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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
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番外篇・燦【与え】に尽くす運命(さだめ) 〜セコ〜

 



 セコには、死神島での暮らしは退屈そのものだった。


 そんな中、島での(せい)にわずかばかりの遊興を見出せたのは、親友とも呼べるカツの存在があったからだ。



 件の親友は普段から読書に耽り、一度目を通したものは二度と忘れない優れた記憶力を持つ。


 セコは彼が本以外の物事に興味を持ち、更には行動に移すところを見たことで、神という存在に初めて関心を抱くのであった。



 その親友が書物の蔵に籠るのは、彼自身のなかで確定した知識の更新を図るためだ。


 別の角度から見れば、四角の側面が三角であることは、そう珍しいことではない。



 認識の幅を広げ、認知の深みを増す。



 親友であるカツにとって、その瞬間はセコ自身を友とし眼前に置くより重要であることを、とうの本人たちはよく理解していた。





 囚われの身ながら、セコは親友のことではなく、思い出しつつある己の過去に思いを馳せる。


 セコは死神であった。


 しかし、島に迎え入れられただけの、導かれざる魂である。


 ヒノトマルが魂の裁きを乱した故に生じた、死神となるはずではなかった存在なのだ。



 そうして彼は思い出した。


 自分が外界のにんげんだったことを、今の今まで忘れることができていたのは、セコが死神島での生活に満足していたせいもある。


 だが、一度思い出してみると何のことはないのだ。


 記憶は蘇ってしまえば、ただの事実でしかない。



 彼は、はっきりと覚えていた。


 家族や友のこと、それから自分のことを。


 とくに家族、なかでもセコは誰より祖父に愛され、また懐いていた。



 その会話も、彼は鮮明に思い出せる────。





 **





 オレの爺ちゃんは、偶に変なことを言う。


 婆ちゃんと母ちゃんは昔からだよと言うし、父ちゃんはしょうがないねと笑うだけだった。


 でもオレは知っている。


 爺ちゃんが変な話を真面目な顔でするようになったのは、死期が迫る三月半(みつきはん)も前からだ。



 爺ちゃんは、夢でよく、花を見ると言っていた。


 婆ちゃんは天国にあるという桃源郷の花畑だろうと言った。


 母ちゃんは、彼岸の花じゃないかとからかっていた。


 だけどオレにだけは、爺ちゃんは夢の内容を詳しく教えてくれた。



 ──李曾(りひ)や。花はのう、いろんな色になるんじゃ。その人の心が、その色に、相応しい色になってくれるんじゃ。じゃから、きっと、李曾や。おまえの色もある。



 爺ちゃんにも色があるのかと訊くと、それは黄色だと教えてくれた。


 それから昔に住んでいた村の話も、爺ちゃんは数回に分けて語り聞かせてくれた。


 婆ちゃんと出逢う前に村を出たと、だから婆ちゃんも母ちゃんも知らないと、咳き込みすぎて嗄れた声で爺ちゃんは言った。


 村は爺ちゃんの故郷らしかった。


 日に日に体が衰弱していった爺ちゃんは、村の話をする度、さいごは泣きながら謝っていた。


 花のことも、退屈が嫌で村を抜けたことも、歳を取ってから故郷を思い出したことも。


 頭を床に擦り付けて、額に血が滲んで顎に垂れてくるまで続けていた。



 そんな爺ちゃんの最期は、オレには急な出来事には思えなかった。


 看取ったやつから聞いた話だと、息を引き取る前にはしきりと呟いていたらしい。



 花が見える。


 神を愛した花がある。


 そこに咲いている──と。





 **





 ──にんげんだった頃のオレは、周りの大人も手を焼く程ヤンチャだった。


 今も大して変わらないが、大人から駄目だと言われることは一通りやってきたつもりだ。


 そんな性格だったからなのか、オレの死因は川で溺れたことだった。


 しかも山の峰から真っ逆さまに落ちて。


 だけど不思議と息ができない苦しさとか、怪我なんかの痛みとかは感じてなかった。



 あの時、オレの記憶で一番新鮮なものは、地元の山には咲くはずのない凛とした花だ。


 それは赤と黄色の混じる、明るくて活発そうな色をしていた。



 ああ。爺ちゃんもこれを見たんだ。


 そう唐突に理解した。



 花は健気にも、雑草の群生から頭をニョッキリと出している。


 その様子はまるで、オレを見ているようで。


 オレも、その花をただジッと見ていた────。





 **





「あの、ひとつ訊いてもいいすか?」


「……」



 神から返事はないが、セコは話を続けた。



