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Episode06:リサイクルセンター

 朝日が冷たい秋空を割くように眩い光を放ちながら昇ってくる頃、総合リサイクルセンターはもう動き始めていた。関東一円のリサイクル品を一手に引き受けるその場所は山間にあった。金属から木材、食品まで、リサイクルにまわせるものはなんでも回収する、取次ぎ所である。政府から認可された専門の業者が駐在し、それぞれの物品をそれぞれの加工場へと運び出している。

 便利屋たちが各地から拾い集めてくる廃材もやはりこの場所に集められ、次々に新しい資源として世に送り出されていく。

 康司(こうじ)の運転するトラックがゲートに来ると、監視室からアナウンスで、「積荷確認、進行」の合図があった。ゲートを潜り抜けて更に車を進めると、数人の社員が車を誘導するために前に出てくる。


「積荷よーし、更に前へ」


 車の後方から指示があり、更に進む。壁に大きく『(ゼロ)』と書かれたとてつもなく大きな濃い緑色の小屋が、大きな口をあけてトラックを飲み込んだ。

 内部は思ったより明るい。フォークリフトやユンボがあちこちで作業し、景気よい声が飛びかっている。天井から釣り下がった看板に、『木材』『アルミ』『鉄』『基盤類』『エンジン』などの文字が垂れ下がり、その下にはそれぞれの資源が山になって積んであった。

 トラックは『一次受付』の真下に誘導され、停まる。


「でけーな」


 助手席でただあんぐりと口をあける(ながれ)を、康司は鼻で笑った。


「こんなん、しょっちゅう見てれば慣れるよ。こんだけ広くても、俺ら便利屋や建設業者が廃材持込みで入れるのはここまでだからな。あとは、専門業者がそれぞれ持ち込んだ廃材の量や質をみて査定してくれるのさ。査定表が揃ったらそれで終わり。支払いは登録してある口座に一括振込みってわけ。俺らが現金もって歩けるわけじゃないんだよ、防犯上」


「ふーん、なるほどね」


 二つ上とはいえ、康司は何でも知っているようにさえ思えた。

 二十歳を超えれば出来る仕事が増えるよと、いつだったかなぎさが言っていたのを思い出す。それを裏付けるように、二つ上の二十一歳の康司は流に出来ない仕事をたくさん知っている。正直羨ましい。年齢と経験で仕事を振り分けるのが雇い主の一ノ瀬の信条らしく、逆らうことが出来ないと知っていても、ほんの二歳の隔たりで何もかも違うように思えていた。

 受付カウンターから一人の男が、流たちのトラックに足早に近付いてくる。他の作業員とは違う、赤い帽子の男だ。

 康司は窓から身体を半分出して手を振った。


「お、綱淵さん、おはよう」


「よう、康ちゃん。久しぶり。今日はいつもとは違う荷物みたいだな」


 綱淵と呼ばれた中年男は、運転席のすぐそこまで来て、運ばれていく資源ゴミを見ながらそう言った。


「──それに、いつもと違うあんちゃんがいる」


 流は今気付いたような振りをして姿勢を正すと、運転席の窓から顔だけ見せた綱淵に軽く頭を下げた。綱淵は随分人のよさそうな、小柄なおじさんだ。こちらににんまりと笑いかけるので、思わず流もにたっと笑った。


