【七八の導き手】《タロットゲーム》
―――「リーファはどうした?。」
「自分の国に帰らせたわよ、あの子はこんな大勢の兵士相手に戦える娘じゃないもの。」
先ほどの大広間。
築かれた高台の上で横に立つアリスに目を配るが、
彼女はしれっとした顔でじっと前を見つめたままだ。
初めにこの部屋の扉を開いた時との状況と見える景色が少し変わって見える。
澱めく群集の視線、こうして改めて見てみれば皆恰好がみすぼらしく生活の貧しさが窺える者ばかりだ。
よれた衣服、無作法に縫われた袖口、
老若男女の姿が確認出来るが皆共通して痩せ細っている、
異常なまでとは言わずとも皆が皆というのは異常といえるだろう。
もう一つ変わった事といえば後はこの現状だ。
手足は木の枷に捕まり、足首には繊細な銀の鎖が雑に脚に巻かれて
その鎖の先は、アリスの鎖と合流し、大きな鉛玉に繋がっている。
特にどうすること出来ず足元の様子を探っていると、先ほどのざわめきは嘘のようにぴたりと止んだ。
「ハートレリア女王様の謁見である!!静粛に!。」
喉の無い兵士の声が広間に響くと共に、
女王の間から真紅の布が音を立て素早く退けると、
この異様な空間の首謀者が姿を現す。
一斉に首を垂れる観衆には目も留めず
身の丈以上の大きさと赤と黒に侵されたハートの玉座に腰を据えた。
「さて、ゲームを再開するとしましょうか、アリス」
面妖な声色は少し上から撫でるように耳に流れ込む。
「とんだ邪魔者が入ったから、一体何かと思ったけれど、取るに足らない相手だったわね」
「ミレディ!このゲームにこの人は関係ないわ!解放しなさい。」
生易しく語りかけるハートレリアの主君
―――ミレディ・フレア・コートとアリスの冷たい声の温度差が一層辺りを緊張の渦に巻き込む。
「御黙りなさい・・・アリス。貴女の身の程知らずには怒りを超えて呆れるわ。貴方に許したのはそこの生か死か運命が決めるカードを選ぶこと他になくってよ?。」
狂気が垣間見えたが、すぐさまそれを不敵な笑みに隠した。
そこのカード
―――それは二人の前に築かれた石段の上に並べられた二枚のカードの他に存在しない。
二枚のカードは丁度トランプ程のサイズで絵柄も色もないどこにでもあるような紙切が伏せられている。
「おーい女王様!よくわからないんだが俺とこのアリスって子を解放してくださいませんか?きっと美しい女王様に嫉妬して悪いことしたと思うんですけど、俺からもちゃんといておくので。」
死刑だかなんだか知らないがその判決を運で決めようとしているくらいだ。
そんな安易な考えの裁判くらい謝れば許してくれないこともないだろう。
そう判断した。
アリスにも謝るよう肩を寄せ促してみたが、彼女は顔を赤らめ唇を噛みしめるとそのあとの表情を髪に隠すように深く伏せてしまった。
代わりに女王の間から甲高い笑い声が場内に響き渡る。
しかししばらく笑うと、飽きたように声のあるため息をつき何事もなかったかのように会話を再開した。
「まさかアリス、貴女のお友達はルールも忘れ、あまつさえ命乞いの仕方もわからない躾も品もない動物だったのかしら?それとも本当にルールを知らない非常識人なのかしら」
その質問内容と少しおどけた口調は小馬鹿にされつつも同情の念で圧アリスの肩を少し高くする。
「いいわ、本来は私に許可なく口を訊いた罪ですぐにでも首を跳ねてあげたいところだけど、その道化ぶりと無知なまま死んでいくことの同情さに免じてこのゲームの概要を教えてあげる。」
―――ゲーム【七八の導き手】《タロット》
難しいルールや規則は存在しない単純明快なゲーム。
今回は並べられた表絵の伏せてある二枚のカードにはそれぞれ
【生】を象徴した神獣のユニコーンの絵と
【死】を象徴とした死神の骸の絵が描かれている。
それらどちらかを引き、その絵に準えた判決が下るというもの。
また王政権、もしくは命を懸けたゲームのみ物に名前や効力がある。
今ゲームには直説関係は無いがゲームを行う場所を規模、状況、空間を問わない
台や机の有無に関わらず
【愚者の円卓戦場】
通称テーブルと呼ばれる場所で勝敗を決定する。
