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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
16/17

- 14 - 「終焉と創造」の神、そして始まり

 



 ……これは死神たちが孤立する前の話。




 ────神の世界では、唯一の特性を持つ神は2つ。


 (せい)を司る原初の神と、そして死を司る死の神。


 どちらも扱うのは魂だが、もたらす性質は似て非なるもの。


 しかし、この死の神もまた原初の神が生み出した存在。


 自分たちと同じく創られた存在でありながら、自分たちとは異なり唯一無二の力を持つものを、他の神たちは疎ましく思っていた。



 神たちとの隔絶は以前からあり、死神が棲まう土地を、他の神たちは(さと)と呼ぶ。


 (さと)と自分たちの居を構える土地の間に一つの橋をかけたのは、偏に格差があることを目に見える形にするためである。


 こちらの領域を踏み荒らされてはたまらぬと、勝手に郷を出ないよう関所まで設けて。


 表面上は丁重に扱いつつも、その反面、いつも死神の存在を卑下していたというわけだ。



 死そのものを扱う神。それは絶対神であり、唯一神である。ゆえに畏れもあったのだろう。


 生を扱う神が、自分たちを生み出したのだ。同等の力を持たされた死の神であれば、自分たちを滅することもできるのではないかという考えは神たちのあいだで根付いていた。


 死の神がもたらす力を忌避した他の神たちは結託し、郷の隔離を請うた。


 原初の神に、自分たちと同列であるはずの死の神を排斥せよと。



 はじめ、請われた神は眉をしかめた。


 死を司る神というのは、魂を刈り取って相応しい場所に導くために創られた神だ。


 そして、これは外界における生命の『死』と同義である。


 あまりに強大な力ゆえに、死の神はそれ以外の特性を持たない。


 しかして、それは他の神では魂の導き手など務まらないということ。


 死の神をこの世界より拒むことになれば、外界のにんげん達の魂は彷徨うことになる。


 生を司る原初の神といえども、器を失った魂に出来るのは新しい魂として輪廻に回すことだけ。それは導きとは程遠いものなのである。



 かといって既に2つ以上もの力を有する他の神に、魂に触れるような強い権限を与えることはできない。


 けれど、にんげんの住む外界には魂の導きが必須。


 今や、死の神という存在は欠かせないのだ。


 代わりにそれらは、与えられた力以外は持てない。持ってはいけない。


 2つ以上の力を得られるものがなにを羨むこともないのだが、原初の神は他の神たちの進言に頷いた。


 多くの意思が存在し構築する社会において、総意を担うのは常に頂点を下から支えるものたちである。


 神の世界において、原初の神を頂きに立たせるものは、やはりその社会を営む他の神たち。


 そんなものたちの言葉を、神たちを纏める立場のものが放っておけるはずもない。



『聞き及んだ。……死神を、懐古の海原に移す』



 神が選んだその場所は、神の世界からも、にんげんの住む外界からも遮断されている。


 闇色の分厚い雲と黒く深い海に囲まれ、光は一切差さず、風は吹かず、あるのは凪いだ冷たい水面のみ。



『ただし、郷から繋がる道筋を断つのみ。魂の導き手であるものたちには、今後も役目を果たしてもらわねばならん』



 こうして、死の神が棲まう郷は神の世界から離された。


 それらに対し行ったことは、これだけなのである。



 そう。


 原初の神は……──。






 **






 ──ここは、孤立してから200年後の死神島。


 ──絶対神たる原初の神によって、離れ郷から孤島へと化したことを、このもの達はまだ知らない。





 死神の棲まう郷に色が差すことを、死神の長たちが看過することはない。


 何故なら、彼方の空を淡く染める光彩のくゆりは、まず間違いなく神の異業を報せるものだからである。


 導かざる魂の裁きを行えば神の代変えを示すように光が現れると、死神の長たちは代々教えられ、そして彼らもまた後世に教えてきたのだ。


 ある時。ひとりの若い死神が、郷の際から臨む彼方にソレを見つけた。


 報せを受けて寄り合い処に集まる長たちは、一斉に光のうねりを見つめて唱和を始める。




『光彩だ』


『時が兆した』


『神の代変わりが始まる』


『行かねばなるまいて』


『さあ構えよ』


『我らに与えられし力』


『我らは動く』


『我らの役割を果たすとき』


『神が入れ代わる』


『地の端に光彩たゆたう』




 ひとりが警鐘を締めくくり、長たちは再び住処へと引き返す。


 そのもの達は、自身の直轄にある寄り合い処の副責任者を呼び寄せ、若い死神を連れて郷を出る準備を始めるよう伝えた。








