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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
3/17

-3- 考える者



 ふたりは、木舟の中で進む方向を見失っていた。


 しかし、カツの中ではそれも範疇内だったようで、特に慌てる素ぶりは見せない。

 平然と辺りを見渡すだけの友人を見て、セコも周囲から違和を探そうと首を動かす。



「つーかさ、神様なんかに会えんのかよ。オレ達、ただの死神だぜ? 長でもないのにさ」


 神様を裁くのは長の役割であり、一介の死神には成し得ない事柄だ。故に、神様と謁見できる立場も限られてくる。

 長達が生きた年数の十分の一にも届かない若い彼らには、対話以前に会うことも難しいと言えた。


 友の言葉に、カツは一瞬ニタリと笑みをこぼす。



「だからだよ、セコ。本来なら長達しか会えない。でも、今は普通じゃないんだ」



 カツの言葉に、すぐ合点のいったセコもニタリと笑みを浮かべた。



「神様は、なんでこんな事してるのかね〜」


 言うと、セコは組んだ腕を後頭部に当てて空を仰ぐ。同じく天を見るカツの目には、空が反転して映っていた。



「どうしてだろうね。でも、カイさんが若い時に隔離されたらしいから。たぶん、何か理由があるんじゃないかな」


「理由? どんな?」



 反対側でまた舟を漕ぎ始めるカツの話に、セコは漕ぐのをやめ正面を軽く睨む。そんな親友にカツは苦笑を返した。



「そんな恐い顔しないでよ。理由にも色々ある。たぶん神様にとっては良い理由で、僕らにとっては悪い理由なんだ。何か掛け違っているだけなんだ、きっと」


「ふうん。ま、難しいことは分かんねぇよ。つーか、これ着く見込みあんの?」


「方角は合ってると思う。でも、何かが邪魔してる」



 言うと、カツは何かを警戒するように視線を巡らせ、やはり何も見えずお手上げのポーズを取る。



「神様か?」


「それは、まだ分からないよ。推測での決め付けは良くないからね」


「はいはい。で、何かが邪魔してるとして、どうやったら抜け出せる?」



 確証がない状態で誰かを嫌悪することに、カツは心の底から不快感を覚えていた。だからこそ親友の言葉を敢えて肯定せず、まだ考える余地があるとセコに示す。


 そんな友人を理解するセコは軽い調子で合わせる。カツもそれ以上は持論を展開せず、親友の言葉に考える仕草を見せた。


 暫しの時が流れ、カツは胸元で組んでいた腕を解き、緩く握った拳を顎の下に当て言葉を選びながら話し出す。



「僕は、勉強は出来るけれど、……その分、実経験を培っていない」


「つまり?」


「一か八か。出たとこ勝負でやるしかないね」


「それで死ぬと思うか?」


「それは、どうだろう。八対ニくらいかな」


「どっちが八?」


「無事。でも、あとの二割は確かな割率だからね」


「おうおう上等だぜ。だったら、行動面はオレの出番ってことで良いぜ」



 包み隠さず考えの全てを話せば、セコはニカッと笑って先に舟漕ぎを再開した。

 続いたカツも、手元のオールを再び握り直す。


 しかし二人の顔には、それまでの会話とは真逆の感情が乗っていた。



「セコ、ーー」


「ーーカツ。誰かがやらなきゃなんねぇんだ」



 友人の呼び掛けを遮ったセコは、互いが真剣な表情を浮かべていることに心の内で笑う。カツがあまりにも不安そうな表情をするから、余計におかしいのだ。



「それが偶々オレだった。なら、オレがやらなきゃなんねぇ。そうだろ? BF(ビーエフ)


