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見えない友達  作者: 守一
5/10

「恐怖」

 


 僕は翌日から仕事を休み、ゆきのちゃんとも具合が悪いとの理由で連絡は控えていた。


 それも今日で三日が過ぎようとしている。


 とにかく、ゆっくりと考えたかったのだ。


 ゆきのちゃんにはあの夜に電話した。

 風邪をひいてしまって寝込んでいるので、しばらく応答できないかも知れない、と。


 一緒に晩御飯を食べた数時間後だと言うのに……。


 それでも彼女は、泣きそうな声で心配してくれていた。

 ウチに来て僕の看病をしたそうだったけど、幽霊屋敷を匂わせて遠慮してもらった。


 僕はそんな幽霊屋敷、「見えない友達」のいる自室にこもり、まんじりともしない夜を過ごしている。


 やはりどう考えてもあのストーカーとゆきのちゃんが繋がらない。


 ただ、今日になって彼女のラインがおかしくなっている。


「大丈夫?」「会いたいよ」「声が聞きたいよ」「これから行っていい?」「迷惑かな?」「本当に大丈夫?」「会いたいよ」「声が聞きたいよ」「これから行っていい?」「迷惑かな?」「嫌いになっちゃった?」「もしかして他に好きな人がいるの」「絶対に許さない」「見つけ出す」「大丈夫?」「会いたいよ」「声が聞きたいよ」「これから行っていい?」「もしかして他の女の子の家にいるの」「そんなの絶対に許さない」「絶対に見つけ出す」「本当に大丈夫?」「会いたいよ」………


 途中から怖くなって返事を返せなくなった。

 今はラインのアイコンには800を超える未読メッセージ。


 少し異常な気もする反面、こんな事で彼女を不安にさせてしまい、追い詰めてしまっているのかとも思うと、なんとも遣る瀬無い気持ちになって来る。


『レイちゃん、やっぱりこのままだと危ないわ』


 サキちゃんが不安げな声を上げた。

 サキちゃんは今までずっと同じ部屋にいたけど、ずっと会話する事なく黙っていた。

 他のみんなも同様だ。

 時折目を合わせるくらいで、そっと僕を見守ってくれていた。


「な、何が危ないの?」


 言いながらも例の壁に目が行ってしまう。

 相変わらず壁掛け時計が時を刻んでいるだけだ。


『私たちだけでは抑えきれなくなってる……』

「え?」


 もう一度壁を見て目を疑った。

 ほんの一瞬だが、壁掛け時計のすぐ下から黒い手が伸びるのが見えたのだ。


「今の……」


 霊と言う存在は物心ついた時から慣れ親しんできたはずなのに、このほんの一瞬で全身が恐怖で粟立った。

 黒い手。

 暗黒のような黒。

 一瞬の間だけでも、その暗黒の中で何かが蠢いてるように見えた。

 その蠢く何かが僕を暗黒の中へと引きずり込む。

 そんな錯覚に襲われた。


 得も言われぬ絶望的な恐怖だった。


『やっと見えたんだな?

 俺たちがどんなに心配してたか、これでお前もわかったろ?』


 キヨシおじさんがそう言いながら、僕を庇うように壁との間に立ちはだかった。

 その横にはアキおばさんの後ろ姿。


『レイちゃん、もうこの部屋から出た方がいいわ』

「もうアレは抑え切れないって事?」

『そう。私たちの存在だけだと……もう限界まで来てる。

 私たちで出来るだけ食い止めるから、レイちゃんはなるべく遠くに逃げて!』

「でも、みんなはどうなるんだよ?!」

『大丈夫だ坊主!

 野暮な心配などせず、お前は言われた通り逃げろ』


 僕は知っている。

 ミノルじいさんは無理している時に限って僕を坊主と呼ぶ事を。

 みんな、消滅したりしないよな?

 こんなの成仏でもなんでもない。

 こんなんで消滅なんかさせたくない。


 さっきからずっと携帯電話が震え続け、その振動音が耳障りに机を鳴らしている。

 それに呼応してラインの未読通知が恐ろしい速さで増えている。


 ん?


