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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
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-2- そして別れ給う





 次の日、カツは二人ほど乗れる小さな木舟(きふね)を、セコと一緒に島の端まで運んでいた。




「……本当に、行くのか」




 島端に着き木舟を降ろした二人に声をかけた先輩死神は、後輩たちが自分の言うことを聞くほど優等生ではないことを知っていた。



 案の定、こうして皆が寝静まっている時間帯を狙い行動に出るのだから、その考えも間違ってなかった訳だがーーーー。




「出来れば、自分の考えが間違っていて欲しかったよ。俺は」




 かいは目の前で舟を運ぶ二人の後輩を見て、本当に残念そうに呟いた。




「それは残念でしたね」

と返したカツは、これまで優等生を演じていたのかと思いたくなるほどに、ニヒルな表情をして見せた。




(こいつ、こんな表情もするのか)


 かいは自分に反抗する可愛かったはずのカツに対して、何だか言い知れない寂しさみたいなものを感じた。



 そして、カツと一緒に抜け出そうとするセコも、あの日可愛かった頃と違い、その表情は何処か大人になりたい衝動を窺わせる。




「生憎と、オレら頭の出来は良くないから。でも、そんなオレでも分かる」

「かいさん。あなたも、長たちも間違っている」



(ああ、そうなんだろうな)



 かいは、内心虚しくも懐かしい郷愁に駆られる。

 実際、カツやセコと同じ歳の頃には、かいも外の世界に出ようとした事があった。



 かいは優等生だった訳ではないが、ただ島の鬱ぎ込む慣習が苦手だった。けれど踏み出すことも出来ず、結局今もこの島の中で生きている。



 二人はあの日のかいと似ていて、けれど非なる行動に出た。




「だから、オレとカツは、自分たちが正しいと思うことをする」




 あの日の自分が言えなかった言葉を、二人は簡単に言ってみせた。




 ーーーーそれは、決別の印だ。




「ふん。生意気言いやがって。もう後輩でも何でもねえよ。さっさと何処かに消えろ」




 かいはもう、二人に向かって背を向けていた。




「どうもご丁寧にな、先輩。ほら、カツ行くぞ」




 皮肉を込め応えるセコは舟を再度抱えながら、振り返りもせずに先を急ごうとする。


 その後ろで同じように抱え上げて少し後ろを見たカツは、かいの背中を見て不思議な気持ちになった。

 ただ、その正体までは掴めずに、靄が掛かったような気持ちを胸にセコの言葉に「……うん」と応えた。










 後ろで水面に物体が触れる音がした。かいはそれでも振り返らずに、長たちが普段寝床にしている島の高台の建物へと視線を滑らせる。



 明かりはどうやら点いていないらしい。が、長たちのことだ。きっと、この暗さなど関係なく此処の様子が見えていることだろう。




(帰ってきたら、外がどんな世界か語ってくれよ、後輩)




