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死神島  作者: 不知火 初子
第1章【運命への問い】
11/17

-11- 《あいたい》

 



 神の執務は記録として残る。


 幾代も前から続き、記されてきた神の(いぶき)に対する従事の結果として、神たちが行ったことそのものは神界(かみのやしろ)に残る。


 だが、その記録に目を通したとき、それを書くものの姿を誰も思い浮かべることができないのだ。




 ヒトノマルは、自身が記録になってしまうことも、先代や先先代の神の顔を思い出せないことも、不条理なことだと感じていた。


 神の(いぶき)に準じてきた自分たちが、どうして消滅し、あまつさえ個を損ない一纏めにされなければならないのか。



 そのわけを知る者は、神界(かみのやしろ)にもない。


 全ての知と力を統べる環境を持ってしても、真実は無情なまでに近付いてはくれないのだ。









 鈍色のデューの花を眺めるため、直接庭に出ていたヒノトマルは、執務室の扉を開けて暫し呆けた。



 部屋を出る際には無かったものが、執務机の真ん中に堂々と置かれていたからだ。



 それは、巻物の形をしていた。



 ヒノトマルが人であった頃、貧しい生活を送っていた彼は、奉公先の豪家で幾度かそれを目にしたことがある。


 右から始まる文章は、そのまま左へと流れるように向かう。



 読めなかった文字も、神の(いぶき)の務めを果たすあいだに、習得している。


 むしろ今のヒノトマルにとっては、理解しがたい物事の方が少ないだろう。


 彼にとって不明瞭であり、理解に苦しむ存在は、死之神に限るとも言えた。




 しかし部屋を出る前、そのようなものを机に置いた覚えなど彼にはない。



 あるとすれば、後継として現れた後世の神か、ときおり社にやってくる人間の言葉を代わりに受け、届けにくる神官くらいだ。



 神殿に、それら以外の何者をも入ることを許してはいない。



 今のヒノトマルに後継などなく、神殿内に神官が入った気配も彼は感じていなかった。



 つまり、得体の知れない何かがやってきて、内容の計り知れないものを神の机に託したということになる。




 開くか、破棄するか。


 彼は暫しの逡巡を挿み、巻物を手に取った。




 閉じている紐を解き、そっと引いて開く。


 内容は、すぐヒノトマルの目に入った。




 執務机いっぱいに広げた巻物には、ひとつの戯画が入っている。


 空から真下に海原が映る、暗い海だ。



 波の動く様子がそこに現れる。


 海原のなかに、ひとつの小さな小舟が見える。


 舟には、二つの影。


 彼らが近くの島から抜け出してきた場面から、ずっと戯画の蠢く様子は続いている。




 やがて、舟から二つの影が消えた。


 海の中に潜る影は、暗さのせいですぐに目視できなくなる。



 そして、戯画の場面は変わる。


 今度は明るい砂浜だ。


 そこに、二つの影が海からあがってくる。



 それは、さっき小舟にいた者たちだ。




 ヒノトマルは、悲鳴を飲み込むように口元を押さえ、声を詰まらせた。




 やってきた。やってきた。


 閉じ込めていたはずの死之神が。


 島とその周りを囲んでいた海や空を覆う膜を。


 抜け出して、そして自分のところへ。




 自分の結界を突破してくる存在に、ヒノトマルは神らしからぬ苦悶の表情を浮かべた。






 **






 島の散策を行なっていたカツは、ふと隣を見た。


 言葉通り、首をひねり横を向いたのだ。



 何か合図があったわけでもなく、カツ自身、明確な理由を説明をするには難があるわけだが、とにかく彼はセコがいた場所に目をやった。



 しかしそこに、雑破な一面のある友人の姿はない。




「セコ……?」




 周囲に気を配りつつ、呼びかける。だが、カツに応じる存在は一つもなかった。




「セコ?」




 もう一度、カツは声をあげる。やはり返ってくるのは、しん、と静けさに囚われた森だ。


 鬱蒼と茂る木々の間を、わずかな陽光が差すばかりである。


 多いとはいえない光の柱を縫うように歩き、そこでカツは息を止めて耳を澄ませる。




 音が────なかった。




 生き物の気配どころか、幹のあいだを吹き抜ける風もないのだ。


 異常事態であることはとっくに気付いていたが、これでどれほど危険視すれば良いのか、彼の中で決まった。



 ……前触れなく消えるなんてあり得ない。



 カツは辺りを見回し、友人の姿を探す。



 自ら木の幹に隠れたり、背の高い草の影に潜んでいたなら、足音も草をこする音もあるはずだ。


 けれどカツの耳は、セコが移動する物音を拾うことはできなかった。








 かろうじて降り注がれていたささやかな光が、横から差し込むようになった時刻。


 カツは鞄からランタンとマッチを取り出した。



