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砂の城

作者: 一ろと

暫くぶりに訪れた葵の部屋。


「ごめん。これからは、あなたとはあまり会っていられなくなる」


この部屋に無かったはずのゲーム機に、甘い物を好まないのにテーブルの上に置かれたチョコレート。


「聞いて、梨名。私、彼氏が出来たの…」


「そっか、おめでとう葵!じゃあ、これからはあまり遊べなくなるね彼氏優先ってやつ」


「そんなこと無いよ。友達は友達だもん。むしろ友情の方が大事」


子供の頃は毎日のように遊んで、それは歳を重ねるに連れ毎週となり、社会人となって、毎月となった。

少し内向的だった彼女は成長し、社交的となり優しさを特定外の人にも発揮出来るようになった彼女を周囲の人間が放っておく筈が無く、当然友人も増え、友人達は梨名よりも面白く楽しい者ばかり。


それでも、彼女は梨名が遊ぼうと言えば時間を作ってくれていた。


だけど葵の時間は無限では無い。


大切な人が増えれば、その人と過ごしたい時間の分、不要な時間は削除される。


きっと彼女の大切な者達の中で一番最後、むしろそこに入っているかどうか怪しい梨名との時間が削除されるのはわかっていた。

自然消滅を覚悟していたから引導を渡されるとは思っていなかったが。



食器棚にペアのマグカップ。飾り棚には増えたペアリング。

幼い頃に100円ショップで買った指輪をずっと一緒だよと交換した思い出が蘇る。あの指輪、お互いにどこにやってしまったんだか。


「うん、良いよ。もう大人だしね、色々忙しいし、気を遣って会ってもらうのも申し訳ないし。決めた!アタシ、今日を限りに葵から卒業する!!」


「卒業って…梨名」


「今日を限りにして、もう会わないってこと」


「そんな、そこまで…」


「ダメだよ、中途半端な優しさは、かえって相手を傷付けるから。これ、モテ男モテ女の鉄則。ただ、最後にお願い聞いてくれる?先日贈りつけた砂遊びセットでアタシと二人でお城を作って欲しいの」


「梨名…は?城?」


「そう、ほら、家の中でお砂遊びが出来るやつ」


「いや、わかってるけど」


「一度やってみたかったんだよね。アタシ潔癖症の気があるからガキの頃公園で友達と砂遊びとかしたこと無くて。ね、最後のお願いだから」


両手を合わせて頼み込むと、葵は訳がわからないといった表情をしながらもお砂場セットを出してきてくれた。


開封したばかりで誰も触れた事の無いサラサラの砂。


「彼氏とコレで遊ばなかったの?」


「…うん、あの人、こういうの好きじゃ無いから」


「そっか。ところで、城ってどうやって作るの?」


「え、知らないよ。とりあえず山作って形成していけば良いんじゃあ」


説明書を取り出して眺める葵。


「水いるよね。持ってくる」


「…水厳禁って書いてる」


きっとこういう梨名の雑さが葵との心の距離を開かせた原因でもあるのだろう。


それでも何とか時間の経過と共に、城っぽくなってきて日が暮れかけた頃には完成した。


「よし、これで出来上がりかな。ありがとう、付き合ってくれて」


梨名は城へと注がれていた視線をあげ、作っている最中、失敗だらけで謝罪の言葉ばかり言っていた口から礼を言って微笑む。

元来器用で慎重派で、城を作る最中、アドバイスばかりしてくれていた葵の唇も梨名へと微笑みを返す。


「ううん、意外と楽しかった」


一緒に何かを真剣に作るなんていつぶりだろうか。

出来上がったのは、主に不器用な梨名のせいで所々歪な砂のお城。


「そっか、良かった。ねえ、これが最後だから、バカなこと言うけど、聞いてくれるかな?」


城を挟んで向かい合った彼女は無言で頷いてくれる。


「アタシさ、砂の城を作るのってなんか、友情の軌跡っぽいなと思うんだよね。砂がアタシと葵との思い出の数々で、城はソレを積み重ねて形作って出来たもの。ここは、海辺や公園の砂場じゃないから簡単に勝手に壊れたりしないけど、このままって訳にもいかない。こんな歪なもの置いておいたって汚くなるし、邪魔なだけだしね。でも、アタシからは壊せない。だから、葵が壊してくれる?」


壊したからって、また一緒に作ろうという訳にはいかない砂の城。


「梨名…」


と、言った葵の表情は悲しげに見える。

きっと、錯覚か、不要となったものへの同情だろう。


「ごめんね、片付けお願いしちゃって。最後の最後まで迷惑かけて本当にごめん。あ、迷惑ついでに砂触ったから手を洗わせてね。そのあと、帰るから」


断ってから借りた洗面所には時々新しく更新してくれていた梨名の歯ブラシと、家主の歯ブラシ。


そして、見覚えの無い名前がキャップに書かれた知らない歯ブラシ。


増えた分、消えるのは梨名の名が記された歯ブラシの方。

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