今回の場合この石で築かれた石台がテーブルを指す
ゲームを行う場合必ず互いが納得できるモノを賭けなければならない
どちらかが納得で出来ない場合は。
【平等制裁の天秤】
と呼ばれる透明な箱に入った小さな天秤の傾きで賭けられたモノ同士の価値が決定される。
今回賭けに出されたのは
・ミレディはハートレリアへの不法侵入による犯罪者でありアリスの友人
ネフェニルの命
・アリスが賭けたのは
自らの命
人の命を象徴するかのようにを具現化するように顔の彫られた金貨が乗せられていた。
【生】のカードを引けばネフェルの命は釈放、一度自国に足を踏み入れるまでその生死を問うことは出来ない。
【死】のカードを引けばアリスの命はなく、ついでにユウマの命もない
このゲームはいくつかの盟約と絶対的な制約に基づいている。
―――以上がミレディの説で理解できた内容だ。
だがおかしい、どうして自分の命がついでに賭けられている。つい首を傾げる。
「牢監獄の中で説明したじゃない!?」
心を読まれたのか,
かすれるくらい小さな声で囁いたのはアリスだ。
「それに何度も言うけど、このゲームには勝ち目は万に一つもないのよ!どっちも【死】のカードが伏せられているのだから。」―――
―――【絶対制約六条】
Ⅰ、
ゲームを挑んだ者は決闘内容、もしくはレート(何をどれだけ賭けるのか)を決めることがで出来る。
Ⅱ、
挑まれた者には拒否権があり、いかなるゲームも避けることが出来る。
Ⅲ、
挑まれた者は、ゲームを開示された場合、レートを好きなように決める事が出来る、またレートを開示された場合、ゲームを選ぶことが出来る。
Ⅳ、
挑まれた側がレート、または決闘内容を決定した瞬間。勝負の取り消しは互いに認められない。
Ⅴ、
ゲーム中における不正がが発覚した場合はその瞬間に敗北とし。、賭けていたレートを無条件で獲得することとする。
Ⅵ、
ゲーム中なんらかの形で賭けたモノを消失させた場合譲渡出来くなった場合、消失させた者の【王政制約権】の中から
【キングクラウン】
【クイーンティアラ】
【ジャックエンブレム】
のいずれかをを無条件で差し出さなくてはならない。
――――以上がこの世界の盟約だとを監獄の中であれほど説明したのに、
どうしてこの人は話を聞かないのか。
アリスは怒りを心中に抑えようとする。
大体、リーファの連れてきた英雄とやらはまるでで知性を感じない。
確かにどうしようもないピンチを前に現れてくれた時は驚いたけれど、
ほんの一瞬でも期待した自分が馬鹿みたい。
何故か戦う前から傷だらけだったし、簡単に監獄に捕まるし、
リーファの体ばっかり見て状況把握できてないし
確かにリーファの体つきはいい方かもしれない。
だからってあんなに見惚れなくてもいいじゃない
・・・私だってまだこれからだと思うし・・・
男の人って皆そういうものなのだろうか・・・
違う、今はそんなこと思い出している場合じゃない。
アリスは無知な彼の横に立ち、周囲からの心配そうな目を向けられるのがたまらなく恥ずかしくなってきた。
「つまりゲーム中の不正は許されると・・・。」
その通りだけれど、今更納得されても手遅れだ。
それよりクラウンを奪われた後のことを考えることを最優先にしなければ。
アリスは再び今後の作戦を練るが、全く善策が浮かばず、
訊ねてくるユウマの声に耳を傾け、気持ちを整理することにした。
「不正が発覚していることが分かっているなら、それを伝えたら勝じゃないのか?。」
「それは私も考えたわ。でもこのカードの裏の答えがわかったのはリーファに教えてもらったからなの。あの子の種族は透視が出来るのから。でもそれを言ったらゲーム開始時に透視を使ったって不正を自ら公言することになるわ。」
「なるほどな、カードを引きさえすればその瞬間結果が出てゲーム終了。不正がバレてもゲーム終了後だから関係ない、まとめて二枚引けばその瞬間に不正行為違反によって敗北ってことだな。」
そう、いかさまはどのゲームにおいても禁止されていない、見つからなければ関係ないのだ。
それにリーファが透視を使えることはミレディもおそらく知っているだろう。
