陽溜まりの紅
―――リーフリリア正門
城の門構えは戦が消えたことでその役割を終えたようにツタが張り巡り眠っているかのようだった。
城下町へとまっすぐ広大にに敷き詰められた石畳はそれらすべてを覆い隠すように
生い茂った木々が石畳を覆いつくにトンネルが出来上がっている
「相変わらず、くだらない場所ね」
そよ風に枝を揺らす若葉を人差し指と中指で摘むと握るようにむしり取ったそれを風に返す。
「今日もいい天気ですねミレディ。おこしになるなら前もって言ってくだされば、
おいしい紅茶と得意の焼き菓子を御用意いたしましたのに」
ミレディは石畳に揺れるこぼれ日を鬱陶しそうににらむと、
その目はそのまま門前に堂々と構えるルルティアに向けられる。その横にきょとんとするユウマには一切目もくれない
「結構よ、あなたの入れる紅茶、焼き菓子には合わないわ。
そんなことより今日は話があってきたの。」
「まあ、なんでしょう。友人として出来る限りのお手伝いはさせてください。」
他愛のない会話、だが空気と環境が常軌を逸していた。
リーフリリアの正門前にルルティアが森閑にたたずみ使用人が両傍らに2名ずつ控え
使用人達全員が金属製のヒーターシールドを臍の位置に構えている。
そよ風に揺れるシフォンのような柔らかなメイド服には
あまりに無骨すぎるその盾は違和感でしかない。
対するミレディも誰もがその目を釘付けにする蠱惑的な体と、
陽光すらかすむ美しさをの裏に赫甲冑の兵が炎のように雄々しく揺らめき列を成す物々しさも
また違和感である。
その者達は同じ大槍を懐に控え、上の翠を穿かんと高く垂直に構え命令を待つ。
「王政権をこの私に渡しなさい。もう貴女と戯れは飽いたわ、最弱の国にこれ以上時間をかけていられなくなったの。」
「まあ、お忙しい身なのにわざわざお越しいただいたのですね。ですが以前にも申し上げた通り
王政制約権はお渡しできません。たとえそれが友人の頼みでも。」
ミレディの不愛嬌の物言いに柔らかい笑みを絶やすことなくルルティアは答えた。
「ルル?これはお願いでも頼みでもなく警告、そして命令。私が兵を連れてきた意味、わからないわけじゃないわよね?」
冷たい声色でささやくとミレディは石畳の感触をヒールの底で確かめるようにしたたかにゆっくりと一歩、二歩と前に進む
メイド達は盾を構え一瞬前に出ようとしたが
手を小さく横にひらき目伏せしたルルティアにその行動を咎められた。
ミレディがルルティアまで一歩先というところまで差し掛かった時
茂みや森の幹から大きな無数の影達が一斉に飛びかかってきた。
その物陰達に甲冑たちはたじろぐことなくミレディの指示を待つ
ミレディは一瞬動きは止めたがそれらを意に介さないといった具合でルルティアから視線を買える子ことなく愛おしそうにため息をついた
「どうも耳障りな音が辺りからすると思っていたけれどやはり、お前たちだったか」
ため息に伏せた目に刃が光る
ミレディを含む紅騎士達も含め全員取り囲まれた
それは人の姿をしながら猫の耳を生やし剣を持つ者、恵まれた体躯の大男に山羊の角を生やし斧を持つ者、獅子の鬣生やし弓を持つ者、狼の牙を剝きだすもの。
姿形こそ人間のそれだが、獣のような低い姿勢と毛並みに覆われた体、筋肉量に恵まれた体格はまさしく半獣種と呼ばれる種族達であり
ミレディの喉元に向けられた刃は獅子のたてがみに身をやつした半獣種の矛だ。
「この森、この国は我々の領域、我らが姫への手出しは許さん!」
猛獣のように低くうなり刃より鋭く睨む
「半獣種の皆さん!、武器を下してください。私は大丈夫です。ミレディもどうかお気になさらないでくださいね」
ミレディはルルテイィアの言葉を聞くでもでもなく臆することなく向けられた刃に喉元を寄せていく
「獣の分際で私に声をかけるなんてそれだけで打ち首ものなのに刃物を向けるだなんて、はく製にしてその領域とやらにオブジェクトとして飾ってやろうか。この殺風景な国も少しはユーモアになると思うわ。」
そういって刃をのどに押し当て微笑むと細い腕で矛を掴みグイッと自らの胸に押し付けた。
深紅の布地に覆われた豊満な部位はいびつに歪み反りそして逃げるように跳ね打つ。
「この世界は盟約によって他人を傷つけること、傷つけられること、は一切出来ない。未だに
