番外篇・逸 【与え】に尽くす運命(さだめ) 〜カツ〜
カツには、自ら誇るものは何もない。
島にいる死神たちの中でも、とりわけ彼は自身の略歴を表すための特筆すべき物事を持たなかった。
持たない代わりに、大きな不満だけは抱いていた。
それは自身の在りようである。
島と同じように、自分たち死神は何も持たず、齎さず、ただ惰性で生を続ける存在でしかないのだと半ば諦めも混じえているのだ。
カツは島にいた時も、島の外にいる間もその考えを捨てられずにいた。
死神島に閉じ込められたまま、活かす時と場所も得られず、けれど狩り取った魂を導くための教えは続く。
そのような状態を悪夢だと笑って片付けようにも、そのものにとって死神が持ち得る時間は過ぎた恩恵でしかなかった。
しかし、だからといって、時間の概念を自らの手で変えられるなどという思考に至らぬほどには、彼は自身の境遇を受け入れてもいるわけである。
そんなカツとは異なり、島のものは皆、それぞれの村にある長を己の頂点に据える。
長の口から及ぶ言葉は、すべて己が糧となるかのように、無条件に身に染み込ませるのだ。
長たちも一貫して、自身が糧であることを疑わず、後に出現する死神たちに語り継ぐ。
【島を囲う大海原の際に色彩の光が差すとき、死神は改めて己の性分を知る。だが、役を実行する機会はない。死神の領分は膜の中に閉ざされた。】
カツが出現したときも、村の長は初めにそう語った。
この時点で彼は、自身が存在する島のなかに導きの兆しはないのだと、寂しさに近い苛立ちの想いが芽生えていたのだ。
この死神が、島の外にある【色彩の光】を実際に目にするまでは。
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島に出現したばかりのとある若い死神が、正体不明の光の原因を調べていたとき。
周りには身勝手にも見える行動を、そのものは繰り返していた。
当時、彼にはまだ指導係が付き添っていたが、よくよく姿を眩ましては、先輩の死神や村の長に渋面させるほどである。
時は過ぎ、彼より後に、死神がいくつか出現していた頃。
島に唯一ある旧い蔵で、カツはその存在を見つけた。
このとき既に指導係の手から離れていたため、行動の自由に拍車がかかったことも発見の理由には大きい。
蔵書の数は桁が知れず、蔵に浸るカツにしか在処を知らぬ本がある。
蔵の奥にひっそりと眠っていたそれは、古びたまま長年放置され、背表紙のカビが幾重もの蓄積を経て、あたかも元来の模様のように見えるほどだった。
当書の章を始めたる一節には、こう書かれている。
《もとより死神は、人より永い時間を過ごす存在である》
《死神が消滅する期間と、外界のにんげんの生命が尽きる期間とでは、大きな差があることは明白》
《ただし、世代が変わるごとに死神の特性が少しずつ失われていくように、死神の有する時間の概念も変化していった》
長がもたらす伝承では、詳細は語られない。
故に、カツが蔵の古びた書物に心を奪われるのは、時間の問題だったのである。
死神について綴られた書を読み進めるうえで、彼はとある文書に目を留める。
次章へと導く一節が、死神の得る時間を如実に物語っていた。
《しかし島で過ごす際に得る時間の概念は、より外界のにんげんが得る感覚と近しいものになっている》
この一節が示す見解を、カツは今ではこう解釈している。
則ち、後世の死神ほど人の世から流れ着いた魂である可能性が高い、というものだ。
人の魂は、死神が導くことにより神聖な素質を露わにし、神としての後継、あるいは天上人としての存在を確かなものとするのである。
となれば、死神の役割が果たされない以上、行き場を失うのは自明の理。
魂が一処に留まることはないため、自然と滑り込むことが可能な場所へやってくるのだ。
死神の島で、出現という形あるものとして存在することになれば、誰もがそのものを死神と称し疑念すら抱かないだろう。