それを理解の上でこのいかさまを使ってきてる。
だからこそ念のために彼女を先に逃がしたのだ、これ以上危険が及ばないように
このゲームは詰んでいる。
完全に敗北している、ならばどうするか、次に起こることを想定し考えなければならない。
自分の命こそ賭けてはいるが、すぐに私を殺せるわけではない。
それまでに何らかの手立てはあるはずだ。
「姫様ー!。このカードの選択、俺が決めてもいいですか?実は今朝から何も食べてなく空腹で・・・早くこのゲーム終わらせたいんですよね・・・」
急な彼の意味不明な言動に思わず顔を上げてしまった。
「・・・何処までも死に鈍感な男ね・・・。どうせ結果なんて変わらなし構わないわ!。ねぇ?アリス?」
慌てて上を見たが相手はこちら側を見ることもなく、
飽きたかのように壇上の紅い魔女は兵士に持ってくるようにいっていた武器の選定を始めていた。
悔しいがその通りだ。誰が選んでも結果は変わらない。
「だってよ。なあアリス、参考までに聞きたいんだがお前ならどっちを選んでた??。」
「は?どっちだって変わらないもの、なんでもいいわよ!」
この期に及んでなんなのだろう、自分で選びたいといったくせに。
私の時間稼ぎのつもりなのか、それとも自分の命惜しさの時間稼ぎだろうか。
まさかさっきみたいに誰かが助けに来るとでも思っているのか。
不適な笑みこちらに向けてきた事に気づき
彼に軽視した眼差しで返したが、それに気づいて、なぜか一層嬉しそうな顔をされる。
「・・・左」
無視しようかと思ったが彼が私にどちらを選ぶか意見を聞く事を諦める事を諦めると、
ふて腐れるように呟いた。
それを聞いた彼は、前をり向き直すと、
覚悟を決めたようにわざとらしく深呼吸をすると、躊躇なく左のカードを手に取り、思いっきり。
自らの口に放り込んだ
―――先ほどまでの静けさに一気に波を打つ。
観衆は声こそ出さなくも、何が起きているかわからないといった具合に座ったまま体を揺すり視界の最全席をさがす。
その小さな揺れも数を成せばそれなりの音になる。
しかし最全席の瞳はアリスの瞳が手に入れていた。眼前でむしゃむしゃとカードを食べる
よほど噛みづらいのだろうか。
時折顎を突き出したり、鼻を伸ばしたりしている。
小さく鼻息を立てながら彼は胃袋にそれを強引に押し込んだ。
アリスの瞳は彼から離れることが出来なかったが
瞳の最全席は自分の他にもう一人持っている、
女王の間のミレディだ。
彼女も突拍子の無い事態に目を丸くしバルコニーから半身が躍り出ていた。
だがそれもほんのわずか、すぐさま見えないピアノ線にでもつられたかのよに背筋を伸ばし美しい姿勢を取ると、
ここで一番の笑い声で会場の動揺を吹き飛ばした。
「フフフフ、アハハハハハ・・・・・なるほどね・・・ふふ。面白いわ、
でも残念それは不正行為よ。
カードを無くせばゲームを終わらせることが出来るとでも思って?」
女王から気品と狂喜の混ぜられた声が自らの勝利を唄う。
「そうよ!そんなことしたってゲームが終わるわけないじゃない!!何を考えているの!?」
とんだ誤算だ。まさか自ら不正行為に及ぶなんて。
これでは盟約によってせっかくの生存への細い糸口を絶ってしまうことになる。
「まあ最後まで面白かった事だけは心底褒めてあげるわ、その死刑台で今後貴方以上のお馬鹿さんはもういないと思うわ・・・さあぁアリス。余興はおしまい。約束どおり貴女のいの―――」
「いやーすみません!!お腹がすいてまして!」
この喜びと動揺と落胆の渦の中心でようやく張本人が口を開いた。
だが勝利の余韻に水を差されたミレディは、
そのあたりの床を見るような無垢な瞳でで彼をあしらう
「もう貴方には用はないわ。打ち首の刑はアリスの後でやってあげるからそこになおりなさい。」
そうだ、制約によれば当然、彼は後だ。まずは私のクラ―――
「まだゲーム。終わってませんよ姫様」
彼はまたミレディの視線を奪った。
「カードを食べてしまったことは謝ります。
つい緊張感のあまり気が動転してしまって、自分でもびっくりですよ!
