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見えない友達  作者: 守一
3/10

「サキちゃん」

 


玲士れいし、理由を話すから部屋に来い!』


 あれやこれやとぼんやり考えながら帰宅すると、玄関でキヨシおじさんが僕を待ち構えていた。

 何やら怒ってる感じ。


 僕は今、彼女とのアレな事をあれこれ考えて、不安と期待が入り混じった幸せな時間を過ごしていた。

 それなのに帰って早々なんだよ。

 なんだか一気に興醒めしてしまった。


 それに、そんな逆ギレのような言い方されてまで理由を聞きたくない。

 そもそもちゃんとした理由があるんだったら、隠し事なんかせずに話せばよかったんだよ。

 第一に今じゃなくていい。

 今はこの31年間の足枷問題を甘酸っぱく熟考したい。

 頬のキスの感覚が残っているうちは尚更だ。


「キヨシおじさん、悪いけど今は話を聞く気になれないから明日にしてくれる?」

『何をっ!』


 パッシーンといいのをもらった。

 しかも彼女の唇の感覚残る左の頬への平手打ちだ。


「な、なにすんだよキヨシおじさんっ!」

『それはこっちのセリフだっ!

 少しはサキちゃんの気持ちも考えろってぇんだ!』


 今までに無い剣幕のキヨシおじさん。

 しかも目には薄っすらと光るものを溜めている。


 涙ぐんでる?


 こんな顔のキヨシおじさんは初めて見た。

 どちらかと言えばキヨシおじさんはお調子者キャラで、いつもみんなを笑わせて、自らも笑っている事が多い。

 僕がサキちゃんと喧嘩した時なんかは、良く冗談を交えながら仲立ちしてくれたものだ。

 決して怒ったりするような人じゃないし、泣くような人でもない。


「わかったよキヨシおじさん。

 僕が悪かった。これから話を聞きに行くよ…」

『うむ、それでこそ玲士だっ』


 キヨシおじさんは少し気恥ずかしそうに言うと、そのまま顔を見せずに階段を上って行った。

 二階には僕の部屋がある。

 このところご無沙汰している部屋だ。


 それにしても、あんな風にキヨシおじさんが取り乱すほど、サキちゃんを追い詰めてしまったのだろうか。

 それに理由って一体なんなんだろう。


 とにかく、これは真剣に聞かなくてはいけないな。


 そんな風に思いながら階段を上り自室の前に立った。


「お、お邪魔しまーす……」


 自分の部屋なのに緊張してしまい、思わず戯けた口調になってしまった。


『茶化すんじゃねぇぞ玲士っ』

「ごめんなさい……」


 いきなりキヨシおじさんにお咎めを受ける。

 部屋には左からタケゾー、ショウタロウ、サキちゃん、ミノルじいさん、アキおばさんがこちらを向いて座っていて、キヨシおじさんは手前で背を向けて座っている。

 どうやらキヨシおじさんの隣が僕の場所らしい。


 タケゾーは戦後間もない時代に生まれた12歳の腕白な男の子。薄汚れたシャツとズボンを身につけている。

 ショウタロウは4歳の男の子でこの中では最年少。サキちゃんと同じ着物姿でみんなから可愛がられている。

 ミノルじいさんは明治生まれの元軍人で72歳の最年長。彼もいつも着物を着ている。

 アキおばさんは割烹着を着たいかにもおばさんって見た目だけど、実は39歳。今となってはかなり歳が近づいている。

 ちなみにキヨシおじさんはカーキ色の軍服姿だ。


『玲士、とにかく座りなさい』

「はい……」


 ミノルじいさんに言われ、素直にキヨシおじさんの隣に座る。


『いーい、玲士くん。おばちゃんだって今まで玲士くんのことを思って、口を酸っぱくして言って来たんだからね?』

『そうだぞ玲士! アキおばさんもそうだし、みんなもお前の事を思って言って来たんだ。

 大人になったからって調子に乗ってんじゃねーぞ!』

『ちょーしのってんじゃねーぞ!』

『タケちゃん、ショウタロウが真似するから汚い言葉は使わないのっ!』

『いいじゃねーかよ、これくらい…』

『良くない! 特にショウタロウの前では言葉遣いに気をつけろっ!』

『わかったよ。そんな怖い顔しないでくれよミノじぃ』


 なんだか、このいつもと変わらない感じに少しホッとするのだが、いつもだったらここでサキちゃんがコロコロと笑い出すところ。

 今のサキちゃんは俯いて正座したまま、笑うどころか一言も言葉を発しない。


 艶やかな黒髪がだらりと畳に垂れている。

 みんなを避けていた事が、彼女をこんなに追い詰めてしまったのか……。

 僕はもう大人だと言うのに、子供のように意地になっていた。

 確かにみんなは僕の事を想ってくれている。

 人生のほとんどの時間を一緒に過ごして来た友達。

 そんな友達なのに、少しばかり意見が気にくわないからって、あそこまで遠ざける事はなかったよな。


 サキちゃんは尚更だ。

 一番僕の事を想ってくれている子なのだ。


「サキちゃん?」


 思わず声をかけていた。



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