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見えない友達  作者: 守一
2/10

「彼女」

 


 何か飲もうと冷蔵庫を開けた時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 携帯電話の画面には『ゆきの』。

 31年間生きて来て、初めて出来た僕の彼女だ。


「どうした?」

「うん。何してるかなぁって……」


 電話口からしなだれかかるような彼女の声。

 これがリア充と言うヤツが耳にする音声なのだろう。


「家にいるだけで、別に何もしてなかったよ…」


 寂しいけどこれが事実だ。

「見えない友達」と揉めてる最中、とは言えないし。


「うん。そう思って近くに来ちゃったんだけど……」

「そうなの!?」


 確かに電話の向こうからは雨音や車の音が聞こえてくる。

 彼女が外にいることは間違いないだろう。


「じゃあウチに……って、これからそっち行くよ。今どこにいるの?」

「ごめんね急に…。今駅前のコンビニの前にいるの」

「じゃあ5分で行くからそこで待ってて」


 僕は彼女の返事も聞かずに携帯電話をオフにすると、財布を手に取り大急ぎで家を出た。


 本当だったらウチに呼んであげたい。

 だが、そうもいかない事情がある。


 彼女にとってのウチは、完全にお化け屋敷だからだ。


 誰もいないはずなのに、イスが動く、皿が落ちる、階段が軋む、電気が点いたり消えたりするなど、「見えない友達」の悪戯が過ぎて完全に怖がっている。


「古い家だから……」


 と、あの時は訳の分からない言い訳をして、早々に家を出たのだった。


 全くみんなにはがっかりしたよ。

 友達だったら、もっと応援してくれてもいいと思う。



「ごめん、待った?」

「あ、そのシャツ久しぶりだね?」

「そ、そう? なんか急いでたから部屋着で来ちゃったんだけど……。

 こんなの着てるとこ、見られたことあったっけ?」

「そうなの? なんか見た事ある気がしたから……」


 可愛らしく首を傾げる彼女。

 彼女はこんな風に少し惚けたところがある。

 それもまた可愛いところだ。


 このシャツは高校生の時に良く着ていたもので、今はもっぱら部屋着に成り下がっている。

 コンビニに行くにも着替えるくらいボロなので、彼女は絶対に初見のはずだ。

 今も家を出てからこのシャツを着てた事に気づき、戻って着替えようか迷ったくらいだ。


「それにしてもこんな雨の中、急にどうしたの?」

「顔が見たくなっちゃった…」


 くぅーっ。可愛い事言ってくれるねー!

 いや、顔も可愛いんだよね、彼女。

 本当、なんで僕なんかを好きになってくれたのか不思議なくらい可愛い。


 歳は三つ下だけど、何処か大人っぽい雰囲気もあって、最初は小悪魔的に僕を弄んでるのかと、密かに構えていたくらいなのだ。


 だってこんな可愛い子に街で声をかけられたんだよ?

 自分もそこまでブサイクではないとは思うけど、こんな可愛い子に声をかけられたのは初めてだったし、しかもそんな子に一目惚れだなんて言われたのだ。

 あの時は思わずキョロキョロ周りを見回してしまった。

 何処かからテレビクルーが出てきて「ドッキリですー」なんて言われても、なんらおかしくない状況だった。


「ご飯食べた?」

「まだだよ?」

「じゃあ、そこの中華屋で食べよっか?」

「わぁ嬉しい! あのお店、玲士れいしくんと一緒に入ってみたかったの!

 私、レバニラ炒めが食べたい!」

「本当! あそこのレバニラ炒め、すっごい美味しいよ?

 僕の大好物なんだよね。あの店では昔っからレバニラばっか食べてんだよ」


 目をキラキラさせて僕の言葉に頷く彼女。

 それにしてもレバニラ炒めが好物とは、やっぱり気が合う。

 食の好みが一緒って、付き合う上で大事だよね。

 家でカップラーメンとか食べてなくて良かったよ。



「美味しー!」

「でしょ! ここのレバニラは山椒が効いててクセがあるけど、これがまたご飯が進んで美味しいんだよね…って、ゆきのちゃん!」

「な、なに玲士くん…」


 彼女がチョロリとレバニラ炒めにラー油を垂らしたのだ。

 僕が長年にわたりやってきた食べ方だ。


「そう! いいねぇ、ゆきのちゃん。

 僕もいつもラー油かけて食べてるんだよね。

 美味しいよねー!

 三分の一はそのまま食べて、残りはラー油で楽しむ。

 これ、ここのレバニラの鉄板の食べ方ねっ!」

「フフフ、そうなんだ?

 玲士くんって面白いこだわりがあるのね?」


 彼女は肩をすくめて笑う。可愛い。なんだよこの幸せな食事は!


 しかし食べ方の趣味までガチに合うとは、ますます運命的な気がしてきたよ。


 僕は久々のレバニラ炒めの美味しさも手伝って、この日の夕食は、人生で一番と言うくらいの幸福な時間を過ごした。



「こ、今度はウチに来て……ね?」

「…………うん……」


 改札口での別れ際、頬にキスされた。

 彼女と知り合って半年ほど経つが、彼女とはまだそう言う仲にはなっていない。

 31年間のプライドが…いや、童貞の足枷が邪魔して一歩が踏み込めなかった。

 正直に話して気持ち悪いとか思われたらアレだし、隠してたら隠してたで、いざ本番と言う時に上手く出来なかったら恥ずかしい。

 それで嫌いになられた日には目も当てられない。

 正直言って怖かったのだ。


 何度も振り向きながら手を振る彼女。


 そんな彼女を、僕はただ茫然と眺めていた。



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