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芳さんは馴染みのスーパーの駐車場にいた。手にはさっき買った値引きシールの牛丼とパンの入った、三円するビニール袋。帰ろうと歩き始めると、後ろから声をかけられた。中学校の同級生、男子。淡い恋心を抱いていた彼が、変わらない姿でそこにいた。
「雨が降らなくてよかったな」
そう話しかけられ、芳さんは少し迷った後、「雨でもよかったけどね」と返した。彼はびっくりしたような顔で、だけど納得したように頷いた。
「早く雨が降らないかな」
気付けばそう呟いて、芳さんは走った。足が重く、体だけ前のめりになる。後ろで初恋の君が何か叫んだが、振り向いてももう見えなかった。
いつしか家の中にいて、握っていた袋は空っぽになった。着ているものも脱ぎ去って、冷蔵庫の中を覗く。
「ぜんざい作ったんだ」
後ろでさっきの彼が言った。「食べる?」
頷いて受け取ったそれを口に運ぼうとする。そして、気付いたように「服、着るから待って」と芳さんは言った。
「見ないよ」
窓の外が濡れている。
「ねえ、雨――――」
陽の光で目が覚めた。しっかり寝間着を着て、一人だ。起き上がって、ベランダに出る。こんなに晴れていたら、雨なんて降らない。
「早く雨が降らないかな」
夢の中と同じセリフを呟いてみた。目を閉じると、水っぽい匂いがして、鼻先が濡れたような気がした。もしかしたら、まだ夢の中なのだろうか。降り出した雨は答えを知らない。
虚ろな世界へ誘う、芳さんの雨。