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Episode14:追求

 途切れた電話の向こうで微かに聞こえた何者かの声。録音したその音声を分析する捜査員たち。


「間違いなければ、『子供だ』と。『社長』と聞き取れる箇所もありましたが」


「声のトーンが違うところを見ると、犯人以外の台詞だな」


「となると、拉致されたと思われるなぎささんか、行方不明の(ながれ)君か……」


「流だ」


 一ノ瀬は感情を抑えきれずに、思わず声を上げた。


「流のヤツ、港までたどり着いていたんだ」


 川岸が頷く。昼間になって一時帰社した社員たちに事情説明していた康司(こうじ)も、大きく頷いた。

 雨は少しずつ弱まってきた。合間を縫って社員たちが次々に戻ってくる。余裕なく、事前連絡することすら出来ずにいた一ノ瀬たちは、バラバラに戻ってくる一人一人に今日の出来事を簡単に説明していた。

 雨が降っても黒い影が町中を暴れまわっても、仕事を投げ出すことは出来ない。個人依頼の仕事をきっちりこなした面々にねぎらいの言葉をかけつつ、警察の相手をする一ノ瀬。混迷している現実の中で、流と思われる声が聞こえたことは何より嬉しいことだ。


「流の台詞、『子供だ』……って何でしょう。犯人がまさか、『子供』……?」


 川岸と一ノ瀬が唸っていると、捜査員の一人が声をかけてきた。


「もし、本当に犯人が『子供』だとしたら、この事件、解決するまでかなりの時間を要しますよ」


「どういう意味ですか」


「『未成年保護法』の条文に『未成年を傷付けたものは』というのがあって、それに当たらないよう、十分配慮しなければならないんです。もちろん、我々警察だって例外じゃない。本当に彼らが未成年なのか、未成年だったとしても犯罪の中でどのくらいの責任を負う立場だったのか。そういうのは、結局裁判にかけてみなければ最終判断できないんですよね。となると、その時々の状況で犯人を傷付けるようなことは絶対あってはならないわけです。今回のように相手が電話越しだったり、あの黒い影のように武装していたりすれば、実際のところ犯人の正体は捕まえてみないと分かりません。より慎重な捜査が必要になってくるんですよ」


「犯人を生け捕りにするのは基本だろう。それは、年齢がどうとか、そういう問題じゃないと思うが」


 捜査員の言葉に困惑した一ノ瀬が、自分なりの疑問をぶつけてみる。


「もちろんそうです。ですが、例えば凶悪犯の場合、逮捕時に急所を外した攻撃をする場合があります。威嚇射撃もありうるでしょう。ところが未成年者が犯人の場合は、こうした攻撃も法に抵触する恐れがある。司法がどう判断するか。下手したら行為を行った警官や自衛隊員、指示した警察本部も皆、檻の中に入れられてしまうかもしれない。恐ろしいことなんですよ」



 *



 スタンガンを押し当てられた流は、あまりの痛みにのた打ち回っていた。電流の当たった腹部が異常に痛い。神経が麻痺し、ビリビリと痙攣を起こす。


「どう、電気ショックでちょっとは昔のこと、思い出した?」


 カケルはスタンガンを放り投げ、にたにたと笑いながら流の正面に屈んだ。つなぎの襟元を左手で掴み、ぐいと顔を近づけてくる。鋭い眼光に、流は完全に圧倒された。


「昔のことなんてとうに忘れたって顔だな。眼もすっかり大人しくなりやがって。まるで飼い犬に成り下がってる」


 唸り声しか出せない流に、カケルは執拗に詰め寄った。


「お前が昔俺にしたことは、本来なら傷害罪、ムショ行きだ。たまたまお前が子供で、保護されてる身だから見逃されていただけ。何度殺されかかったか」


 違う、と何度も首を振る。目が泳ぐ。


「――お前みたいな珍しい名前、他にいるかよ。人違いなんて言わせねぇぞ。流ェ!」


 右ストレートが流の頬を直撃した。衝動で身体がぶっ飛ぶ。コンクリに頬がこすれて、血がにじんだ。続けざまに立ち上がり、カケルの脚が腹部を蹴り上げる。

 右手を上げ、周囲に合図。黒い少年たちが武器片手ににじり寄り、流に一斉攻撃を始めた。

 鉄パイプが眼前に迫る。流はビクと反応し、身体を起こした。直後、金属バットが背中にヒットする。屈み込み、悶えたところを踏みつけられ、口元から血と胃液が溢れ出す。

 殺される。間違いない。やつらは本気だ。

 時折笑い声を上げながら攻撃してくる彼らの姿は、まるで悪魔だ。躊躇なんて言葉はそこにはない。


――『お前が昔、俺にしたことは、本来なら傷害罪、ムショ行きだ。何度殺されかかったか』


 殴られながら、カケルの言ったことを考えていた。流が彼らと同じだったとでも言わんばかりに、カケルは罵倒した。養護施設で一緒だったというカケルのことを、なぜか思い出すことすら出来ない。『過去のことには触れない』ことを条件に一ノ瀬夫妻の元で過ごすうちに、心がどんどん洗われていったのだ。誰一人、流を問い詰めたりしない、蒸し返さない。そうして次第に、全てを忘れていったらしい。