躾も出来てなければ学習も出来てないのね」
ミレディは細く長い指先で矛先をはじくと氷の薄板でも折るかのようにいともたやすく鋼は砕け石畳に絶命の声をまき散らした
刃を体に押し当てた時も指先ではじいた時も明らかに不確かな何かの力が働いているように見えた
がそれを追求できる余裕があるほどの場の雰囲気ではなかった。
「あぁ・・・でもこれは人に適用される盟約であって、人のなり損ないには適用されるのかしら。少し興味がわいてきたわ。」
それまで半獣種に囲まれ微動だにせず控えていた赤の兵士たちが一斉に大槍を前方に突き出すように構えた。
武器を構えていた半獣種達も一瞬後ずさりこそするが、むき出しの牙を収めることはなく、一触即発の空気が鳥のさえずる森に張り詰めていきその空気がいっぱいに満たされた時だった。
「ゲームをしましょう!!」
両手を合わせ思いついたかのようにルルティアぱあっと明るい表情は普段に増して晴れやかに無垢なる笑顔で周囲に言い放った。
曇天に吹いた突風に太陽なような彼女の言葉と眩しい笑顔に
半獣種達もミレディもすぐさま返す言葉が出ず両名困惑の顔で眉が下がる
研ぎ澄まされた互いの殺気は次第に木漏れ日に溶けはじめた。
「はぁ・・・わかってないわね。ルルティア、
私と赫兵たちには生かすも殺すも自由な権限を持っている。
貴女のような平和ボケに飛んだ願い王政としたせいでここの半獣種達すら人質になりうるのよ。私と貴女ではすでに戦う土俵が違うわ。」
リーフリリアのゲーム以外で死ぬことはないという権利
それは生存にのみ一点特価した力でありミレディのような生と死をつかさどる強力な能力でもなければ応用できる器用さや柔軟さもない。圧倒的に及ばない力。
「戦うだなんて。私はただゲームをしようとお誘いしているだけですよ。ゲームはポーカーなんてどうでしょうか?先程まで私も皆でポーカーを―――」
「人質を目の前に遊戯に誘うなんて貴女も気がふれたのかしら。その気になれば―――」
ミレディは首元に再び刃を向けてきた半獣種を無視しルルティアに再び迫ると
彼女の細く小さな顎に片手を添えクイッと持ち上げ
炎のような殺気のある瞳ではなく氷のような無垢で無感情のような目で見下ろす。
頭一つ分ミレディが背丈が大きくルルティアを丸ごと取り込んでしまいそうになるほどに覆いかぶさる形で彼女に迫ったが
ルルティアは慄然するわけでもなく怯えるでもなく夜空の星を見るような澄み切った表情で大きな瞳いっぱいにミレディを取り込むと顎に触れられた手を嫌がるわけでもなく正面切って会話を続けた。
「ここに来た別の目的が御ありなのではありませんか?」
「何ぃ?」
ミレディは片目を細く、もう片方の目を大きくした。
「ここで私や、他の者たちを傷つけてもミレディの目的は達成されるとは思いません。
もし武力行使によって王政権を得た場合。
リーフリリアとハートレリアの戦争は他の2国に付け入る隙を与えると思うんです。
互いに勢力をぶつけ合えば国は疲弊しなおのことです。それも他二国に近いハートレリアが狙われる可能性があります。」
「疲弊だと?笑わせるな、始まるのは一方的な蹂躙だ、私の赤の兵団は疲れ知らずの
精鋭ばかりだ。半獣種にすら夜通し戦える!」
ミレディは口角を限界まで開き氷のような瞳には再び炎のような狂気が揺らめいた。
だがそんな悪魔を前にしても森の女王は臆することなく続ける。
「では仮に一方的に私たちを蹂躙したとしましょう。それがスペードフォルシオンの耳に入れば
スペードフォルシオンの王政権である「平等にする権利」を持って彼らも武器を持ち使う事が可能と判断し攻め入ってくるでしょう。
とはいえ何も得られず帰国することがあれば面目もたたないと貴方なら考えるでしょう。
それだけではありません。
ダイアモンドダイス、スペードフォルシオンに隣国に諭され撤退した情けない国と過小評価されてしまうかもしれんませんね」
「なっ!!、ルルティア・・・お前どこまで・・・」
「そこでゲームです!ゲームをして勝った方がなにか一つ相手に頼むというのはどうでしょうか?。」
「いいこと?今この瞬間でも私はお前の首を跳ねられる位置にいる。私が有利なこの状況を投げ打ってまでお前とのゲームに興じることに何の利点がある?それも賭けるものも≪頼みを聞く≫?
