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勢いよく開いたドアから傘だけを出して、慎重に体を動かしていく。
「ああそこ、段差、水たまりに気をつけて」
言われて下を見れば、くぼみに出来た水たまり。足を伸ばしてようやく降りることが出来た。振り向けば既にドアは閉まっていて、お礼を言う間もなくタクシーは走り去っていった。
ロビーはひんやりとした空気で覆われて、少し震えるくらいだ。大きなソファに腰をおろし手足の水滴を拭っていると、慌てたような声が飛んできた。
「芳! 大丈夫、濡れちゃった?」
タクシーから降りる時に少し濡れただけと伝え、差し出されたハンカチを断ると、安心したようで芳さんの髪を二度押さえるように撫でてから、光沢のあるクラッチバッグにそれをしまった。彼女は、芳さんの友人、トモエさん。普段些細なことで連絡はとるものの、会うまでには至らない距離にいる。今回、共通の友人の祝いの席で久々の再会となった。学生時代と変わらずある友の姿に、芳さんはホッとして喜んだ。
「ウッチー、綺麗だね」
披露宴の最中、トモエさんは芳さんにそっと耳打ちした。「もう、今日からウッチーじゃないか、本田さんだ」
何か変な感じ、と笑う。芳さんも友人のドレス姿を見ながら、よく呼んだあだ名がもう当てはまらなくなることを思った。
新婦が親に向けて手紙を読む。幸せの中にわずかな寂しさを灯して、その一言一言は会場内に重く響き渡る。芳さんは誰にも聞こえないような小さな声で彼女の名を呼び、頑張れ、と添えた。新婦の目から零れる涙は、身に付けた宝石よりも輝いていて美しい。手紙が読み進められると同時に、芳さんは少しだけ彼女を遠くに感じていた。
祝福と幼い心に刺さる、芳さんの雨。