 たったひとつの関所に最も近い寄り合い処で、そこの副責任者の死神を、ひとりの長が物々しい面持ちでつかまえる。



『死神行脚の狼煙を用意せよ』


『長。あれは何です? あの空とも海ともつかない、とても綺麗な光は?』


『あれこそ、儂らが存在し、出現し続ける理由なのじゃ』


『では、あれが伝承の?』


『ああ。言い伝わりて三千年……ついに来てしまったのう』


『一体、アレは何を死神に訴えかけているのです?』


『戒めじゃ。……裁きの光なのじゃ』


『じゃあ、神さまは乱心なされたと?』


『儂らは裁きの光に従うだけじゃ。真偽に意を唱えるほど、儂ら死神の持つ力は強くない』



 それは神さまも同じじゃがな、と零す長の言葉に、若い死神は首を傾げる。


 彼らの視界の端では、色の定まらない光が自らの存在を示すように、弛み、跳ね続けていた。







 若い死神たちが郷を出るとき、長たちは寄り合い処に集まっていた。


 それぞれの顔が視界に入るよう座り、出立の合図を静かに待つ。


 送り出された死神たちが、郷を出るときに狼煙を上げるのだ。煙を見た副責任者が、長たちに合図があったことを報せる。



『長!……長!』



 郷にひとつだけある、外界の時間を割り出す人形が16回目の瞬きをした後、幕外から声が掛かった。



『長!』


『何事じゃ』


『死神たちが、戻ってきます……っ』


『全員か』


『はい、それは……。その……』



 長たちの視線に、幕をめくりあげた死神の表情が翳る。



 人形の瞬き一回は、外界の一日に相当する。


 死神の棲まう郷と他の神たちが棲まう土地の間に関所はあれども、往来は設けられた橋一つ。


 そこから代変わりを行うとされる目的の場所までは、10日と掛からない。つまり人形の瞬きも、10回で済むはずである。



 長たちの顔に浮かぶ怪訝が、幕外で待つものたちに不安を与えた。


 しかし、張り詰めた眼差しを隠した長は、報せを持ってきた副責任者の死神に先を促す。



『続けよ』


『はい。死神たちは、だれも、郷を出ていません』


『狼煙は? 上がらなかったのか?』


『そのようです』


何故(なにゆえ)……』



 そう呟く死神の長に続き、他の長たちも不可解だと騒めく。


 若い死神たちは様子を窺って口を硬く引き結んでいる。



 死神として裁きを下すことに怯むものは少なくない。考えを巡らせ、心が閉じてしまう死神たちもいる。そうなると、死神の鎌は偶像のものになり、物質としての効力を失う。


 死神としての役割をこなせなくなるのだ。


 そういうものたちが戻ってくるにしては数が多い。全員が郷を出られないなどと、長たちの想像からは外れていた。



『戻ってくるものを、ここに呼ぶのじゃ』


『はい』







 村々の長たちの前で並列する若い死神たちは、みな一様に疲弊しきっていた。


 村に残っていたものたちは、長を含め、彼らの困憊ぶりをそれはそれは不思議がった。


 分からないのだ。死を司る神が疲労するほどの力が働いているとは、露程にも想像していないのだから。



 長の一人が、今にも倒れ込みそうな彼らに座することを許した。


 布張りの寄り合い処の外で鎌や荷を下ろしたとはいえ、その表情を見れば容易な消耗でないことは明らかだった。


 ほんの一拍の小休止を与えたあと、長たちは若い死神たちの顔を順に見回す。



『なぜ郷を出なかった』



 ひとりの長の言葉に、声に、若い衆は舌をもつれさせながらも目をカッと開き、自分たちが遭遇した状況を訴える。



『無いのです』


『橋も、その先の土地も、何も無かったのです』


『みんな、見ました。郷の周り、すべて』


『どこにも、他の神さまたちが棲む土地がないのです』


『これでは、伝承と大きく異なります』



 地図のとおりに進んだ若い死神たちは、郷を出るための最初の目的地である関所が目の前に現れなかったため、そこを基点に郷の際に沿って進むことにした。


 自分たちの住処がある集落も各々に過ぎ、死神たちは郷の周りを文字通りグルッと回ったという。



 そうして、元より目指していた関所があったはずの場所に戻ってきた時。


 在るはずのものが、無くなっていることを身をもって実感したのだという。


 このとき、みなが一様にして感じ取った。



『もはや郷とは呼べません』


『ここは今、島になっています』


『辺り一面、真っ暗な海です』


『孤立した島です』



 すべての事情を聞いた長たちの目に、たった一つ驚愕だけが浮かぶ。


 神の世界でも最端にあった郷が、今は孤島と化したことを、実際に目の当たりにした若い死神たちまでもが俄には信じられないでいた。



『ああ、神よ。唯一神よ。何故(なにゆえ)、このような事象を為さるのか』



 悲嘆にも似たその声は、誰からともなくこぼれ落ちた。




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