序章2話【ウサギと檻とアリス】
―――狂気にも似た鮮やかだった先程までとは対極な灰色の箱の中にその身はあった。
土臭く、埃と時々カビの匂いが鼻を刺し起こす。
目を覚ましたが視界がぼやけ。気を失っていたのか、ずきずきと頭部が痛む。
朝整えてきた黒髪が視界に入り、髪型が崩れていることに気付いた。
視界に入るその髪をかきあげれば、ふつふつと不満が湧いてくる。
状況確認などすることも、此処へ来て最初の廊下の散策で飽き、とうに止めていた。
これからどうしたものか座り込み考える。
捕まったとき牢がどうのと言っていた、恐らくここはそこで間違いないだろう。
お決まりの鉄格子、
横になることも許そうとしない凹凸の激しい石床、
壁のレンガも乱雑に築かれている。
目に入る灯りといえば鉄格子の先に背を向けて立ち尽くす兵士の頭上に灯る蝋の揺らめきくらいだ。
考えもなくため息をつこうと
「気づいた?」
息を吸ったまま肺が止まる。室内の予想が出来ていたため牢の中を確かめることはしなかったがもう一人中に人がいた。
「全く、リーファったら勇者を連れてきたんじゃないの?」
最初の優しげな声は最初のみ、
不満たっぷりの声色で灯りの影がら姿を現したのは、捕まっていた彼女だった。いや、捕まっているのは今も変わらない。
絹のように輝く金色の髪は小さな灯りでさえも輝きを忘れるこのとなく、
不満な表情でさえ映る金色の瞳は陰りなく強い輝きをこちらに向ける。
だが素直に再会を祝うことは出来なかった。
目が覚めてから身に起こる不幸に納得が出来ていないからだ。
「ここはどこだ?手の込んだ誘拐かなんか?」
転がすようにぶっきらぼうに尋ねる。
「ここはワートンダイスランダーのハートレリア城の監獄よ。」
「いや、あんたの業界用語は聞いてない、俺の学校からどのくらい離れている?」
彼女への態度は変わらない。
が、彼女も表情を変えない。
「ガッコウ?記憶障害でも起きているのかしら、まだこの空気に慣れてないのかしら」
どこまでしらを切るつもりだろう。
彼女はこちらの質問をそっちのけで一人考察を始める。
「あー、もう大体分かった、ここ、精神病院か何かだろ、あんたが捕まっていた理由がなんとなくわかったよ。」
彼女の反応に痺れを切らし立ち上がると、
鉄格子の向こうの兵士に歩み寄り声をかけてみる。
「あのさ、急に飛び込んだことは悪かった、不法侵入のことで怒ってるならそれも謝るよ、ここから出してくれないか?」
だが問いに背中は微動だにしない。
「おーい聞いてる?俺が悪かったって。とりあえず―――」
不意に鋼の塊は振り向くとその兜を格子に自ら叩きつけ、後の言葉もその打音に負けじとユウマに叩きつけられた。
「黙れ!リーフリリアの言葉に耳を貸す気はない!お前は処刑されるまでおとなしくしていろ!」
ここに来てからの不満を抑えて懇願した願いを一方的に切り捨てられ、堪忍袋は簡単に開封される。
蹴落とされ知らない場所についたと思ったらいきなり監獄送り。
そんな理不尽に納得出来る者がいるだろうか―――否だ
「びっくりさせんな!、俺は帰りたいだけだろうが!ふざけるなよ!こんなの付き合ってられるか」
格子から腕を伸ばし全身フルプレートの胸元の金具を掴むと、
勢いよく格子に引き付ける。
先の打音にさらに負けじと打ち付けられた鎧は、
勢いよい余って兜ごと格子を打ち鳴らし落ちた。
兜は冷たい石畳に金属音を撒き散らしながら、二、三音を響かせる。
しばらくして監獄を静けさを取り戻そうとしたが―――
「・・・おいなんで・・・頭が・・・」
静寂に再び音の露を落としたのはユウマだった。
視線を落とす先には闇、鎧の中身だったのだ。
本来兜の中の声であるモノの表情がない、
いや、顔そのものが物体として存在していない、
顔がないなら首―――ない
当然のようにあるはずの常識がそこには無かった。
その中身はを行灯から隠すように鋼の襟が黒で遮る
「ええい!離さんか!!」
空洞な胴体はわめくと手を振りほどき、
落ちてしまった先ほどまで首だったものを拾い上げると強引に襟元に押し付け元の姿へと戻り、
迷惑がってからか乱暴な囚人の見えないような廊下の先まで歩いて行ってしまった。
「な、なんで体がないのに動く・・・」
通らない道理に立ち尽くすしかなかった。
「ハートレリアの近衛兵、クラウンによって生成された命だもの体なんてないわよ。」
振り返ればつまらげに長い睫を伏せ、ため息をつく彼女。