 Best Friend。親友から最大限の友好的別称を受けたカツは、その思いに応えなければいけないと気を引き締めた。



「セコ。確実に八割の方へ持っていくから」


「分かってるよ」



 確証はなくても、賭けに参加しなければならない時は必ずある。それがどれだけ危険な行為か分かっていても、こちらに勝利の盃が傾くのだと信じることしか出来ないのだから。



 カツは目を閉じた。



 辺りの気配を探る。



 そこにあるものを順に挙げていく。



 光を通さない海、水平線。


 光の射さない空、途切れを知らない重く鈍色の入道雲。


 先を見透そうとするほどに霞みがかっていく視界。


 無理やりに続けると、プツリーーーー。


 遮断。



「見つけた」


 ……そこにあるのだ。閉ざされた先が。



「分かったのか!?」


 相方が静かに発した言葉に、セコは舟を揺らした。しかし、興奮気味に前傾姿勢をとる親友を片手で制し、カツはゆっくりと首を横に振る。



「分かったのは境界だけ。ただ、どうやら境界はこちらと同期してるらしい」


「は?」


「僕たちが動くと境界の位置も動くんだ。同じ間隔を保ったまま」



 もう一度試しに漕いではみたが、やはり推測通りに境界との間隔は一定。


 これは明らかに故意だと、カツは思った。セコも気付き、不確定な対象に怒りをぶつけ出す。



「ああ! もう! 何だよ! オレ達にどうしろってんだよ! ちくしょー!!」


「興奮しないでよ。波が立つ」


「見えるのは真っ黒い海と空ばっか!! 島とか生き物とかいねぇのかよー!!」



 セコが苛立つのも無理はない。カツは溜め息だけ吐き、騒ぐ親友を思考の外にやり打開策を考えていた。



 死神は多種多彩。事務作業のように淡々と役割をこなしていく者。

 無感情で役割すら放棄する者。鉄仮面をかぶり死神としての本分に準じようとする者。

 役割と命の狭間で苦しむ者。役割をただ熟すだけで評価を得ようとする者。


 それ以外にも、限りなく人の感性に近い価値観を持ち生まれるものがいる。それがセコとカツだった。



 特にセコは、性格も含め人間のそれと大差がない。


 つまり同じ景色が続くと、セコの脳波は乱れ疲労していく。脳は必然的に景色の変遷ーーーー刺激を求め出す。

 しかし、この場所に変化の見られる箇所は何一つない。


 常時一定に保たれる境界との間隔を、少しでも縮めれば或いは……ーーーー。



 どこまでの変化を求めたら、変遷はもたらされるのか。カツはオールを漕ぐ手まで止めて静かになる。



「ああ! 分かったよ! お前も何か喋れ! 無音すぎて死んじゃう!」


「ふはッーー、僕たちは、そう簡単には死なないよ。セコ」



 舟を揺らさないようにと静かに頭を揺さぶるセコがおかしくて、カツはついに吹き出した。

 闇雲に大声を上げるセコだったが、その後見せた真っ直ぐな視線にカツも表情を改める。



「分かってるよ! ……カツ。率直に聞くが何考えてんだ?」


「まだ何も」


「答えが聞きたいんじゃねぇよ。問題文を聞いてんの。ほら、話せ」



 普段とは違い、落ち着きながらも切羽詰まった顔をするセコに、カツは一つ一つをじっくり考えながら話した。



「……間隔は常に一定だ。こちらが動けば、周りも動く。境界に近付くにつれて霞む視界。光の射さない空と光を通さない海。まるで……ーーーーッ!」


「なんか、箱の中にいるみてぇだな」


「ーーそれだ!」


「んあ?」



 それまで不明瞭だったものが、親友の一言で明るみに出る。



「それだよ! セコ! 君は最初に神様がこんなことをしてるって言ったね。あれは多分、半分だけ正しい。この境界は島ごと囲んでいるんだ。辺りが暗いのも、その所為だ」


「……じゃあ、オレらが生まれてからずっと見ていた天地は、作られた空間だったってことか」


「そういうこと。だから、僕たちまでも出さないようにしている。神様は僕たちを閉じ込めたい。常に干渉しなければならない。つまり、特別な意思があるってことだよ」


「ゲッ。それって……」


「愛とかではないよ」


「お前、よくそんな言葉を真顔で言えるな」


「言葉は所詮、文字を声に乗せてるだけだから。そんなことより、だ。神様は嫌悪もしくは憎悪、或いは恐怖。または他の何かを、死神(ぼくたち)に対して抱いてるんだ」


「だとして、ここから出ることにどう繋がるんだ?」


「セコ、どうして閉じ込められても、死神としての役割をこなせるのだと思う? それは死んだ人が、ちゃんとコッチに来るからだ。接触することが出来るんだよ! 干渉できるんだよ!」



 カツは考えを話すごとに前のめりになり、反対にセコは静止したまま友人の言葉をゆっくり咀嚼した。

 そして、セコはゴクリと喉を鳴らす。



「……なら、オレ達が死ねばいいのか?」


「え? ……あ、いや、そこまで大袈裟なのは……」


「どうするつもりだよ」


「触れることは出来るんだ。移動してると悟られるから遠ざかるだけで。見て」



 そう言い指さす先には、重たい雲の連なり。しかし良く目を凝らしていると、僅かにだが流れを感じる。同系色で分かりづらいが、雲は動いているのだ。


 流れを水平線まで見送ったあと、カツは下を指し朗らかな笑みを浮かべた。

 友人がこれから挑戦しようとしている考えを察し、セコは苦笑にも似た微笑みを返す。



「……お前って時々、人格変わったように突拍子もない考え方するよな。…………でも、面白い」


「さあ、楽しい潜水(おさんぽ)を始めようか」



 2人の顔に、不安の色はなかった。



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