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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
12/17

-12- あの日から、オレたちはきっと

 



 オレとカツは、どちらかと言えば友人以上家族未満な関係だと思っていた。



 存在として出現するオレたちに、家族らしい関係性の定義は分からない。


 でも友情とかの話なら、オレはこいつのことを友人の基準以上に親しい相手だと感じている。



 人の世界にある言葉に当てはめるなら、親しい友がピッタリだった。







 カツは真面目なやつだ。


 自分から勉強したがるし、蔵書されてある本の殆どをこいつは真剣に読み耽っている。



 何千、何万あるかしれないものを、一つ一つ丁寧に表紙を開いては、それ以上の数で上回る文字の一つ一つを目で追う。


 取りこぼすことも、読み飛ばすこともしない。


 一冊、1ページ、一文、1文字。


 そのすべてを、カツは自分の中に受け入れる。



 読書する姿勢や眼差しは、本そのものや著者にまで真摯的に向き合っているようで。


 オレは親友のことを、素直に、凄く真面目で誠実で頭の良いやつだと感じていた。








 オレは、カツに比べたら不真面目だ。


 死神の指導を受けているときだって、指導者たちに見つからないでいられるなら半永久的にサボったっていい。



 本だって読まなくていいなら読まない。


 だけど今のところ暇を潰せるのは、カツと話しているときか、オレでも読みやすい本を親友に勧められるがままに読書するくらいだ。



 表紙を開くときは大雑把だし、文字も文章も、ページだって読み飛ばす。




 そんなオレに、あいつはよく呆れた目を向けてくる。


 へらへら笑ってやると、ちいさなため息をつくが、そのあとは笑い返してくる。



 あれは、いたずらを見て見ぬ振りするような視線だった。





 実際、長たちのテントに勝手に入ったときもそうだ。


 中に吊るされていた死神装束をこっそり着ては遊んでいたことも、カツが沈黙してくれているからバレてない。




 あいつは一度口を閉じると決めたら、頑なに開かない。


 あいつ自身、そこまで長たちの命令に従順なわけじゃない。




 真面目で頭が良いやつは、きっとそれだけで信頼される。


 そこに関しては、頭の悪いオレには到底踏み込めない領域の話だ。





 それでも唯一、カツに対して真っ向から誇れるものがあるなら、オレは他の奴らみたいに小馬鹿にしたりしない。


 先入観はあるが、固定観念はない。


 偏見も差別も少なからず持ってはいるが、先入観と同じで、あとからいくらでも覆される程度のものしか抱いてこなかった。



 だから、カツが神とやらに会いに行くと、島を出ると話した時。



 オレはただ、人が腹を空かしたら食事のことを考えるみたいに、ごく自然な流れで付いていくと口にしていた。



 動機なんて単純なものだ。



 こいつのそばにいないと、オレには島が退屈な場所になることは簡単に想像できた。






 カツの動機は、ちょっと難しい話だった。



 長たちは神を裁くだの、代替えさせるだとの毎日のように集まってはそう話している。


 どのみち島からは出られないのに、続けても意味があるとは流石に思えないが。




 でも、カツはそんな長たちとは違う。



 あいつは、まず神さまに会って話をしたいと言った。


 本に向き合ってる時と同じ、真剣で冗談だと笑い飛ばせない凛々しい顔で。



 こういうことは死神(じぶん)たちがとか、神さまがとか、どっちがより正しいのかじゃないんだと。


 重要なのはそこじゃないと、あいつは言った。



 話して、相手の言葉を聞いてからじゃないと、自分以外の何者かの思いや考えを知ることは、誰にもできないのだと。



 そして、自分たちがどう感じているのかも、相手はきっと知らないだろうとカツはこぼした。




 そんな風に考えたことは、たぶん誰も、一度だってない。


 もちろん、オレもその一人だ。




 だから、前よりずっとつよく思う。



 カツがそういう奴だったから、そんな自分の軸を持っている姿がカッコいいと感じるから、オレもそうしたいと。





 **





 一瞬意識が飛んで、ハッと目を開けたとき。


 今のオレは、少し微妙な立場にあることだけ分かった。



 これが俗に言う質にされるということだ。


 物々交換のときに使われる品物も、オレの今の気持ちを分かってくれるはずだ。




 けど何故?