曖昧で不確か。交渉はおろか命乞いにすらなりはしないわ!」
すらすらと言葉をつづるルルティアにミレディはいら立ちを覚えていた
「利点はあります。仮にここでゲームをせず武力抗争によってラプソルティズンがあなたの手に渡ると知れたら
他の二国は大々的に組みハートレリアを滅ぼしに来る可能性があります。
なぜなら大きな力を持った国を前に他国同士が戦うのは考えにくいですし
敵の敵は味方なんて言葉があるくらいですからね。
ですがいう事を聞く頼みごとを聞くという条あれば借りにラプソルティズンが
ハートレリアに二つあるとしても
ゲームによって勝ち得たのか、話し合いでの降伏で成し得たのか真相はリーフリリア、ハートレリアの両国にのみわかる。ここで無作為に戦いあうよりずっと平和で健全的な話だともいます。
つまりはこうだミレディ率いるハートレリアの国がラプソルティズンを脅迫や脅しで奪うようなことがあればスペードフォルシオンも同じ手を使ってハートレリアに攻め入る可能性がある。
この世界のゲーム以外の戦いは禁じ得た世界の中で脅迫という概念が可能な場合
スペードフォルシオンの盟約。「互いの権利を平等に使うことが出来る権利」が適用されるからだ。
ましてや財政面的に援助をしているダイアモンドダイスがスペードフォルシオンを支援するのは道理。強力な力を有した国が一つできれば徒党を組むのも当然のこと
ゲームによってラプソルティズンを要求してしまった場合は
リーフリリアの国でリーフリリア王女の提案したポーカーを受けることになる
武力での介入を目的としていたミレディにとって物欲しさに相手のゲームを素直に受けるにはあまりに準備不足、これで自信が負けた場合相手の頼みを聞くという効力がどの程度あるのかもわからない得体のしれない要求をのまされる可能性もある
こちらでゲームを選び挑んでも賭けるものを選べない以上、その辺の葉っぱを互いに賭けるなどはぐらかされてゲームそのものの意味がない。この世界は勝負する際挑まれる側が有利なのだ。
じゃあこのまま何もせず帰るか。
冗談ではない。軍勢で迫り武力を武器に一方的に攻め入った結果相手の国の王女に諭され
何もせず何も得ず帰ったとなればそれこそ他国に愚かな国と揶揄され付け入る隙を与える
強攻策にでれば軍事力で力を持つ他国に脅かされ
返れば無策の無能国と揶揄され
盟約を賭ければ相手の指定したむこうが何か裏がるであろうゲームを受ける
こちら国を挙げてゲームをしに来ました賭けるものはそちらでどうぞなんて童話の絵本のような話が出来るわけもなかった。
「くっ・・・とんだ化け狐だ。私が攻め入ることすら想定内か?」
ミレディは苦虫をかみつぶしたようにその美貌を湾曲させ嘔吐のように言葉を吐き連ねた。
「いえいえ。ただこの国を守るためにどの国が攻めてきても迅速に対応できるように日々思考を巡らせているだけですよ。」
ルルティアの花畑のような柔らかく温かい口調は終始変わらず誰もがその言葉一言一句から耳を背けることは出来ずにいた。
「どうします?ポーカーしますか?。昨日おいしいお紅茶が入りまして良ければそちらもご一緒に」
「一つ言っておくわ」
「お砂糖の数ですか?」
「違うわよ!ゲームはポーカーで構わないけど、私は盟約を何一つ賭けはしないし
話をするだけ。それ以外の要求は飲まないわ。」
「もちろん!私もそのつもりです。さあそうと決まれば早速お茶の準備ですね!」
両国の姫君はさっきがかすかに残された優しい陽だまりのなかをともに歩き
眠れる扉のその先へその場のすべての呆然とする戦士を置き去りに城へと入っていった
獅子の半獣種が声を荒げる。ほかの半獣種も耳や尾を垂れ。不安と動揺を隠せずにいた。
こぼれ日に鈍い光を返す虚飾の甲冑は石像のように身動き一つとることはなく王たちの背を見送った




