表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
15/17

番外篇・尓【与え】に尽くす運命(さだめ)~現神/ヒノトマル~




 ヒノトマルには、人であった頃の記憶が色濃く残っている。



 しかし彼のように、神となったものに生前の記憶が残るのは、極めて稀だ。


 神というものは、以前の生が(なに)であったかに拘わらず、その後の永すぎる(とき)を活かし、神の(いぶき)に取り組む。


 そうして、そのうち、以前の生き様が記憶から薄れていくのである。



 神は、神としての生の記憶より他は残さない。


 その所以は、神の(いぶき)の構造にある。




  『神の(いぶき)



 それは神がつくるもの。神が触れ、力の行使、その軌跡を残す書物である。


 代々、現神(うつづかみ)となったものが引き継ぎ、神としての力を具現化するものでもあるため、力の蓄積は必至。

 

 そして、これは幾代にも渡り続いている。先代から後代へ、巡り巡る。


 神の(いぶき)は、いまだ神の力の影響を受け続けているのだ。もたらす影響力が強大なものとなっていても不思議ではない。


 よって神の(いぶき)が引き継がれる以上、後継への力の働きが増す一方であることは避けられない。それは結果として、人であった頃の記憶の消失を促す効果を生んでいた。


 だが神となるものに、自身の記憶が失われることを気に留めるものは皆無である。


 神となる以上、自らの行いが神の(いぶき)に則っているか否かが、最たる存在として重要な価値と意義を持つため、どの神にとっても己のことは些事でしかなかったのだ。



 しかし、ヒノトマルは違った。


 彼は生前の出来事による心身への影響を、つよく引き継いでいる。


 神の力に修整されることなく、神の(いぶき)に軽視されるでもなく、その記憶を保持したまま神となっている。


 そしてヒノトマルは、先代の神が遺した言葉を余さず覚えている。消失して個を失うはずの先代たちを、彼は個別に覚えている。


 人であった頃、自身が受けた苦渋の味を、死の間際に脳裏で描いた意思を、彼はよくよく覚えていた。



 このものが神であり続けるには、あまりにも生きた人の(まま)だったのである。


 彼が鈍色のデューを視るのも、以前と(うつづ)で気性の境目が曖昧なせいであった。


 にんげんであった丁丸(ひのとまる)。神であるヒノトマル。双方とも、その身の内にいまだ根差しているのだ。





 **





 ヒノトマルが初めて外界の魂を裁いたとき、先代を失ってから悠に三月半(みつきはん)は過ぎていた。


 既に鈍色の花の意味を正確に捉えていた彼だが、ついに一度も、先代にすら花の色を明かすことはなかった。


 それは自身が異なる存在であると自覚することを避けようとした、いわば自衛でもあるが、何よりヒノトマルの意識にあったのは、己を導いた先代から『否』を突きつけられることへの忌避であった。


 それほどまでに先代を慕っていた彼だからこそ、なのだろう。

 先代が消滅したとき、現神(うつづかみ)として代変わりを果たしたヒノトマルは誓った。



 己は、けっして後代は受け入れぬ。消滅してなるものか────と。






 その身を不自由にする死神を執務室の隅に立たせ、ヒノトマルは逡巡する。


 己の脅威になり得る存在か、ではない。


 このとき彼の脳裏に浮かんだのは、死神を()()()()に祀りあげたときの死神たちの悲痛と辛苦に歪む顔だった。


 それさえもが、運命(さだめ)の輪として機能しているとも知らず。




 自身の住処に在る死神の存在に、神の使いや天上人(あまのかみびと)が勘付くことはない。神界(かみのやしろ)に入ることが出来るのは、現神(うつづかみ)が許したものか、先代あるいは後代の神となる魂を持つものだけである。


 しかしながら、そのことをいずれ現神(うつづかみ)に至る彼に懇切丁寧に教えたものは、誰もいない。


 それも仕方のないことなのだろう。ヒノトマルの存在そのものが、どんな神も体感したことのない未知の領域だったのだから。



 天上人(あまのかみびと)のなかには美質の色を視る素質あるものも少なくない。が、反対に現神(うつづかみ)となるものに、醜質(しゅうしつ)の色を視るものは一つもない。


