どんぐりの背比べ
カリカリ、カリカリ、カリカリ
うちのリビングに、猫が爪とぎをする様な音が聞こえると、あぁもう休日の朝が来たんだと、冷蔵庫の牛乳が胃にしみわたるぐらいに実感する。
リビングへと向かうと、案の定背筋をこれでもかとまっすぐに伸ばし、カッターナイフで、リビングの壁に自分の背を刻むことに必死な形相の兄ちゃんがいた。
「おはよう兄ちゃん、そして諦めて、どう頑張っても、それ以上身長は伸ない」
「わからないだろう」
「わかるよ、その傷痕が物語っている」
カッターナイフが刻んだ兄ちゃんの成長の記録は、もう変わってない事を兄ちゃん以外の家族全員に刻み込んでいる。
兄だけが、その事をまだ認められずにいる。
今だって、自分がつけた壁の傷とそれより頭一つ分にある同じ様に幾度も刻まれている壁の傷を苦々しく見続けている。
「とりあえず、牛乳買ってきてくれ」
「はいはい」
僕がリビングを出ると、兄ちゃんは自分がつけた絆より頭一つ上の傷を、何時ものようにそうっと撫でるだろう。
最初は笑い転げていたが、何度もその姿を見た今、弟としては、どう受け止めるのが正解なのかわからない。
家から出ると、すぐに兄ちゃんよりも頭一つ分高い、兄ちゃんの幼馴染のサナ姉とぶつかりそうになる。
「どっか行くのか?」
「兄ちゃんの牛乳を買いに」
「無駄なのにしょうがねぇなぁ子分は頭が悪いなぁ」
鼻歌を歌いながら、僕の家の玄関をドカドカと入り進んでいった。
小さい頃に女の子の方が成長し、身体もおおきい。
サナ姉ちゃんに背比べで負けた兄ちゃんは、追い抜く事を決意した。
サナ姉ちゃんは、追い越せたら結婚してやるよ、ただし追い越せなかったら一生子分よと意味もわからずそう言ったらしい。
大きくなれば、ただただ微笑ましく忘れられるはずの小さい頃の約束がどう拗れたのか、兄ちゃんは今も追い越せたら告白すると誓っている。
サナ姉ちゃんは、それを親分としてか楽しんでいる。
兄ちゃんの二時成長期も終わりに近いので、兄ちゃんは告白する踏ん切りか、もしくはサナ姉ちゃんが告白すればいい。
それとも、あの今も続く背比べを今後も続けて行くのだろうか。
成長しない背比べを。