「お前が俺によくやってたことをしてやるよ」


 携帯発火装置を手にした別の少年が、カケルに鉄パイプを渡した。踏みつけられ、数人に押さえつけられて仰向けになった流は、そのパイプの先が火で熱せられていくのをただ見ているしかなかった。その先が熱を帯び、徐々に赤くなっていく。

 少年の一人が、カケルの指示で流のつなぎ服のボタンを無理やり引きちぎった。シャツをめくり、肌があらわになる。


「タバコの火か熱した鉄パイプを、お前は俺の背中に何度も押し当てた。自分が自我を保てないほど追い込まれた腹いせに、だ。こういう傷跡は、一生残るんだよ!」


 カケルの手が、パイプを流の腹に食い込ませた。肌の焦げる臭い、音、そして、流の悲鳴。噴出す汗も、涙も、腹の底から助けを求めた声さえ、少年たちの嘲笑を誘った。


「ホラ、思い出した? いつも悲鳴上げてたろ。今のお前みたいにさァ」


 何度も何度も、パイプの先で突き刺してくる。その度に過剰反応する流の身体を、やつらは更に蹴飛ばす。


「や、めろ……」


 声を振り絞った。腹筋に力を入れ、押さえの弱くなった少年らの足をすくい上げた。

 ぐちょぐちょに汚れ、傷だらけになった身体で、パイプを弾き飛ばす。

 やつらの軽い身体が思ったより簡単に倒れ、流の周囲から離れた。カラカラと音を立て、熱いパイプの先が転げた。


「な、舐めんな。便利屋、舐めんな」


 気持ちを奮い立たせ、ゆらりと二本足で立つ。身体のあちこちから流血し、濡れたつなぎににじんでいる。腫れ上がった顔、だらしなく口から流れ落ちる血を腕でそっと拭い去る。

 この状況で立ち上がる流に、少年たちは驚異した。ひとり、また一人と流のそばから離れていく。

 だが、その中でただ一人、カケルだけは余裕の笑みで、一度弾かれた鉄パイプを拾い上げ、ぶんぶんと振り回しながら流と対峙した。


「何が便利屋だ。お前も俺らと同じ、世の中のゴミの一つに過ぎないんだぜ。捨てられ、荒んできた仲じゃないか。今更カッコつけたところで、何も変わらないし、何も救えないよ」


「なぎさは、どこだ」


「なぎさ?」


 カケルはわざとらしく答えた。


「ああ、あの貧乳童顔の彼女ね。──さぁ、どこかな。一発犯りたかったけど、先客がいてさ。くれてやったよ。あのボテ腹が子供なんか産むもんだから、丁度オモチャがなくなって困ってたんだ。まさに好みの女だって、相当喜ばれたな」


「どういう、ことだ」


「相変わらず頭が悪いね、流。売ったんだよ。いい値段で売れるんだ。今頃、得意先じゃお祭り騒ぎ。何人の相手をしてるかな。集団レイプ映像はかなりの金になるんだ。泣き叫べば泣き叫ぶほど値が付く。あの分だと、こっちにも少しは金が流れてくるかな」


 カケルが喋り終わるのが早かったか、流の拳が飛ぶのが早かったか。二人の身体が大きく交差した。

 攻撃を受けてよろめくカケルの手から、流は隙を突いて鉄パイプを奪い取る。振り回し、ビュンと音を立す鉄棒がギリギリまで目前に迫ると、カケルはおののき、尻餅をついた。起き上がろうとする間もなく、流がマウントポジションをとる。


「いきり立つなよ。もう、何もかも遅いんだよ、流。楽しもうじゃないか。お前もまだ、子供なんだから」


 高めの声で笑い出すカケルを、流はたまらず殴りつけた。

 黒い感情が渦巻き始めた。少しずつ、心が闇に飲まれていく。


「昔の、お前の顔に戻ってきたな。そうでなくちゃ」


 流を見上げ、カケルは不敵に笑った。

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