 密接した森のなか、ただ歩くだけにしても視界が悪い。


 探しものをするにも難しく、カツは今日の捜索を諦めた。



 このまま夜が深くなると、森は夜行性の生き物の独壇場になる。


 カツも夜目は効くほうだが、彼らの世代では野生の動物や虫に勝るものなど何もなかった。




 木の根に枝葉を拵えただけの簡易的なテントは、少々の雨風なら凌げる。


 ただし、夜に活発化する生き物たちの声を遮ることはない。



 カツは警戒心を緩めないよう気を配りながら、明日のことに思いを馳せた。




 友人の捜索は後回しに、神さまとの対峙を優先させようかとカツは考える。


 だが勝手についてきたとはいえ、消息を絶ったままのセコを放っておくことは、彼自身わずかばかり気が咎める行為であった。




 人間界と同じ時間軸にある時計を、カツは懐から取り出す。


 大きさはこぶし大で、片手で持ち続けるには少しつらいというほどの、しっかりとした重量がある。



 死神島で支給される時計には、時間以外にも日付を示す文字盤が付属されている。


 長から渡される際に設定されて以降、一度も刻む間隔が乱れたことはない。



 文字盤によれば、カツとセコが島を離れてから2日目を迎えようとしていた。


 日付が変わるまで、残り数分というところだ。



 友人の姿が見えなくなってから、半日経っている。






 考え事をしているあいだ、カツは目を閉じていた。


 眠気を覚えていたわけではないが、覚醒している実感もないため、起きてるとは言えない。



 次に瞼を持ち上げたとき、彼は一瞬、自分が夢と現のどちらにいるのか判断しかねた。



 目の前に、一つの存在が立っていたのだ。


 知らないはずの相手でもあり、しかし容易に想像がつく。


 目にした途端、意識せず傅いてしまう。



 外界にて生物の頂点を決めるには、価値観が多様化しすぎて困難を極めると、カツは人間について書かれた本で読んだことがある。


 けれど、彼らが存在を置く世界では、もとより頂きに立つ存在の名が決められている。



 カツの前に立っているのは、島を隔離してまで死神を遠ざけている存在。


 魂が天上で形を得て成る天上人(あまのかみびと)を統制し、神官たちを従える唯一の存在。



 ただひとり、神界(かみのやしろ)に居住を許された存在。




 威厳からくる圧力を隠そうともしない相手は、宙に浮く自身の足下で、目を見開く死神に視線を向ける。



 突如として現れた存在を見上げたはいいものの、カツは目を逸らしたい衝動に駆られた。


 両膝は既に地面と触れ、島を出る前には抱いていた神さまへの疑惑も、ひと息になりを潜めてしまうほどだ。




 縋るようにも見える死神の表情に、神は咎めるような、ひどく冷たい眼差しを与えるだけだった。




「セコを、連れて行きましたね」




 震えるカツの声に、相手は不機嫌なため息を吐いて応える。



「斯様な質問は不適当である。ただしくは付いてきた、だ。儂は無闇に、その下郎な存在を持ち込まぬ」




 答えが返されるあいだも、彼が頭上に浮かぶ存在を真正面から見ることは適っていない。



 ただし、それは姿勢だけの話であった。


 死神の長ですら出ようとは考えなかった神の膜から抜け出してきたのだ。


 下を向き跪いてはいるが、カツにも物を言うくらいのことは出来る。




「じゃあ死神は、神の世界には不要だと? 死の神であるのにですか?」




 自身より遥かにちいさな存在の言葉に、神は嘲笑の息を漏らす。




「戯けたことを。神とはついていても、それは地の底を統べるが故につけられた名。本来、天上に棲まうものから見れば、何と滑稽なことだろうか」



「それでも、人間の死と向き合い、魂を導いてきたのは死神(ぼくたち)だ。あなたに、それを阻まれる筋合いはありません」



「何とでも申すがよい。そこで喚くだけならば、何も手出しはせん。望むならば、島に送り届けてもよい。以降、島からその種を出さぬよう尽力するのであればな」



「理由を教えてください。何故、島に膜を張ったのかを」



「ならば、共にやってきた仲間は返して要らぬと申すか」




 しつこく食い下がるカツに、神は無機質な声で応じる。


 問いに真実で答えるか、もしくは勝手にやってきたと話すセコをこちらへ連れ戻すか。



 カツに選ぶことが出来るのは、どちらか1つ。


 神が口にした言葉は、そういう意図を含んでいた。




 それは理不尽で横暴にも思えるが、種の頂点とも言えるその神に抗うことは無謀だ。


 実際顕現した存在を目の前にして、カツにはそれが容易に想像できた。





「あなたがそのつもりであるなら、それに逆らう術は持ち合わせていません」



「殊勝なことよの」



「…………」





 言葉を失うか弱き存在を、神は浅く笑った。






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