のうちの、ひとりだった。修行中の時とは違う衣装。先代の統治者が身にまとっていたものと同じその衣は、この集落の頂点に君臨している証。
それは彼女に敗北を認めさせるものであり、ゆえにあそこに横たわっていた自分は「棄てられた」のだと、認識するに足りたのだった。
――けれども、ならばどうして自分はこうして生きている?
処分が決まったのなら、自分は死した身のはず。この四肢の傷も、死を確かめるためにつけたものならば、納得がいった。形からして、切り離されていたとしてもおかしくはない。
それがどうして――あの夜からどれだけ時間が経っているかわからないが――傷はふさがり、くっついて、この世に関わることができているのか。
その答えを知るには、彼女の教育はあまりに偏っていた。まがりなりにも毒に打ち勝ったのであれば、彼女に残されたものは、おのずと限られてくる。
彼女は二日ほど歩き、ようやく税を納めるために集落を行き来している、数人を見かけた。
話し合うためじゃない。毒を生き延びた時に授かるという自分の力、それが宿っているかを試すためだった。
成果は予想以上。突然、目の前に現れて道をふさいだ彼女を、彼らがいぶかしんだのはほんのわずかな間だけ。あらかじめ教え込まれた通り、手をかざし、念じるだけで彼らは自分の言いなりになった。
そこからは早かった。税を納めるために向かっていた集落。そして彼らが元居た場所の集落。そのどちらもが、彼女の手に落ちた。
二つを合わせても、規模は自分がいた集落の半分に及ぶかどうかといったところで、初めて彼女は、自分がいたところがいかに巨大なところだったか、知ることになる。
報復の争いを、こちらから直接仕掛ける気はない。自分は、自分の努力が実り、身につけたと信じられる、この環境があればいい。
それでも時間と共に人は増え、集落は大きくなっていかざるを得ず、口減らしと規模の拡大のため、時折、どこかしらと争う必要はありました。その戦い手たちも彼女の元にかしずき、誰一人として逆らわない。
そのようなことが重なる十年、二十年は、かつて修行によって引き締めた彼女の心を肥えさせ、たるませることなど、造作もないことだったんだ。
彼女が病に伏せるようになった頃。夢の中に、かつて自分がいた集落の先代巫女の姿が出てきたんだ。
その衣装は、自分の記憶にあるままだったが、背を向けていて顔を見ることはできない。
「あなたの治める『クニ』。どれほどの人数がいますか?」
そう問うてくる先代に、彼女は即答できなかった。それほどに自分が従わせている人の数は増えていたのだから。
黙っていると先代巫女は、口を開きます。
「あそことこちら。合わせれば、かつて交わされた約束の数に届くようですね」
約束? 何のことだろうか?
「そう、正当たる跡継ぎではない、理に外れたあなたは知らないこと。あの毒の目的は、本来、統治を助けるものじゃない。人の心を奪って空っぽの器にし、神様に捧げるものなのよ。巫女の指示に従うことしか選べない、でくのぼうを作るためのね」
先代の声は、はずんでいた。
「待っていたのよ。あなたみたいに一度死んで、外から人を集められる者を。為政者として縛られる統治者にはできないこと。誇っていいわ、あなたが最初で最後の者になるんだから」
いただいていくわよ、という声と共に、彼女は夢から目覚めたんだ。
直後。彼女は自分の館にも、家々にも、集落全体からも人が完全にいなくなっていることに気がついたらしい。
病をおして、彼女が自分の生まれた集落へ訪れた際も、同じような有様。家という家が、もぬけの殻だったという。
一夜にして、統治者からひとりの女へ戻った彼女は、知っている者を訪ね歩いたが、とうとう出会うことなく、行き倒れる直前にたどり着いたひときわ大きい集落のはずれで、祈祷師の仕事に就くことができた。
そこで権能を失ったことを含め、若い巫女たちに、自分の経験を語ったという話だ。