「神様の庭に花がありますよね? あれって、黄色もあるんすか?」



 生者だった頃の記憶がある今、彼にとって質問は妥当に思えた。



 目の前の神に会うため、カツやセコが小舟で島を出た初めの日。


 セコは、カツに、神を愛した花の話を聞かされている。


 話の内容に、自分や祖父が見た花の色はなかった。




 セコ自身もうろ覚えの記憶ではあるのだが、それでも神様の反応を買うくらいのことはできた。


 さるお方は問いの声に、執務机の向こうから片眉をあげる。


 セコを見る神様の眼差しは、驚きを隠そうとしていた。



「花を知っているのか」



 その死神には、神様の言葉は的外れに思える。


 質問返しというには、あまりにも淡白だ。



「はい。親友も、死神たちも」



 セコは事実を話した。


 島の書庫には、花に関する本があることも、親友のカツを通して知っている。



「そなたの花は、何色だ」


「黄色と赤だった気が……」



 物理的な距離が近くなったわけでもないのに、彼は自分が絶対的な存在に詰め寄られているような錯覚を抱く。


 死神(かれら)では、けして抗えない圧迫感だ。



「黄色、だと……」



 神様でも、知らないことはあるんだなあ。



 目の前のお方には、死神島に膜を張るような方には、知らずにいたことも多いだろうと、セコは密かにヒノトマルを揶揄する。


 彼は脳内で神様と、自分の親友とを比べた。


 カツは、自分が知らないことに対して貪欲だ。


 持たないからこそ、求め続ける。


 純粋に、真っ直ぐに、だけど執拗に、知識を得ることが存在するための糧であるかのように欲した。



 そんな親友のことだ。



 未来で何が起こるかも知らず、得た知識を口にするだけで満足する彼のことだ。


 まともに神の逸話を聞くものなんて、カツの周りにはいなかった。


 セコもはじめはその1人だった。



 けれど、そうじゃなくなった瞬間がある。


 親友と呼ぶには、まだ程遠い関係だったとき。


 相手のほうは自分のことなんて、島に住む同胞程度にしか認識してなかっただろうと、セコは薄く笑みを浮かべる。


 彼にセコという名があることも、カツには与り知らぬ頃の出来事である。


 誰も聞いてなくとも、カツはその時、口にしていた。


 彼自身は覚えていないが、セコはその語りを忘れずにいる。


 セコが親友になる予定の死神は言った。




『神さまだけが居住を許された場所がある。


 そこは神界(かみのやしろ)と呼ばれ、その庭にある植物に様々な色はあれど、黄色の花だけが咲かない。


 黄色は、《ただ》のにんげんだけが見ることのできる色なのだ。』




 セコは生前の記憶を振り返る。


 彼の祖父は神候補でも、ほかの存在に生まれ変わるでもなく、ありきたりなにんげんだった。


 だから、死ぬ間際で視た花は黄色だったのだろう。



 神を愛した花がもたらす色には類するはずのない、その色。


 セコ自身も、視えた花には(あか)が混じっていたけれど、やはり黄色だった。



 地上に咲く彼岸花のように紅く、けれど木々の間から差し込む陽光に照らされたそれは、間違いなくその光に染まっていた。


 天上界で親しまれる色と、にんげんにしか視えない色が混じる。



 自分は、死神ではないのだ。


 セコは今はっきりと、そのことを自覚した。




 ……オレは、あの村の血を引いている────。




 自身が人であった(せい)の記憶を、セコは簡潔にまとめ話した。


 花を視る祖父がいたことは黙っていた。



 神はたじろぎ、表情から戸惑いが見えるようである。



「そなたの、同行者も同じものが視えるか」


「聞いてないすけど、たぶん視えないすよ」



 わざわざ訊ねなくても友人であった彼には分かる。


 カツには色どころか、花すら視えないだろうことが。



 2人は、基本的なところが異なるのだ。


 種という大きな枠組みで考えるなら、その違いはあまりにも大きすぎる。



 枠の質や大きさ、量の多さからして異なるもの同士を、仲間とは言えないんだと思うと、セコはほんの少しの侘しさを覚えた。


 そして悲しいことに、目の前におられるお方こそ、自分の枠組みに近いのだと感じてもいた。



 だから自分は死神より、『神』に近しいのかもしれない。



 そうセコが悟った考えは、彼の、そしてヒノトマルの運命(さだめ)を明らかにした。



「神さま、提案があるんすけど」





 **





【死神は、与えられた運命(さだめ)に尽くすため、存在し続ける。】


【そして神もまた、与えられた運命(さだめ)のもとで存在する。】




【これが運命(さだめ)だというのなら、信じよう。】





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