- 13 - 導かれる魂と接するもの
死神島に初めて死神が出現したとき、当時、神界に棲まう現神には、憂慮していることがあった。
天上界に招いた外界のにんげんが、一辺倒に言えば増えすぎたのである。
その神はデューの花を蒼と漆黒で視ていた。
花びらを交互に色付ける一輪の花群を前に、そのものは今後の天上界について思案する。
──何か、よい方法はないだろうか。
現神の後ろに控える後進は、その呟きを丁寧に受け取る。
──現神。思い憂うものを、ぜひ、わたくしにも分けてはいただけないでしょうか。
──鼠蜂よ。其方に出来ることを申しておくれや。
そこで、現神から貰い受けた名を呼ばれ、後継は恭しく一礼する。
──現神が望まれることは、如何様にでも適ってしまうのが、この世界の理でございます。
鼠蜂。
鼠のように素早く小回りが利き、蜂のように縦横無尽に飛び回ることを得意とする、元忍の彼をそう呼んでいたのは、この現神だけである。
この頃はまだ、この世界で神という存在自体が含有する力の積立は、大きくなかった。
せいぜい人を裁き、相応しい後継を見つけ導くほどにしか、神としての力は作用していなかった。
故に当時の神には、外界のにんげんだった頃の記憶が、少なからず残っていたのである。
それは現神も例外ではなく、彼自身もまた、神になる前の己の性格が花の色に影響していることを深く理解していた。
優しさの蒼と、悪戯の漆黒。
曇りのない幼子のように、容易く予期せぬ幸運を企て、相手を楽しませることが何より好ましく思える性分を、そのものはよくよく自覚していた。
──ならば、望む。我の想いは、この世界の統制と秩序が、永遠に保たれることである。
現神の望みが、己の記憶を守ることなら、代変わりの時期が来たとしても、個を保ったまま消えることが出来ただろう。
仮に、増えて収拾のつかなくなった魂をすべて排泄せよと命じれば、これも適っただろう。
しかし彼は、神の世界が変遷する機となった、変化を司る神と同様にこの世界の平穏を望んだ。
──合に。
一言で応じる後継にチラリと振り返り、現神は己で導いたそのものが内に秘める力を、敢えて無視する。
同じく蒼と漆黒を目にする後継が、己の意を珍妙に二転三転させながら展開してくれることを期待して。
間も無くして自身の先代が消滅したあと、鼠蜂は神の記録を残す術を編み出した。
まず神の御業を一覧に纏め、記述において些細を示す欄にいくつか項目を用意した。
【一、幾世経るとも数多の先代の名は刻まぬこと。現神も此れに同。】
【一、みだりに神の業を放たれ難し。】
【一、力の行使において一覧の増減可能なれど、不要と見当ること削べし。必須と見初めしこと加たれたし。】
【了に、この書を後代依るものへ継ぐこととする。】
これらを始めとし、神とは何かについて記された書物は神の学と改められ、新たな現神は本書の後先への継承を促した。
神の決まりごとをつくった彼は、次に天上界に運ばれた魂にあぶれ者が出ていることに気付いた。
魂の選別をするには、正しく判断する能力がいる。
それも特筆した才ではなく、情に流されず義理に惑わされない、真に公平であり続ける存在が必要だった。
それは自分たちのように慈悲を与える神に出来ることではなく、魂そのものに特化した知見を持ち采配を下せる神の有無を問うていた。
死神の誕生に直接の関係はなかったが、このことを機に死神たちの役割が明確に決定づけられたのは言うまでもない。
死神の存在に初めて相対したのも、この代の現神である。
彼は名目を付帯する他の神たちを統べつつ、天上界の最端に死神が出現する界隈を見つけ出した。
死神が存在する場所は無論天上界と繋がっているが、頭上には常に暗闇が蔓延り、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
加えて彼らは積極的に他と関わることを避けていたため、そのうちに周り忌まわしいものと捉えるようになり、挙句には細い足場だけ残すようにして天上界の地を削り取ってしまったのだ。
しかし数の少ない死神たちは、自分たちの地が離れ小島のように扱われても、その暗く重たげな覆いの下から出ようとはしなかった。
種の数では、数多の神どころか天上界のにんげんにすら及ばないことも、意を唱えぬ理由のひとつではある。
死神たちは元来、無益な争いを好むようには出来ていなかったのだ。
はじめに出現を果たした死神のもとへ、当時の現神は赴いた。
外界から天上界に招く魂の数を減らさないかと、神からもたらされた最初の提案は些か棘を含むものであった。
けれど、その死神は拒んだ。
自分たちには余程負えない責務であると、神界から遥々と身を運んだ現神を返してしまった。
このことに憤り声をあげたのは、天上界や外界に居を置く、周りの神たちである。
地や海、空を司る神を初めとし、そのもの達は提案を拒んだ死神を否と断じた。
かれらにとって現神とは、どの世代であろうと絶対神であり、唯一神だ。
自らを統べる存在を無下にするなど、そのものたちにとっては反逆に等しい。
たとえ現神が再訪の言葉を残していったとしても、他の神たちは死神のたった一度の拒絶を許しはしなかった。
苦渋と憤慨に染まる神たちの前に、死神は堂々と姿を現わす。
このままでは自分たちの種が危ぶまれると考えたからである。
手当たり次第に魂を迎え入れた、天上界の采配不足であることは自明。
これは神の失態である、と最初の死神は声高々に宣する。
聞いていたものの中から、徐々に憤怒の空気が広がり始める。
もとは穏和な神も、相手が忠誠を誓う種の頂点を欠くとなれば、黙って見ているわけにもいかないようだった。
何万と集う神たちが、個としても遥かに数が劣る種を囲む様子は、現神の許にも既に届いていた。
真に正しきは、どちらか──。
背後から姿を見せた現神の姿に、神たちの波が割れる。
この場で唯一声を発することが出来るのは、彼だけである。
自らが逆らおうとも考えぬ存在を前に、ほかの神たちはたじろぎ、身を退く。
なかには己を潜め、その場から去るものもいた。
誤ちは、冒したものでは糾せぬ。故に他のものによって改められなければならぬ──。
まわりがどよめき立つ。
その宣告は死神の言葉が、かの神にも届いていることを意味していた。
現神に死神という種を離断する意思はない。
自分たちを排する気はないことを確かめ、その死神はただ一つのみ残された現神の言葉を待った。
選別には過大な期待が課される。其方らの方法を聞かせよ──。
ある条件を満たすものに、天上界へ立ち入ることを許容しましょう。
それは如何様な条件だ──。
神界では、デューの花が咲き、庭を埋め尽くすという。ええ。神を愛した花です。
視えるものだけを、迎え入れると──。
ただ視えるだけでは、一度の数は減らせても結果は同じ。花には言い伝えが御座いますでしょう。我らは死の際にそのものたちへ添います。そこで、明確に色が視えることを確認して参りましょう。
花はとある村に咲いていたという。村の血が濃く残る、あるいは血が還るもののみ天上界へ導くのだな──。
ええ。外界では、後者を先祖返りと申すそうです。
いや愉快。そそられる話である。そのように致せ──。
合に。では、死神からも、ひとつご提案が。
申せ──。
もとより花は、神の筋を示すもの。であれば、神の後継を、導いた魂より選ぶのが自然かと。
死神が絶対的な献身と、公平性を誓うのなら──。
ええ。誓いましょう。我らが神よ。
鼠蜂が神となった代から、死神は現神の腹心となったのだ。
こうして死神に選ばれたものだけが、天上界に招かれるようになり、後にそれらは、天上人と呼称されるようになるのであった。




