王政問答
ミレディは掴んだ胸倉を強引に捨てると何事もなかったかのようにスカートの裾をひらりと
回し踵を返して席に戻る。
倒したはずの椅子は城の従者が元に戻しており、
ミレディは感謝することもなくスカートを椅子の間に巻き込まないように片手で太ももお抑えながら
座った
悪態に継ぐ悪態に不躾な物言いの連続で姫というにはほど遠いと思っていたが
時折見せるしおらしさは王を王たらしめんとする威厳と風格を感じずにはいられなかった。
「馬鹿な男。この世界の決められたルールに従うことを恐れ、自らを焚き付けた戦火の炎を忘れることも出来ず。戦争が収束してなお、武力で戦い続けようとした男の末路よ」
「ゲームで統治された後も戦争を続けたってことは、戦争中に命を落としたってことなのか?」
「違うわ、王とは国の姿、象徴であって国の望む姿形ではない。先代ハートレリア国王は
国民によって暗殺された。世界のルールでもなく自身が望んだ戦争でもなく。
自分達だけが主張し虐げようとしたその剣で、守ろうとした国の民から殺されたのよ。」
言葉を失った。それは国の王、もとい父を殺された娘のミレディを思ってではない。
実の父の死の顛末を他人ごとのように声色一つ変えずに他人事のように話すミレディせいだ
「さあ、話は終わり。このくだらない話も、この茶番も不要なものばかり。私は意味のないことが大嫌いなの」
純白の椅子に真紅のドレスが揺れる
ミレディの我慢は限界のようだ
聞きたいこともまだあったが彼女の赫灼に燃える瞳が言葉を喉元で閉め抑えられる
どうやら彼女は相当に怒っているのだろう綺麗に手入れされている人差し指の爪を親指の爪でかきむしっている。
当然だ、国を挙げて戦争をしに来たのにその覚悟をないがしろにされて
城に招き入れられ、挙句の果てに緊張感のないゲームをさせられている。
怒らない理由を探す方が難しいだろう。
ミレディの怒り心頭の態度を見て、リーファは元々大きな目をさらに大きく見開き口をわなわなと
絵にかいたように吃驚しそれを隠すようにふわふわな両手で顔を覆ったが
アリスと、ルルティアはに変わらず凛とした態度で日の上がり始めた白光に溶けている。
グツグツと煮立つ岩漿のようなミレディとは反対に
海の静けさのような落ち着きのある二人の温度差にどう反応していいかわからず
自分も遠い目でたまたま居合わせた一般人になろうとした時だった。
「ミレディから見て意味のないことと思うかもしれません。
しかし私にとっても、アリスにとってもそしてユウマ様にとっても。
このゲームはとても意味のあることです。実はミレディ、あなたにとっても・・・」
ルルティアは白で彩られたコーヒーポットから紅茶を淹れ直しケーキスタンドから再びケーキを選び始める。
敵の大将の怒りの前であっても冷静さと丁寧さを欠かすことない姿は対立にふさわしい姫様だと感心していまったがその隣で
え!?私には!?とまたしても慌てふためくリーファは驚愕の顔で
長い縦耳をピンと伸ばし王女に嘆願のまなざしを向ける
「あなたにとってもよ」
と付け足すとマドレーヌを銀のケーキサーバーを使ってお皿に盛り付けリーファの前に置いた。
「私にとっても、というのはどういう意味でしょうか姫様」
アリスは山札からカードを配り終えるとミレディが先にカードを触るのを待ちながらソーサーを添えながら
カップに唇と付けた。
昨晩のジョッキで豪快に飲む姿とはまるで別人だ。
「ええい黙れ!興味がない!他人の意味なぞに!」
再び声を上げたミレディは怒り共に純白の丸テーブルに拳を落とした。
叫び声に似た怒号と共に鈍い衝撃音が園庭に広がり木々から休んでいた小鳥たちが一斉に飛び立った。
「良いか?今日ここに来たのは私の選択であり、私にとって意味のあること、
私の他人の意味など知ったことではない。他はどうでもよい。どうでもよいわ!」
おさまらない怒りは一度も口をつけていないカップを薙ぎ払い
足元のタイルにたたきつけられた陶器のガシャンという音と共に粉々に砕け散った