「それはそうと、康ちゃん、一ノ瀬の現場で事件があったんだって? 大変だな。積荷が違うのは、そういうのも関係してるのか」


「そうそう。お陰で今はあそこも警察の監視下だよ」


「犯人はまだか」


「あれは……無理じゃないかな。まだ時間が掛かる。手がかりが少なすぎるし」


「酷い話だな。産んですぐ捨てるなんて、母親のすることじゃねぇ。誰が一体、あんなことを」


 事件に話題が触れると、流の機嫌が悪くなる。昨晩久しぶりにぐっすり眠れたのに、また思い出すようなこと言うなんて。康司はデリカシーに欠ける。

 顔を背けてむすっとしていると、綱淵は気を使ってか、急に話題を変えた。


「──雑談はここまでにして、康ちゃん、ちょっといいか。そこの若いのも、耳を貸してくれ」


 綱淵の声のトーンが一気に下がった。辺りを見回し、周囲に誰もいないことを確認して、綱淵は二人にだけ聞こえるような声でひそひそ話を始める。


「実は最近、廃材泥棒が出るんだ。これだけ人がいる集荷場も、夜中はひっそりとしてる。監視体制が脆弱ってわけでもない。監視カメラはきちんと付いてるし、警備会社に警備も頼んである。それでも盗まれるんだ。金属価格の高騰も原因なんだろうが、ここから盗んで、どこに売るんだと思う? 他に関東近辺でごっそり買い取ってくれるところは他にないんだぜ。他の地域のセンターにも、ここから情報が行ってるから、持ち込めばすぐに分かると思うんだが、情報がない。康ちゃんやあんちゃんなら、盗んだ廃材、なんに使う?」


 突拍子もない話に、流も康司もすぐには反応できなかった。


「金属って……、なぁ」


「別に使い道なんか」


「もしかして、海外に売り飛ばす、とか」


 流が言うと、


「そういうのは税関で引っかかるんだよ」


 康司が遮る。


「情報があったらでいいんだ。便利屋は顔が広いから、どこかで話を聞いたら教えてくれないか。実は、報道発表はこれからでな。もうすぐニュースで流れるだろうが、この時間はまだどこにも出てない情報なんだよ。とりあえず、覚えといてくれるか──っと、査定が終了したみたいだな」


 綱淵のところに、伝票を持った別の人間が走ってきた。届いた伝票を見て、康司に渡す。

 伝票を受け取り、さっと眺めると、康司は車のエンジンをかけた。


「埋立地に比べてどうかって言われると、トントンかそれ以下ってとこか。まあまあだな。ありがとう、後で社長にも話しておくよ」



 *



「その話なら、さっきニュースでやってたぞ」


 リサイクルセンターから事務所に戻った流と康司に、一ノ瀬が言った。朝七時台のトップニュースだったらしい。壁に掛けられた少し大きめのテレビ画面では、そのニュース番組がまだ続いていた。


「最近、意味の分からん事件がどんどん増えてる。これもその一つだな」


 淹れたてのコーヒーの香りが、朝の爽やかな光の差し込む事務室に充満する。応接セットのソファに座った流たちにも、同じコーヒーが運ばれてきた。


「世の中が不安定ってことよね、それだけ」


 作業着のなぎさが朝の運搬をねぎらって、一ノ瀬には出さなかったカステラを一緒に差し出した。ちょっとした気遣いが、なんだか嬉しい。流は一目散にカステラを頬張った。


「ニュースによると、狙われているのは金属廃材だけではないな。廃車、中古車、燃料、なんでもござれだ。金にするにしても、すぐに足がつく世の中だし、『なんに使う』か尋ねた綱淵のダンナの気持ちもわからないではない。何か、よからぬことが起きなきゃいいがなぁ」


 社長席で足を組み背もたれに身体を任せながら、一ノ瀬は少しずつ、コーヒーを啜った。

 つけっぱなしのテレビ画面、沈黙の隙間に割り込んで更なるニュースが聞こえてくる。


『……未明から明け方にかけ、──区の住宅地で騒音が鳴り響き、辺りは一時騒然と──……。一部で、黒い大きな影を見たという証言もあり、警察は原因を──』


「ほらまた、変な事件ばっかりだ」


 と一ノ瀬。


「乳児の遺体遺棄、廃材の盗難、変な騒音騒ぎ。世の中どんどん変な方向に向いてるな。そのうち、真っ当な大人が自分だけになっちまうんじゃないかなんて思うこともあるさね。いやあ本当に、いやな世の中だよ」


「……ちょっと待って。なんで社長『だけ』なわけ? 俺や康司だって、ここにいるなぎさだって、みんな真っ当だよ」


 口からカステラをはみ出させながら、流は離れた社長席の一ノ瀬に喰らいついた。


「馬鹿だなァ、冗談、冗談だろ。あくまでも例えだよ。そんな言葉尻にいちいち噛み付いてたんじゃ、まともな大人にゃなれんぞ、流」


 がははと、一ノ瀬は大声でからかった。

 流は赤面し、悔しそうに熱いコーヒーを喉に流し込んだ。

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