でも大丈夫!俺を含め誰もカードの中身を見ていませんものね!」
わざとらしく謙虚に丁寧に話しているのに気付かないわけがなかった。
「だったら何?カードは残り一枚しかない。カードを選ぶことも、勝敗を決めることは出来はしないじゃないの。」
玉座に肘を置き、手のひらに頬を添え淡々と答えた。
「女王様、カードなら選びましたよ。まあ、俺の胃の中に入ってしまいましたけど。
勝敗を確かめる方法なら、そこにあるじゃないですか。」
彼は目の前に置かれた伏せられた右手のカードを指差した。
その意図は、まるでぐちゃぐちゃになった毛糸玉が一回の接触で簡単に解けていくように、その答えへと導かれていく。
「このゲーム。【生】と【死】のカードに分かれている。でも俺が選んだ一枚は俺の胃の中だ。じゃあそこにあるカードの反対が俺が・・・いや、俺たちが選んだカードってことになりますよね?」
間も置かず彼はもう一枚のカードと表に返した。
【死】のカード。そこに描かれていたのは。言うまでもない死神がアリス達に死の宣告を告げるはずだった一枚だ。
「あー。っていうことは俺が乞食魂で食べちゃったカードはこのカードじゃないほうだったから・・・【生】のカードだったんですね。いやー、でも確かめられてよかったです。これで万事解決ですね!」
彼の淡々とした自己解決に、女王の勝利に酔った余韻は一瞬で冷やされ、
紅蓮の瞳が再び燃え上がった。
しかし先ほどまでの自身に満ち溢れていた表情ではない。
目は、動揺を隠せず瞳孔が開き黒目の部分が小さくなって見え、
そして口元は冷静を装った無理な笑顔でひきつっている。
「み・・・み、認められないわ!そんなこと、だって貴方が飲み込んだカードはっ!・・・っ!」
「飲み込んだカードは?」
ミレディは咄嗟に自分の首を絞めてしまいそうになった口を両手で塞いだ。
どちらも【死】だと公言できるわけがない。
すれば観衆に自らの愚行を伝えることとなる。
だが彼はそれを見逃さず女王の文末を尋ねるように復唱した。
その顔はまだ見たこのの無い天使のような悪魔の笑顔。
目元より下は優しく柔らかい笑顔を作りながも、
瞳は奥底で弁論も許さない。そんな支配に煮えた漆黒の黒目が彼女を睨んでいた。
勝敗は静かにも明確に決した。
彼は勝ってしまった。
2枚の死のカードから1枚を必ず選ばなけれならないこのゲームで。死のカードを選ばずに。
ミレディの瞳の焔はその熱を失い残り火の影だけを残すと、
ピアノ線で引かれたような姿勢は、急にその糸を切られたかように音も無く
へなへなと座り込む。
「・・・アリスに勝つためにずっと考えていた必勝法だったのよ・・・どちらか選えば勝てる・・・これ以上のない・・・それを、選択せずに勝つなんて・・・」
肩を大きく落とし、首を支える気力も彼女には残ってない。
「選択しないって選択を選んださ。・・・選べないなら選ばなきゃいい。好きな選択肢が無いなら増やせばいい。嫌な選択肢があるなら減らせばいい。ゲームってそういうものだろ。」
何の力も無く手枷は外れ落ちると、彼は勝利を捕まえた拳を真っ直ぐ天に掲げてみせた―――