 携帯電話を見た視界の端に違和感を覚えた。

 携帯電話の延長線上。

 部屋の隅にある本棚。

 いつもなら目が行かないところだ。


 本棚の一番下の漫画がヤケに前に迫り出している。


 綺麗に揃って迫り出しているので一見わからない感じだが、上の段の漫画との差を見れば一目瞭然だ。

 僕はこんな仕舞方をした覚えはない。


 すぐさま本棚へ駆け寄り、下の段の漫画を外にぶちまけた。


「な……」


 思わず息をのむ。


「なんでこんな物がここに……」


 漫画を退けた本棚には、いつの日か焼き払ったぬいぐるみがあったのだ。

 白いフェルト生地で手作りされたクマだ。

 鼻は黒い生地でパッチワークされ、目には赤い釦が髪の毛で縫い付けられている。

 きっとこの中にも髪の毛が詰まっているのだろう。


 まさにあの時に何度も送られて来たぬいぐるみだ。

 忘れはしない。

 この三日、ずっと記憶を手繰って見ていたものと同じものだ。


「なんでここにあるんだよ……」

『彼女が隠したに違いないわ』

「…………」

『だって……』


 思わずサキちゃんを睨みつけてしまった。

 でも確かに考えられる……。

 ゆきのちゃんが来た日は、みんなには部屋から出てもらっていた。

 そのせいで皿を落としたり、階段を軋ませたり色々やられたんだった。

 僕が飲み物を取りに行っている間とか、やろうと思えば簡単に出来ただろう。


 ただ、全くの別人なんだよ、あの子とは……。


玲士れいし! もう時間がねぇ。お前は早くこの部屋から出ろ!』


 キヨシおじさんの声と同時に、ガタガタガタガタガタガタと物凄い音がした。

 部屋の窓ガラスが割れそうなくらい震え出したのだ。


『早く出て行きなさい!』

「でも……」


 アキおばさんの鬼気迫る声。

 出て行けと言われたって、みんなを置いて一人で出て行くなんて無理だ。


『坊主、その人形を外に出したら此奴の力も弱まるかも知れん!

 さっさとそいつを持って出て行け!』

『そうよレイちゃん、お願いだから早く逃げて!』

『来たぞ! 早く出てけっ!』


 ミノルじいさんにサキちゃん、そして最後にキヨシおじさんが叫ぶ。

 壁を見ると、黒い手が二本、むくむくと伸びて来ていた。

 壁から抜け出すように暗黒の顔が浮き出て来る。

 うじゃうじゃ暗黒の中で何かが蠢きながら、胴体、足と、ゆっくりと全貌を露わにしていく。


「ひっ……」


 暗黒の顔が僕を見た。

 暗黒の中で蠢く何かが僕を誘っている。

 恐怖で全身の毛穴が一瞬にして粟立つ。

 しかし絶望的な恐怖はその一瞬で、不思議と安心感を覚えて何もかも委ねたくなってくる。


『玲士、てめー何やってやがんだ!』


 キヨシおじさんの声がした瞬間、ガシッと背中から抱え込まれ、そのまま後方へ投げ飛ばされた。

 僕は無意識に生霊に近づいていたようだ。


『坊主、早く逃げろ! キヨシの死を無駄にするでないっ!』


 え?


 ミノルじいさんの声で生霊に目を向けると、ジジ、ジジ、ジジっと電子音のような音を立てながら、キヨシおじさんが暗黒の中へ吸い込まれていくところだった。

 もう既に上半身は暗黒の、生霊の中だ。


「キヨシおじさんっ!」

『いいからあんたは逃げるのよ!』


 キヨシおじさんを引っ張り出そうと足を掴んだところで、アキおばさんに思いっきり突き飛ばされた。

 アキおばさんはその勢いで暗黒の手に頭を掴まれ、同じように電子音を上げながら吸い込まれていく。


「ア、アキおばさん……」

『あ、あんたは早く……』


 アキおばさんの顔が首が、どんどん吸い込まれていく。


『レイちゃんお願い! 早く逃げて!』

『坊主、まだわからんか!』

『行け! 玲士が逃げ切ったら俺たちも逃げるから早く行け!』


 みんなの叫び声が重なる。


「本当だなタケゾー!」

『嘘じゃねー! いいから早く行け!』


 タケゾーが笑うのを見て、僕は走った。

 あいつ、絶対に嘘だ。

 転がるように階段を下りる。

 あの笑みは嘘をついた後に浮かべる笑みだ。

 キッチンに駆け込み棚の引き出しを開け、ライターを手に取る。


 僕は嘘だと思った瞬間、これしかないと思った。


 このぬいぐるみを外に出せば生霊の力が弱まるかも知れない。


 ミノルじいさんが言った事だ。

 嘘かも知れないけど、それしか考えられなかった。


 ライターを手に玄関へ走り、裸足のままドアを開けて外へ出る。


「ゆ……きのちゃん……?」


 ゆきのちゃんが門の外に立っていた。


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