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月下の松はひどく熟れて

作者: 衣花みきや

 十月。神々が出雲大社に集まり、会議を開く月。留守神以外のほぼすべての神は日本全国から消える。

 ほぼ、というからには、無論例外も存在する。

 ただの地縛霊から神に成り上がった“鶴”などがその良い例だった。基本的に純粋な神だけが出雲大社に呼ばれる。不当な手段で神に成り上がった者をその敷地に入れたくないのだろう。

 しかし“鶴”にとっては、それはむしろ喜ばしいことだった。


“鶴”は元々地縛霊である前に、ただの会社勤めの男にすぎなかった。

 人間だったころの“鶴”はいつ死んだのか。それは定かではない。しかし、“鶴”の容姿を見るにその(よわい)は三十を越えてはいなかっただろう。勿論、“鶴”が若作りをしていて、その実年齢が見た目よりも二十あるいは三十ほど離れているということも考えられるが、いまの“鶴”のその言動を見る限りではその可能性は少ないように思える。

 その場合、“鶴”はまだ若いうちにその命を散らせているいうことになる。“鶴”が生前からいまのような性分であったとすれば、その死が悼まれるのも無理はない。“鶴”は律義な神だ。大方その死を悼んで花を置く者がいなくなるまでとでも思っていたのだろう。しかし、幸か不幸か毎夜毎夜花を置きに来る少女に構っている間に、その地に長居しすぎていた。地縛霊としてその名の通りその地に縛られ、その小さな街を離れられなくなっていた。

“鶴”がそのことを自覚したのがいつだったか、いまとなっては当人も覚えていないのだろうが、“鶴”は地縛霊になってその本領を発揮し始めたのである。

 初めてそれが起こったのは、献花に来る少女が幼さを捨て、成人女性らしい雰囲気を纏った頃だった。そのとき、“鶴”は地縛霊としての過ごし方を掴み、快適に日々を送っていたのだ。

“鶴”はその時点で自分がいつ死んだのか、覚えていなあったのだろう。しかし、その女性が自分をここに縛る原因になっていたことは忘れることはなかったのだと思う。成仏こそできなかったものの、いまの快適な暮らしをくれたその女性に感謝こそすれ、恨みなどひと欠片も抱いていなかったに違いない。

 つまり、“鶴”がやったことはただの恩返しに過ぎず、自分と同じ死に方をしてほしくないと願っただけなのだ。

 見えない何かが一人の女性を交通事故から救った。その女性は昔この場所で車に撥ねられて死んだ男の献花を十年以上毎日欠かさずに行っていた。それだけで、女性を救ったのは“鶴”だと人々に信じられるのに十分だった。目撃者の証言も、それを信ずるものが増えるのに拍車をかけた。

 こうして“鶴”は多くの人に崇められ、讃えられ、最終的には神にまで上り詰めた。本人の意思とは全く関係のないところで、だが。

 しかし“鶴”も神になったことに不服はないようだった。小さいとはいえ祠を用意してもらえたことは、帰る場所を用意されたというのはこれ以上ない喜びだったはずだ。

 そして何より、その地から解放されたというのは大きいだろう。当人はただ旅行ができるようになった程度にしか考えていないようだが。外の地に行くことよりも、街の人々にちょっとした奇跡を起こしつつ助けることの方が好きなようだ。その行為が“鶴”の趣味のようなものであり、“鶴”を神たらしめる所以でもあるのだが。


 さて、神が不在の月に“鶴”がやろうとしていたこと。

 それは旅行だった。

 神無の月はいままでにも数えるまでもないほどには繰り返してきているが、“鶴”が動かなかった理由は何を隠そうあの女性の一族だ。あの女性の一族は他の誰より“鶴”を信じていた。毎日欠かすことなく“鶴”の祠を訪れていたのだ。

 だが、今年の春にぷっつりと、突然その一族の人間が訪れなくなった。一日だけならばいままでにも何度かあった。忙しいのだろうと、そう割り切ることができた。しかし一週間一か月となると、“鶴”もその理由を察した。心に穴が空いたような感覚だったのだろう。それからの一か月は何事にも手が付いていなかった。

 そして心を整理して思いついたのは、旅行だった。

 もともと神無の月には表立った行動をするなと他の神々から散々に言われていたので、毎年暇を持て余していたのだ。

 いろいろな神や各地を彷徨(さまよ)っている霊の話を聞き、場所や行き方は決めていた。

 現地の留守神にも連絡を取っていた。 

 しかしその際に話した内容には、“鶴”を不安にさせるような話も交じっていた。

 それは“鶴”を信じる者がいなくなっていた場合、“鶴”はその街を出たら消えてしまうというもの。それを(おそ)れて自分のいる街から頑としてでない神もいるらしく、その話の信憑性は高い。

 それでも行くのかと聞かれ、“鶴”は少しの逡巡こそしたものの、力強くそれを肯定した。

 いま、“鶴”は街の端に立っている。自分が手をかけてきた街を、人を捨ててから長い時を経て始めて離れる。少しの間だ、と言い聞かせてはいるのだろう。しかし、もう戻って来れないかもしれないという恐怖は(まと)わりついて離れることはない。

 何度目かもわからない振り向きをして、自分が縛られていた街を見る。改めてみて何を思ったか、“鶴”は小さく笑みをこぼした。

 そして、ようやく決心がついたのだろう。街の外を見る瞳に、迷いは見られない。

“鶴”はその見えない街の境界に向け、歩いて行く。

リドルストーリーを書いてみたかったのですが、どうでしょう。ちゃんとリドルストーリーになっているでしょうか。

酷評も立派な感想。一ポイントも立派な評価。お暇があれば頂けると嬉しいです。



余談ですが、私の作品はなぜか神様が出てくるものが多い気がします。

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