そしてカツは思考を更に躍進させた。
これらを逆説的に語るならば、死神になるのは、死神の魂を持つからではないと見ることも可能だ。
でなければ、元来より外界の人の魂が島に入り込んだとて、出現すら適わないだろう。
蔵に閉じこもり、他の死神と距離を置いていた彼は、たった1ページに書かれた一節から豊かな発想力を持ち、そして島に対する興味を薄れさせていくのだ。
止められない知識欲に突き動かされた死神カツは、それからも資料などを読み漁りつつ深く考察を重ねたりしてはいたが、結局は満ち足りることのない外への渇望を埋めることはできなかった。
島は独自の概念に則り、長や先輩死神、それから若い死神も含め、各々の消滅への一途を辿らせる。
かいやカツ、セコのような近年に出現した死神が、人の現存期間を下回ることはないが、先に出現したものから順に消えていくのは、残酷なことと知りながら誰もが甘んじて受け入れていた。
何故ならこれは死神にとって、鎌の振り方を教わるより早く、長や先輩たちから知らされる教えだ。
もちろん、カツもとうに理解している。
この死神にとって、知識以外で己を満たすに足るものは他に無かったのだ。
ゆえにカツがこれらのこと、とりわけ死神島に流れる時間の概念を理解するのに、そう長くはかからない。
自然と蔵通いは頻繁になった。
島の長たちや先輩から教わることも、彼は指導時期より以前から知識を得ていたのである。
熟知する機会に富んだカツにとって、島での暮らしは想像を絶するほど退屈であったことだろう────。
見知らぬ島の慣れない土地で、忽然と消えたセコの姿を探し回り、歩き疲れるカツの目の前で顕現してみせた存在の迫力は、退屈による疲弊しか知らない彼に並々ならぬ緊張感を持たせた。
カツは自身が島にいた頃には得られなかった、身の縮むような高揚感が内側に燻っていることを、密かに自覚した。
この世にある神にも数多の役割がある。
地の底の神、土の神、海の神などと呼ばれるものは多かれど、しかし、『神』その一文字で崇められる存在は唯ひとつ。
思い通りにしようと本気で考えた神の手から逃れることなど、ただの死神であるカツに到底出来はしない。
そんな相手が今もまた、何もせず姿を消してみせたのである。
自分たちは見逃されてきたのだと、彼は気付いた。
カツやセコ、死神たちの永きにわたり存在し続けてきた年数は、残ることを許されていた証とも言える。
このまま神を種として一括りにするのであれば、間違いなく、彼らを阻むものは種の頂点。
頂に立つことのできる唯一無二の存在が滅することを選んだのなら、その対象が存在し続けることなど出来ない。
つまり、今このとき、死神という種を消滅させるにたる理由を、自分がつくってしまったのだとカツは思った。
だが、彼は引き際を図れずにいる。
現神の行いも、個人の嗜好や独善的な采配であるなら、裁かれる側の魂にとっては理不尽であるように映るのも仕方のないこと。
しかし、あらかじめ決められていたことであるなら、或いは絶対神としての矜持ゆえのことであるなら、カツは現神がどれだけ魂や存在を裁こうと受け入れていただろう。
話を、理由を聞くことさえ適えば、自分はそれでいいのだと。
カツは、島を出るまで本気でそう考えていた。
何故なら、神とは外界のにんげんから選ばれるものであり、近年の死神もまた、外界のにんげんが彷徨い辿り着いた魂であると、彼は推測を立てているのだから。
だが、いざ目の前にした神の姿は、それを一瞬で払拭させた。
存在としての次元が、明確に異なる。
死神でしかないカツには、世を統べる神との疎通など、持つに余りある淡い願望でしかなかったのだ。
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【死神は、与えられた運命に尽くすため、存在し続ける。】
【そして神もまた、与えられた運命のもとで存在する。】
【これが運命だというのなら、信じよう。】