 かいは自分の中に久しぶりに感じた熱を、二人の見送り火としてひっそりと天に捧げた。




「…あーあ、それにしても若えな。俺も長たちも、あれぐらい若かったら…なんて、無い物ねだりは良くねえか。さ、俺は何も見てねえし、誰とも話してねえっと」




 誰に言うでもなく一人呟き、それまで寝ていた場所へかいは戻って行った。











 高台にて。彼ら三人の行動を視ていた数人の長は、一人一人呟く。


「……行きおったか」

「行きましたね」

「全く。かいのやつめ」




 本来であれば、この場合真っ先に止めなければならないはずの立場なのだが、彼らも内に何やら思うところがあるようで。

 同じく止めなかった男の行動を咎められるほど非情ではなかった。




「とにかく、一刻も早く纏まらなければなるまい」

「そうですね。早く次の神様を選出しませんと」

「あの二人については、こちらから改めて遣いを出そう」

「うむ。そうしてくれ」




 長たちは闇に抜ける空を見上げながら、かいと同じく燻る熱を天に向けて放つ。その熱に名を付けるとすれば、それは正しくーーーー。





ーーどうか、生きてくれーー。





 こうして、隔絶された島から死神は放たれ、二人の若い門出を知る者は極僅かに絞られた。

 その成り行きを見る二つの双眸が、鋭く尖っているとは露ほども知らずに。


















「なあ、本当に方角合ってんのか?」



 島から離れて何時間経ったのか。

 どこを見渡しても薄暗い景色が続いている為、光の加減で時を測る彼らには時間の区別を付けようもなかった。




「…なあ、もう結構漕いでんじゃん。いつ着くんだ?」




 あれから一度も休まず漕ぎ続けているのに、一向に辿り着く気配も見られないことに、セコは苛立った。

 対面した形で同じく漕ぎ続けるカツは終始無言で、周りの景色に意識を集中している。




「なあ、カツ。少し休もうぜ」




 そう言って返事も待たずにオールを舟の内に置き、同じ体勢を続けていた事で固まった体を、コキコキと鳴らして動かし始めた。


 片方がオールを置いたことで、それまでの推力はぐんと減り、まだ進もうとするもう片方のオールに掛かる負荷が大きくなる。


 このまま自分だけでも進めようとすれば、どれぐらいの速度で体力が落ちるのかは目に見えていた。

 仕方ないので相方に倣って、カツもオールを(わき)に置く。


 自分と同じように体を動かすカツに、セコは聞いた。




「ていうか、どこに行くつもりしてんの?」




 そう今更だが当たり前のことを聞いたセコだが、対するカツは予想外な言葉だったようで一瞬固まった。




「まさか、何も知らないで付いてきたの?」




 一時舟を休ませ、それまで景色の遠くを見ながら道標を探そうと集中していたカツは、セコの言葉に驚きで身を硬くした。



 あんなに意気上々と離島宣言した友が、まさか何も考えないで付いて来たとは考えていなかったのだ。

 一方、その友であるセコの方も、まさか勢いで言ったなどとは言えなくて、どうしたものかと悩んでいた。


 頭を微かに掻くのは図星だった時のセコの癖だ。




「はあ……。あのね、セコ。分かってる? 戦いに行くんだよ?」

「分かってるよ」

「死ぬかも知れないんだよ?」

「分かってる」

「神さまにだってすぐ会えるかは分からないんだよ?」

「分かってるよ!」




 どこまで本気か分からず聞いてみたものの「分かってる」の一点張りで、そんな友がカツは心配だった。




 そしてセコも、自分の友が心配だった。

 というのも、死神というのは多く知られている通り、不死の存在と言われている。



 けど、それはもう何百年、何千年も前の話だ。原因はまだ解明されていないが、世代が入れ替わる度にその寿命は少しずつ減っているのだという。



 まだ人間よりは長寿でも、死に至る何かが在れば死んでしまう。ただ、今までは何もない島の中だったから生きているだけで。




 死んでしまうのは相手も同じなのに、自分より友を心配するカツにセコは複雑な心境だった。

 目の前で意識を集中して違和感を探すカツに、手持ち無沙汰なセコは話し掛ける。




「お前一人じゃ不安だからな。神さま退治」




 話し掛けられたカツは、セコの目を見る。

 本心だけど、それだけじゃないことは直ぐに分かった。こっちも場を盛り上げようと、軽く挑発する。




「セコだって、ビビってるくせに」

「かー! 言うようになったね! あの頃は小さくて俺の影に隠れてるくらい可愛かったのに!」

「かいさんみたいな事言うなよな」

「ああ、ごめん、ごめんって! ……まあ、でも」




 小さい頃の事をからかわれて掴みかかるフリをするカツに、最初は軽い調子で謝っていたセコだが、途中から真剣な顔付きになる。




「カツ……一つ間違いな! オレたちは戦いに行くんじゃない。止めに行くんだ。こんなこと止めろって言いにな」

「セコ……」

「あ! あと、死ぬかもじゃなくて、死なないだから!」

「……ぷっ、一つじゃないじゃん」

「良いんだよ、細かいことは!」




 セコの相変わらず大雑把なところに、カツは今まで意識せずに研ぎ澄ませていた感覚を和らげさせた。




「あ、それと!」

と、もう一つ何かを言おうとするセコに、カツは軽い調子で指摘する。




「まだ、あるの?」

「これ、どこに行こうとしてんの?」



 ここで二人は漸く、最初の問題へと還ってきたのだった。







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