 死神質を取って、相手は何をさせるつもりなんだ。



 彼が見ている相手が親友なのか、それとも死神(おれたち)なのかも分からないままだった。






 神の特権みたいな術で拘束してくるでもなく、オレの手足も口も自由そのものだ。



 こっちが抱くのは疑問ばかりで、攻撃する意思はないと見抜かれているのかもしれない。



 同室にいるお方は、一心不乱といった様子で執務机と向き合っている。




 うん。そうだ。彼が座っているのは、執務机だ。


 うちの島にも似たようなものがある。


 長が使っていた机は、あんなに背が高くないし大きくもない。それに足のついた尻置き場もないし、下に敷くための布もなかったが。




 どの程度の自由なら許されているだろうかと、半歩だけ踏み出す。


 相手はこちらを一瞥したが、また机に向き直った。





 オレは正直、目の前のお方に対して少しだけ思うところがある。


 どうして島を孤立させたのか。


 外に出られず、中に何かが入ってくることもない。



 でもオレとカツは、膜の外に出られた。


 その理由は分からないが、今まで出来なかったことが出来るということは、単純に誰も邪魔しなかったからだと思った。



 だから、神さまに対する印象は前と違う。



 オレは頭も良くないし、言葉もそこまで知ってるわけじゃない。


 カツが来るまでは何もするつもりはなかったが、正直オレは戸惑いを覚えていた。



 もしかすると相手は、荒っぽいことは望んでないんじゃないか、と……。









 オレが執務室に来てから、何度か、部屋の主はこちらの様子を窺ってきた。


 横目でチラッと見る程度だが、最初は何を見られているのか分からなかった。



 この部屋に時計はない。そもそも時間という概念は彼には無縁のものだろう。



 でもオレたち死神は、ちょっとだけ異なる。



 島には独自の時間が流れていて、その概念から日数を数えると、もう8日は経っている。



 オレたちの時間は、外界の人間とそう変わらないらしい。


 魂を導くために、出来る限り誤差を減らせるよう設けたのだと、死神の指導者たちは話していた。






 そわそわと落ち着かないオレが気になったのだろう。



 カツにもよく言われる。


 リズミカルに揺れるのはやめてくれ、と。




 どうやら、オレは小刻みに体を動かしているらしい。


 屈伸しているときもあれば、振動しているときもあると注意されたことがある。




 何かしらの動きはしていたのだろう。




「友人は、助けには来ぬぞ」


「親友ですよ、神さま。言葉を侮っちゃいけないんすから」




 そう言うからには、彼と親友のあいだで何かあったんだ。


 もう会ったのかもしれない。




 相手がこの場から離れた瞬間は見ていないが、なんとなくそう思わせるだけの説得力を持つ声だった。



 疑いという概念そのものが、このお方を前にして薄れてしまうようだ。



 そして、オレは同じ思いをカツにも抱く。




 あいつがここまで来ることをやめたのなら、或いは神さまからの何らかの申し出を断ったのなら、ちゃんと理由があると思っている。



 相手は、オレの親友だ。


 オレと違って、オレ以上に考えを深めている奴だ。



 逃げ出したわけでも、オレを見捨てたわけでもないことは、自信を持ってそんなはずがないと言える。




 だから、オレは神さまを真っ直ぐに見た。


 何もしてこないが、言葉だけは向けてくる相手を。




「あいつは絶対また来ますよ。ここに一番来たがっているのは、オレじゃない。理由を聞きたがっているのは、カツなんです」



 敢えて、場所が重要と思わせる物言いをしてみる。


 相手は表情を変えなかったが、真っ直ぐに見てくる目の中をうっすらと影が翳めた。




 オレは神さまを可哀想だとは思っても、だから何だ、という気持ちもある。


 どんな理由や、正当化できる動機があったって、神さまがしたことは死神(おれたち)の生き様を否定することだ。


 だから、どこかで許してはいけないんだとも考えている。



 でも、あいつは違う。



 カツは、力を持つ神さまだとか関係なく、ひとつの存在として赦したがっている。



 考えていることの次元が違うんだ。




 神さまがそんなことをするなんて、がオレ。



 膜の理由や相手の思いを聞きたい、がカツ。




 根本的に、親友とオレは違う感覚を抱いている。




 訂正しよう。



 オレは、神さまにだけは先入観も偏見も持っている。


 神という存在だけは、完璧で、欠点の一つも見当たらないものだと思っている。




 そして、新しく追加しておこう。


 オレが誰かに対してカツ以上だと誇れることがあるとすれば、親友を信じるということくらいなものだ。






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