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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
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-7- 世界一素敵な黄泉わたり

 




 地図を持たない二人には、自分たちが今いる場所の見当などつけられようもない。



 あるのは自分たちの島と似たような砂浜と海岸線で、後ろには人の手が加えられていない緑群。


 そして頭上にはまともに直視できない、目の毒になるのではと心配になるほど眩しい光が、限りの見えない大海原をチカチカと輝かせる。




 どれも自分の島にはなかったものだが、これまで暮らしていた場所から抜け出したことだけは、二人にはよく分かった。





 着替えたあと、カツが脱ぎ捨てた衣服が乾く頃にはところどころ白い粉末が吹き上がっていた。


 興味本位に指の腹ですくってザラザラとする感触を確かめたあと、セコは自分の指を舐めると大袈裟に驚く。




「うわっ! 何だこれ!」



「ん……これ、塩ってやつじゃないかな。たぶん」



 自身も同じように指の腹ですくったものをひと舐めし、カツは曖昧ながらも答えを出す。



「塩ってなんだ?」



「僕も文献でしか知らないけど、とにかく海には塩分が含まれていて、過剰に衣服や肌についた塩分を含む海水は、乾くとこういう粉末状になるらしいよ」



 説明するカツに「へぇ」と答えると、セコはもう一度自分の指を舐めて顰めっ面を浮かべた。




「因みに、汗でもなるらしいよ」




 この場合は完全に海水の塩だけど、と付け足す親友の言葉も聞かず、セコは大袈裟に仰け反り今度は「うえ……」と声を絞り出す。




「汗が何かは知ってたんだ?」


「これでも、オレだって本くらい読むっつーの!」


「でも惜しかったね」


「何がだよ」


「僕たちは汗、掻かないじゃないか」




 カツの言葉に、セコは一瞬茫然として立ち尽くす。やがて脱力したように深く溜め息をこぼすと、目を瞑り苦笑いを相手に向けた。




「そういうことはもっと早く言えよな」


「汗だったとしても、自分のものだから関係ないと思うけど」


「自分の体から出たもんでも、口に含みたくないものはあんだよ」




 軽い応酬を済ませ、親友が服を脱ぐ間、セコは自分の島とは似ても似つかない眩しい砂浜で、水平線の先を想像する。


 空と海の境界線を越えた向こうに、生者が存在しているという可能性の話を、セコはわずか高揚した胸中でカツに語りたい気分だった。




 けれど、楽しい話をしているばかりではいられない。彼にもそのことは良く分かっている。


 神さまとやらが傍若無人に裁いているのなら、死神はそれを止める役目を背負っている。


 カツは対話を望んでいるが、彼自身は手荒な手段にでることになっても、少しもおかしくはないと思っていた。







「黄泉わたり」


 鞄から漸く取り出したチューブ型の薬を塗り込む親友を横目に、セコは自分が目にしたことのある物語の題名を口にする。



「なあ、カツ、聞いたことあるか?」


「何が?」


「何ちゃら黄泉わたりってやつ」


「ああ、生者向けに作られた黄泉渡りの本のことか。それがどうかしたの?」


「あれってさ、俺らでも読めんのかな」


「読んだことあるよ、僕」


「まじか初知りだわ。で、どんな内容だったんだ?」


「僕が見たのは200年ほど前のものだから、現在とは異なる解釈になってる可能性もあるけれど」


「それで良いぜ。聞かせてくれよ」


「そうだね。なら、退屈しのぎに話してあげよう」







 《世界一素敵な黄泉わたり》


 ある晩のこと、男は言った。


 無精髭をはやし、無造作に結い編んだ髪を横にたらし、目の下に深く濃いクマを刻む男に、客としてやってきた男は言った。


 ここら一帯では流行り病ならぬ、流行り死の(きわ)というものがあり、人は自分の死に(ぎわ)にとあるものを見るのだという。


 しかし文献では見られるものの数は限られていると聞く。けれど、ここら一帯に住む村人だけは、その基準から逸脱しているのだそうだ。


 この村へ来る途中、この村から越してきたという老人を看取ったものの話を聞けば、かの老人は何も見ている様子はなかったと話した。


 それを見たものは一様にして呟く。


 神の花が見える。神を愛した、あの花が見える。


 しかし、客人としてやってきた男が聞いた話では、村から出ていったものにそんな言葉を呟いたものはいないと、寝場所を貸してくれた家主の男に言う────。







「なあ、カツ。横槍入れて悪いんだがよ」