「これで理解できた??貴方の前の世界は知らないけど、ここはワートンダイスランダー。それ以上でもそれ以下でもないの。」
彼女の落ち着きはかえって少しでも冷静になろうとしていた意志を簡単に溶かす。
「いやー!待て待て!!アンタ達が言っていることがまるでわからない!俺はどうなっちまったんだ」
先ほどまでの不満と怒りの色は一瞬で褪せり、焦りと驚嘆の大きさが、独りでに手先をわなわなと動くことを許してしまう。
「それより!さっきからアンタアンタってなんなの?私の名前はアリス!アリス・クローバー・ノーエッジよ。で?アンタはえっと・・・」
彼女―――アリス・クローバー・ノーエッジは起伏の激しい男を前に腕組をすると、記憶に彼の名前が入ってきていたかと首をかしげる
「この者はユーマですぅ!!」
また一人牢内に声がした。それも今度は石畳の方から。
ぎょっとした目ですぐさま声の主を捉える。
その声の主は頭に土をかぶり石畳を掘りぬけてきた穴から身を捩りながら抜け出した。
突如地下から這い出てきたのは女の子、
年は自分とも変わらないくらい、
髪は限りなく白に近い銀髪を肩にかからないくらいのところで整えられ、
160程の背丈、淡いコバルトブルーの大きな瞳、
服装といえば、服といえるのだろうか、
ストラップレスのふわふわの布が胸部を巻かれ地面から這い出るときに苦戦したであろう大きな胸は、
上から見ても下から見ても際どいラインでその布いっぱいに詰め込まれているこまれている。
腹部は完全に晒され、わがままな胸回りとは裏腹に素直すぎるまでにくびれ引き締まっていた。
下はショートパンツに似た召し物を着てはいるがこれもまた白く毛羽立っている。
大きな胸部に目を離すのは名残惜しいが、
何より頭部から伸びる細く長い耳が、彼女の白い指ぬきグローブのような手で土埃を払う動きに合わせ揺れ動き存在を主張させていた。
はぁ、と、ため息をつきながらすらりと伸びた長い脚と、
冬用のスリッパでも履いているような精白に膨らんだ足の甲の毛並に被った土も払って見せた。
「リーファ、貴女遅いじゃない!」
離れている兵士に気づかれないように、その声は小さくも不満の色をちらつかせる。
長い白耳と、わがままボディが印象的な彼女―――リーファはその配慮に気づき声量を合わせる。
「申し訳ありません!何分地下の土が硬くて、それとやっぱり無理ですぅ!テーブルには近づけませんよぉ。」
急な彼女の出現に唖然とするユウマを余所に甘ったるい声で、
いやいやと子供のように体を揺するが、
態度とは反比例するように胸は立派な観測を見せてくれた。
「やっぱりだめね、こうなったらクラウン一つ失う覚悟はしないと乗り切れないかも。」
「えぇ!!だめですよぉ!それを失ってはこれから先リーフリリアの存続ぁ。」
アリスの冷静な言動一つ一つにリーファは、
オーバーなリアクションと甘く垂れた声色で応える。
「大体リーファ!貴女が使えないの寄越すからでしょ!。」
「それはそうかもですけどぉ・・・他に誰もいなかったしせめてあの子の変わり身になればと思ってぇ・・・」
「こんなのなるわけ―――」
「ちょっと待ってくれ!!」
会話を割って入ってしまった。
状況が読めていない自分が口挟むのはどうかと思っていたが、
どこか大事な何かが身勝手に傷付けられている。
そんな思いに私情を挟まずにはいられなかった。
「事情が分からない。まずは俺に説明してくれないか?」
「そういえば説明もしてなかったはね、この世界も、この世界のゲームの話も。」
最初に見惚れた姿より大分、アリスという子の印象が変わってきているように感じる。
いや、変わっていたのは自分の勝手な偏見だろう。
しかし見た目の判断とは恐ろしい麻酔だ、
誰にでも優しい美少女が実は裏であれこれ人の悪口を言うような悲しい事実も存在するように、
見た目だけでは判断できないことが数多あるのは
いつどこの時代も同じなのだ、仕方ない、さらば遠い日の思い出。
「―――ということよ。・・・ちょっと聞いてるの?・・・つまり貴方と私は処刑されるのよ。」
え?。今なんだって?処刑?処刑ってあの命を刈り取られる的なほうの処刑?
「え?しょ!処刑?なんでそうなる!たまたま居合わせただけだろ!釈明の余地だってあるはずだ!」
声が少し裏返ったが恥ずかしがってなどいられない。
「はぁ・・・私から話すことは以上よ、あとは後ろの御三方にでも聞いたらどうかしら。」
アリスの横に伏せた目線の先には、先ほど捕えらここへ放り込んだ甲冑の兵士が三人、武器と鎖、それから枷を手に待っていた。