第2幕 運命の人
初めて見た時から、その男は異質だと思った。
「怪我はないか?」
家族にすら腫れ物扱いをされるのに、彼はそんな扱い方をしない。
級友とも一定の距離を取られるし、目も合わしてくれない。だけど、彼は真っ直ぐに私の目を見て、心配をしてくれる。
身の丈程の長さを誇る長剣を手の持ち、私と同じ学園の制服を着用した少年は、身動きが取れない私を庇うように前に立つ。
「どうして……私を……」
続きに何を言おうとしたのか自分でもわからない。
同じ学園のはずだけど、彼のような少年は学園では見なかった。何より彼は一般人と主張している。一般人はウチの学園に入学出来ないように設定されている。入試テストに『異能力』に関する項目があるので、これは絶対だ。それなのに、見ず知らずの人の為に命を投げやる覚悟で立ち向かう。そこまでする義理が何処にあるのだと言いたかったのか。
私が言葉を紡ぐよりも前に、少年は言った。
「そんなの決まってるだろ。君を護る為だよ」
やっぱり、この少年は異質だと思った。
今、初めて会ったばかりの他人の為にそこまで出来る彼の事が凄いと思ったと同時に……。
「ちょっと待っててくれよ。サクッと終わらせてくるからさ」
私――『藤白 奏』は、彼に生まれて初めて恋をした。
◇
「こうなりゃ、ざまぁねぇな。『異能力者』様もよ」
「くっ……」
数人の『革命軍』を相手に獅子奮迅の勢いで戦闘を行ったのは良かったが、人数にして五人を倒した所で、疲労により地に膝をついてしまった。その隙を狙って純白の軍服を着用した一人の男が現れた。――『革命軍』だ。
迎撃しようと立ち上がり、『異能』を発動させようと手を翳し、発動モーションに入るが反応がしない。
連戦の疲れからか『異能』が使用出来ない状況に陥った。それでも負けを認めるわけにはいかないのが、私達――『異能力者』。
何人もの仲間がこの戦いの中で戦闘不能状態に陥っている。中には戦死した英雄もいるだろう。非戦闘員である一般人を護る為、命を懸けて『革命軍』と闘い戦死した。彼らを笑う事は誰にも許さない。そして、彼らの命を奪った奴らも許さない。
彼らの意志を継ぎ、共に横たわっている剣を手に取る。
「……ホント、わっかんねぇな。降参してくれたら命は助けてやるってのに」
まぁ、命を救ってやる代わりに色々と頂くけどな。下卑た笑みを浮かべ、口角をニヤリと上げながら男は言う。
その言葉の意味がわからない程、私は子供じゃない。
「……下種が」
嫌悪感をどうしても抑える事が出来ず、思わず口から漏れてしまう。
その冷ややかな声が男からすれば、大層苛立つ言葉であったのだろう。『革命軍』に属する人が使用する特殊な術式――『呪術』を発動する。
術式が完成した直後、男の背後に小さな火の玉が無数に展開される。今まで私が何度も喰らった火の玉より一回り小さい。
「気持ちが変わったら何時でも言えよ。優しくしてやるからよぉ!!」
それらの玉を全て飛ばすのではなく、数個を飛ばし、同時に再展開。対象に飛ばすと同時に展開の術式を組み上げ、枯渇する事なく対処している。
相手が『革命軍』でなければ素直に賞賛するけど、今はただ単に忌々しいだけ。感情に任せて全弾飛ばしてくれた方が再展開までの時間に接近して戦闘を決める事が出来るのにと悪態づきながら回避する。その中でも回避がままならない火の玉だけを手にしている剣で切り裂く。……が、そう何度も耐える事は叶わない。
量が多くなるにつれて回避し切れない玉が多くなり、私の身体を掠らせて行く。火の玉が当たった箇所の制服は焼け焦げ、素肌が露出される。
「いいねぇ。女子高生のストリップってか」
癇に障る男の言い方に腹を立てた私は、回避優先ではなく、迎撃優先に切り替え、男との距離を縮めようと火の玉を剣で捌きながら前進した瞬間。
パキンという音がなり、持っていた剣が折れた。
「なっ!?」
「ほらほらほら、降参しなって!」
「……っ!!」
迎撃の術を失った獲物を更に追いやるように男から一回り大きな……まるで小さな一軒家なら吹き飛ぶんじゃないかと錯覚しそうなぐらい大きな火球が飛んでくる。
『異能』が使えない私が取るに足らない存在と認定したのか、彼から放たれる『呪術』は弱者を甚振るように小さなモノばかりだった。質よりも数を取り、体力の消耗を待つスタンスだったが、ここに来て巨大な火球を展開してきた。
私の体力の限界を悟ったのか、元々これで決める気だったのかは定かではないけれど、どちらにせよ不味い状態である事には変わりない。
(……とりあえず距離を取ってから、左側に回避を)
後ろにステップを取り、火球から遠ざかるように右足を踏み込んだ瞬間――。
「えっ……?」
右足から崩れ落ちる。