 詩を詠う歌人のように語り出すカツを、セコは痺れをきらしたと言いたげな顔で一度止めた。


 浜辺に並んで座る友人を、カツは横目で少し不機嫌そうに見る。




「なに?」


「長くなりそうだから、手短に纏めてくれねぇか?」


「はあ、しょうがないなあ。分かったよ」





 内容を短く解説するとこうだ──。


 そう言って、カツは思考を探り探りで耽りつつ、話の内容に最も適した言葉を選びながら話す。


 古い文献では、今の言葉の解釈と異なる表現が使われている場合が多く、漢字や意味も正しく解釈することは難しかったのだ。



 本心では文献のとおりに語ってきかせたいところだが、相手の性分を考えるとこれ以上の長話は退屈なだけだろう。





「えっと、つまりね。────この話は、元々神様が住んでいた土地があって、そこから派生した人間たちは死ぬと神様になるんだけど、他の村へ移り住むものたちはその土地を放棄したものと認識され、神様になることは叶わなかった。……けれど、地上に住む村の住人が減っていくと、今度はその土地を管理する子孫の数も減っていく。そうして村は既に失われることとなった。──そうなれば神様になれる人もいなくなる。それを憂いた原初の神様が、今度は他の土地に散らばった子孫を探し始めたんだ」



「ふうん。神様にするためにか?」



「そうだよ。けれど、土地から越していったものは、《神を愛した》という例の花を見ることは出来ない。────敢えて土地の力を得ていたと表現するならば、土地から去ったものは力を失ってしまうらしい。……一度失った力は戻らないけれど、その土地に住んでいた者の子孫という事実だけは残る。すんなりと神様になれる可能性は低くなっていくばかりだった。────けれど、ある日、生者から神様になれる者を見つけてきた神様がいた。その神様は生者が死後、神様になれる者かどうかを見極めることが出来たそうだよ。それからというものの、その神様は生者の死の(きわ)に立って、神様になるものを導く存在となった」




「それが死神(おれたち)ってことか」




「ううん。今の死神(ぼくたち)になる成り立ちはもう少しあと。文献読んでも正しい経過年月は分からなかったんだけど、死者の魂を導くようになってからまだ歴史は浅いんだ。言うなれば神様を導くにも等しい行いだったものが、神様とそうでないものを選別しつつ、命を紡ぐ器から解き放たれた魂を導くという役割へと変貌した。それが、今の僕たちの原型って感じかな」




 まあ手短に話した内容は、ほんの一部なんだけど。



 そう最後に付け加えるカツに、セコは解ったようなそうでないような、「ふうん」という微妙な返事をしただけだった。




「でも不可解なんだ」


「何がだ?」




 塗り薬を鞄に片付ける親友を尻目に、セコは砂浜に指を入れ遊びながら応える。




「一応、他国の文献や歴史には複数の神が存在するとされている。実際、他所では僕たちのことを死之神と呼ぶところもある」



「それぞれの神に役割分担があるってことか」



「でも変なんだ。役割の数はそう多くない。専任していても限りはいつかやってくる。だったら、村はなくなっても別に良かったはずなんだ。そりゃ時期が早すぎたからって言うなら困ることもある。まだ役割が余っているなら、それだけ神になる数も不足するからね」



「でも村云々の話だと、村人が絶えても出来る限り神になるやつを集めてるって感じだろ? それが今でも続いているみたいなさ」



「やっぱりセコもそう思うよね。有限の役目を割り振るには、その数だけ神がいればいい。でも集める仕組みは続いている」



「なら、何が目的なんだ? 神ってやつわ」



「それが分からないんだ。……いや、それも分からないって感じかな」



「?」



「分からないことだらけだよ、ほんと」




 どこか翳りのある表情を浮かべる親友を前に、セコは手についた砂を払って立ち上がる。




「なんか良く知らねえけどよ。それを聞きに行くために、神様ってやつに会うんだろ?」


「ああ、そうだね。今のところ、確実に会える見込みはないけど」




 カツは自分を見下ろす暢気な、ある意味では頼もしくも見える友人の笑みに、自らも立ち上がり口角を上げて応える。





 顔色に明るさが戻ったカツに、内心ホッと息をつく。


 けれど、セコの中から不安の種が潰えることはなかった。



 膜を張ってまで死神が島の外へ出ることを倦厭しているのだから、神様という存在は自分たちに良い印象は持っていないだろう。



 だからといって、ただ隔絶を受け入れ、変化のない日々を送ることはカツには退屈でしかない。



 理由も不明である理不尽を前に、この親友は動かずにはいられない性分だということを、セコはよくよく知っていた。








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