 ましてや神ならざるもの、神界(かみのやしろ)に相応しくないものが視るとされる色など、先代たちでさえ直に見聞きしたことはないのだ。


 そのものたちにとって鈍色とは、デューの花色の一種として神の(いぶき)に載るだけの色である。

 それがまさか後代の、それも真に次の現神(うつづかみ)となることが約束されたものが連れ歩いて神界(かみのやしろ)へやってくるなど、誰が想像できただろう。



 神は万能であるかもしれないが、全能ではない。


 与り知らぬことがあれば、知らないまま神としての役目を終えるのもあり得る話なのである。


 何より、デューの花が示す色は本人しか知覚できない。

 神で在れば、神になるのであれば視るはずのない色を視ていた彼が、神を愛した花が示す性質を隠していたのだから。


 ヒノトマルが神に相応しくないなどと、先代たちが知るはずもないことなのだ。







「あの、ひとつ訊いてもいいすか?」



 セコの言葉に、現神(うつづかみ)は無言を返す。



「神さまの庭に花がありますよね? あれって、黄色もあるんすか?」



 彼の質問に、ヒノトマルは瞠目した。神を愛した花だと云われるデューの花を知っていることに驚き、同時に畏れたのだ。

 目の前の自身より遙かに若く見える、それも死神が何故……と。


 しかし現神(うつづかみ)は胸中を口にすることはなく、デューの花の逸話を知るはずのない死神を見やる。



「花を知っているのか」



 セコは、神さまの質問にこそ困惑した。相手の意図を探ろうとして失敗したとでも言いたげに。



「はい。親友も、死神たちも」


「そなたの花は、何色だ」



 それは何気ない問いかけであった。


 外界のものでも、花を見るものはいない。限りなく少ない。そういう条件を備えているせいで、花を視るというだけで生まれが判明するほどに。


 神となったヒノトマルも、花の存在を知ったのは神界(かみのやしろ)にあるデューの花園を目の当たりにしてからである。



「黄色と赤だった気が……」



 特に気負う様子もなく、セコは答える。


 神には、彼が自身に向かって嘘を吐いているようには見えなかった。



「黄色、だと……」



 ヒノトマルの呟きに、目が合った死神はわずかたじろぐ。


 相手は、いや死神たちは、どこまで知っているのだろう。


 彼は身震いという、人の身でしか得られなかった感覚に久しく襲われた。


 島に閉じ込めているあいだに、死神が何を知ったのか。ヒノトマルは、己でも忘れていた恐怖を思い出す。



 これは外界で過ごした彼自身の記憶だ。


 家族を失い、奉公先で無下にされ続け、果てに凍死した感覚を想起させる。自然に抗えず、身分に翻弄され、生物の摂理に従って死んだ。


 人であった頃の丁丸が襲われた恐怖。それが今、目の前に、若い死神の姿形をとって現れた。




 神の(いぶき)とは別に、神を愛した花について記載された書がある。

 それは外界のあらゆる情報を閲覧できるが、反対に天上界(てんじょうかい)については何一つ書かれていない。


 神が外界を()るためだけに存在する書物だ。分厚い背表紙に彫られた題名を撫で、ヒノトマルは死神セコの扱いに思考を巡らせる。



 書物の第4223項めに、彼の興味は掻き立てられた。



 この世界に、黄色の花は咲かない。だから神になってからのヒノトマルは、とうにその色の存在を忘れていた。だが、まさに今、捕らえた若い死神からその花の色を視たと聞き、現神(うつづかみ)は相手を見つめる。



 神を愛した花の逸話は、神の(いぶき)に取り組み始めたとき、最初に知ることだ。その花を視るものの特徴も、ヒノトマルは記憶している。


 ある村が重要なのだ。村の住人で、村人の血筋にあることが鍵なのだ。



 自身が攫った死神が語る生前の記憶に、現神(うつづかみ)は花の視せる色を思い返す。



 花の色は、数種類ある。


 情熱的なものには(あか)く、優しいものには蒼く、賢いものには(みどり)、正直なものには白く、貴きものには紫。これらは美質の色と呼ばれ、天上界(てんじょうかい)に身を置くものの多くは、花をこれらの色で認識している。


 企てに長けたものには(しろがね)、金勘定を好むものには金色(こんじき)、悪戯を愉しむものには漆黒。


 そして、神ならざるもの、神界(かみのやしろ)に相応しくないものには鈍色に映る。


 細いながらもしっかりと立つ茎は白く、枯れずに生え変わり続ける花弁は《繁栄》《繁盛》の印として、天神人(あまのかみびと)たちの間で親しまれている。


 自身の性質を映す鏡の役割を持つからこそ、天上界(てんじょうかい)において、神を愛した花デューは重宝されるのである。



 しかし今のヒノトマルにとって、神としての真の性質を理解することは、さして重要ではない。



 ヒノトマルは表情を変えず、再び相手に問う。



「そなたの、同行者も同じものを視るのか」



 彼は敢えて、セコが連れていた同胞をそう呼んだ。



「聞いてないすけど、たぶん視えないすよ」



 その言葉も、現神(うつづかみ)として疑う余地はなかった。


 種としての本能が、尚もひとつの真実を神に突きつける。


 若い死神の語ることに納得してしまっていることで、彼は自身の運命を悟った。



 セコは平然とした顔で口をひらく。



「神様、提案があるんすけど」





 **





【死神は、与えられた運命(さだめ)に尽くすため、存在し続ける】


【そして神もまた、与えられた運命(さだめ)のもとで存在する】



【これが運命(さだめ)だというのなら、信じよう】




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