既に限界に近い事は自分でも理解していたけど、こんなところで来ないでよ。
急いで回避をしようにも足が動かないんじゃ話にならない。
(こうなったら最後の体力を使って『異能』を)
従来の手の翳し方とは違い、飛来する物体に向けて手を翳す。
私――『藤白 奏』が使える『異能』は『武具創造』。頭の中で想像した武具を自在に創る事が出来る。今までは片手で扱える長さの剣を創造していたが、そこまでの体力は今の私にはない。
この『呪術』を耐えれるだけの力を一点に込める。長さは無くていい、『呪術』を切れるだけの力があれば……。
右手に展開された刀身の短い剣を火球にぶつける。
やはりダガーでは真っ二つに切る事は出来ず、火球の勢いに押され吹き飛ばされる。
「がはっ!!」
既に倒壊した建物の内部へと吹き飛ばされ、背中を思いっきり壁に強打する。
火球が生身に直撃する事は抑える事が出来たが、その代償はあまりにも巨大だった。もう体が限界だ。今までは騙して体を動かしていたけど、本当に体力の限界を迎えてしまった。
遂には体力も力尽き、地に縫い付けられたかのように足が一ミリも動かせない。
「こんな時に……」
動け、動けと必死に体を動かそうと力を入れてみるが、ビクともしない。吹き飛ばされる直前に男に何か細工をされたのじゃないかと思えるぐらい動かせない。
カツカツと男がこちらに向かって来る音が耳に入る。
「さぁ、どうする。もう体力は残ってないだろ。降参するか?」
相も変わらず下卑た笑顔を貼り付けながら語る、その姿は本当に嫌悪感しか抱けない。
「……お前に好き勝手されるぐらいなら、死んだ方がマシ」
「あっそ。なら、死ねや。今のお前を殺すのに、そこまでの威力はいらないと思うが、お前には同胞を何人もやられたからな。最大火力を持ってお前を殺してやるよ」
疲労困憊な私を確実に始末する為に、男は文字通り最大火力の『呪術』を発動させる。
「ほら、喰らっとけ!!」
『革命軍』の一人が放った辺り一面を焼き尽くす事が可能なぐらい大きな炎の塊が近付くのを見届けるしかなかった。最早、指一本も動かす事は叶わない。
刻一刻と迫り来る死のカウントダウン。
まだ生きていたい――。
心の底でそう思った瞬間。彼は一陣の風の如く目前に現れた。
そして、手に持っている長剣を大きく振るい、巨大な火球を一刀両断する。
行き場をなくした火球はその場で爆散し、辺り一面に火の粉として降り注ぐ。誰一人として存在しない大地へと。
「大丈夫か?」
最大級と言っても可笑しくはない『呪術』を何気なしに切り落とした少年。
私と同じ『星光学園』の制服を着用し、右手には所持者と同じぐらいの長さの長剣を握り締めている。
彼が手にしているのは、おそらく私が手にしていた剣と同じく誰かの遺産だろう。
「あぁ? お前、誰だよ」
「俺か? 俺は『玄野零斗』だ」
『異能力者』でも、『革命軍』——即ち『呪術師』でもないただの一般人。
誰もが歯牙にも掛けない平々凡々な少年。それが私……『藤白 奏』が、『玄野零斗』を観た際の印象だ。
少年は言った。
自分は一人では何も出来ない一般人だと。大まかには私の先入観とおんなじであった。けれど、当の本人は納得していない。
「……な、何なんだよ。テメェはよ!!」
「さっきも言ったけど、ただの一般人だよ」
目前に佇む少年の返答が自身が問うた質問の返答として気に食わなかったのか、『呪術師』の一人が雄叫びを上げながら私達に向かって『呪術』を発動させる。
疲れがあったのは確かだが、私を此処まで追いやった攻撃を何度も防げるわけがない。さっきの攻撃を無傷で防げたのは奇跡で、奇跡は二度、続かない。
「私のことは良いから、さっさと逃げなさい!」
勢いに任せて言い放った言葉。十割が建前だと言っても過言じゃない。少年が逃走したら、私に『呪術』が直撃して当たり所が悪ければ命を落とす事になる。もしも、当たり所が良くて命を取り留めたとしても、『異能力』に恨みを持つ『呪術師』の前で身動きが取れなくなる。
先を想像するだけでも寒気がする。
生きても、死んでも、地獄を見る。どちらにしても、地獄を見るのなら、少しでも被害が少ない方が良い。
諦めの境地に陥った時。
彼は言った。
「……俺ってさ、案外欲張りなんだよね。だからさ」
「ごちゃごちゃ煩いんだよ。とっとと死ねや!!」
男が『呪術』を発動しようと術式を展開した直後。
少年の姿が一瞬にして消え去った――。
「ぐはっ!?」
少年が消えてからコンマ数秒後に、『呪術師』の男が展開していた術式諸共に一刀両断されていた。
正しく閃光と称しても過言ではない程の速度で、敵に近付き切り裂く。神業のような所業を目の当たりにした私は思った。
彼こそが私を変えてくれる運命の人ではないかと――。