「見えない友達」
僕はいつ頃から見えていたのだろう。
多分物心ついた時には既に見えていたと思う。
だって一番古い記憶を思い返すと、お母さんは友達のサキちゃんが見えてなかったみたいだし、窓から家の中を覗き込んでるおじさんとかも見えてなかった。
サキちゃんと言うのは、当時3歳だった僕を可愛がってくれた歳上の女の子で、僕の記憶に残る最初の遊び友達だ。
今思えばサキちゃんはいつも着物姿だったので、明らかに他の友達と比べて浮いた存在だった。
ただ、当時はそんな事など考える事もなく、ごく自然に遊んでいたものだ。
そんなサキちゃんの姿がお母さんには見えないと知った時、何故かそう言うものなんだと普通に受け入れていた。
子供心に、世の中には「見える友達」と「見えない友達」の二種類が存在しているのだと、僕の頭は漠然とオートマチックに解決してしまったのだ。
そんな惚けた僕も、今年で31歳になる。
全くもっていい大人だ。
そして大人になると面白い事に、実在するリアルな友達「見える友達」がだんだん減って行き、実在しない「見えない友達」との付き合いが深まる一方だった。
もちろんサキちゃんとも未だに仲良しだ。
とは言ってもサキちゃんの見た目は6歳の少女なので、31歳ともなった僕が、普通に友達と言っていいかは甚だ疑問なのだが。
とにかくサキちゃんは、「見えない友達」の中でも一番長い付き合いである。
しかし、そんな一番の友達とも言えるサキちゃんを筆頭に、最近では「見えない友達」とあまり関わらないようにしている。
それは、大人になって「見える友達」が減って行くのと比例して、異性との接点も減少し、二十代後半には皆無と言って良いほどにまでなっていた事に由来する。
今までは、その分「見えない友達」との時間を大切にして、俄か現実逃避していたところがあった。
いや、現実逃避と言うよりも、正直、別にそれで良かった。
何より気の置けない友達との時間はストレスもなく、仕事場で醜い人間関係を見ている身には「見えない友達」の存在が有り難かった。
言うなれば、気の置けない幼馴染がいつも一緒にいるようなものなのだ。しかも何人も。
ただ、半年ほど前、僕に彼女が出来た。
その彼女とは今度の夏に結婚する話も出ている。
そんな彼女は、「見えない友達」からは何故か好かれていない。
いや、好かれていないと言うよりも、はっきり言って嫌われている。
露骨に彼女の悪口を言う訳ではないが、彼らは遠回しに別れた方がいい的な話に持っていくのだ。
31年間生きて来て、初めての彼女らしい彼女。
そこは譲れない。
いくら幼馴染とは言え、ここだけは譲れないのだ。
『玲士、サキちゃんが寂しがってるぞ?』
「…………」
「見えない友達」のキヨシおじさんだ。
おじさんとは言っても、今は僕も31歳。
35歳のキヨシおじさんとほぼほぼ同年代になっている。
ただ、子供の頃から呼んでいるので、今でもキヨシおじさんって呼んでいる。
「キヨシおじさんさぁ、僕だって好きでみんなと話さない訳じゃないんだよ?
僕だって寂しいよ。だからキヨシおじさんからも…」
『ダメだ玲士、あの女だけはやめておけ。これはお前の為だ』
にべもない。
キヨシおじさんは良く家の中を覗いていたおじさんの一人で、子供の頃は然程遊んだ訳ではなかったのだが、同性な上に歳も近くなって来たせいか、近年では悩み事や異性の話などをする仲で、今となっては「見えない友達」の中でも一番話をする。
「いつも言うけど、だったらどうしてダメなのか言ってよ」
『それは……』
いつもこうだ。
口ごもって理由を言おうとしない。
「ダメな理由がないんなら放っておいてよ!」
『ま、待て玲士!』
僕は居間を出てキッチンに向かう。
最近では居間かキッチンが僕の居場所だ。
自分の部屋はサキちゃんを始め、ショウタロウにミノルじいさん、アキおばさんがいる。
タケゾーもいるかも知れない。
要は僕の「見えない友達」が顔を揃えているのだ。
普段はずっといる訳ではないのだが、彼女が出来てからと言うもの、なんやかんや僕の部屋に居座って結局は別れろ的な小言を言うのだ。
両親の部屋には四年前に事故で亡くなった両親がいる。
それはそれでまた別の小言をもらうので、僕は両親の部屋へ避難することなく、居間とキッチンを寝場所にしているのだ。
実質一軒家に一人暮らしなのだが、ここ半年、肩身の狭い思いをしながら暮らしているのだ。
それにしても、みんなはなんでそこまで彼女を嫌うのだろう……。