入っていた紅茶はタイルの溝を伝い階段へ流れていく
伏せた顔の表情を隠すように真紅の髪が前に垂れ震える拳だけが彼女の感情を
読み解く術となったが何が彼女がそこまで必死にさせるのか解らなかった。
再びびっくりしたリーファはその場で後方に宙返りしそそくさと自分より体の小さなルルティアの背後に隠れた
本来守るべき姫を盾にしてどうする
と問いたいところだがこの重い空気感ではそれどころではない
全員がただその揺れる拳に目を落とした。
「アリス、お前が安易に決めた世界のルールでどれだけの人間が理不尽に振り回され
苦しんでいるかわかっているのか。
多くの人間の不幸せの上に自らの幸せを築く覚悟がない前たちが私は許せない。
お前たち言う平和は、辺境の地で苦しむ者に目を背け、自らを慕う者達に施しを与え喜びを謳歌する
偽物だ!。」
「この世界に血が流れなくなったルールを作ったことを私は間違ったと思っていないわ。
ゲームで解決できる世の中にしたのに武力による王政権を握ったのは貴方達ハートレリアでしょ!?」
アリスも何処か癇に障ったのか見覚えのある不機嫌な口調で反論した
「血は流れずとも涙が絶えず流れる世界だ。私が剣を握らずともな。
幸せとは多くの不幸の上で成り立つ。どれだけ綺麗ごとを並べてもそれが真実だ。
私はそれ自体は美しい自然の摂理だと思っているがな」
「何が言いたいわけ?」
「綺麗なものだけを周りに置いてあたかも世界は綺麗なものだと勘違いしてるリーフリリアの連中に反吐がでるのよ。汚れた者達の傷跡や、血なまぐささに蓋をして幸せを満喫する。
自らの選択で犠牲にしてきた者、不幸にしてきた者達にも目を向けろと言っているの。」
落ち着きを取り戻してきたミレディは子供にやさしく言い聞かせるように話始めたが
今度はアリスが立ち上がり声を荒げた。
「ジョーカーが勝手に王政権なんて作ったのが原因でしょ!リーフリリアだって被害者よ!」
「被害者とは言い様よねぇ、・・・もういいわ。どうせアタシが全てを手にするのだから。
ルルティア?ゲーム以外で死ぬことのない権利だったかしら?
自分達だけでもルールにしがみついて生きようとする意地汚さが透けて見えるわ」
「言わせておけばアンタねぇ!」
「アリスっ!」
食って掛かる勢いのアリスを抑制させるルルティアの声量は今までで一番大きく
その一声に瞳孔を大きくしていたアリスも見てわかる程のため息を肩でつくと再び席に着いた。
「ゲーム以外で死ぬことはない権利、これは私が決めた権利です。
他の国が決めた権利と比べれば、保守的ですし変革をもたらす力もありません。
ですが、守りたいもの、守るべき者達を守る力、それは私が必要とする力です。」
ルルティアの瞳は一点にミレディだけを捉える。
「守るべき者達か。声に出して言いたい清らかな言葉。でもその守るべき者達っていうのに後ろの耳長娘も含まれているのかしらね?」
ミレディはルルティアの背もたれから顔を覗かせるリーファにニタリと不敵な笑みを浮かべると
またしてもリーファはキュッと小さくなりルルティアに隠れた。
それでも特徴的な長い耳は隠れ切れておらずルルティアにうさ耳が生えたように見えちょっと愛らしさがアップした。
うさ耳王女はその愛くるしさで唇をキッと閉じテーブルの前に添えていた手の甲にもう片方の手を添えた。
「他はどうでもいいんだろ?ゲームに戻ろうぜ?」
ここにきてユウマが口を開きミレディの気を逆なでするような挑発的な言い方をする。先ほどからテーブルの席にいなかったのはミレディが割ったカップを丁寧に広い集めていた為だった。ひと作業を終へ立ち上がると破片を回収しに来ていたメイドのトレイに乗せ、謝るメイドに照れ隠しながら手の平で相槌をしながら席に着いた。
「いたのか俗物、様になっていたから使用人かと思ったぞ」
「ああ、仕事がもらえて何よりだよ。チップもはずんでもらえるならもっとテキパキやるさ」
「そう、じゃあお前の首を撥ねる時にでも掃除を頼むとするわ」
4人は再びテーブルを囲んだ




