霞の森の朝
翌日ユウマは早々にリーフリリア城を訪れた。
太陽が木々の葉全体をまだ照らさない時間。
理由は他でもないルルティアとの昨晩の謁見で、話の真意を本人に確かめたかったのともう一つ
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
謁見という名目で来ていたのでてっきり段差あって壇上の上に姫様がいて自分は立膝をついて
なんてものを想像していたがそうではなかった。
段差も隔てりもない昨晩の応接室と呼ばれる広間で二人だけ。
日も新しい朝日が強く絨毯を照らす
「まあ、眠れました・・・それと昨日はご馳走様でした。おいしかったです。」
今朝は思いのほか静かに始まり異世界生活初めての朝にしては驚くほど平和で色のない朝だった。
「そうですか、それはよかったです。昨晩は色々とありましたでしょうし。今日はゆっくりなされて城下町を見学なされてはいかがですか。?」
ルルティアはふわりと笑ってみせるとゆっくりと落ち着いた物腰で話す。
小さな体は窓際に落ちる朝の差ざしによって照らされ、可憐にも弱弱しくユウマの瞳に映った。
「いえ、今日は姫様に聞きたいことがあって・・・」
「まあ、なんでしょうか?」
ふんわりとした雰囲気そのまま小さく首をかしげて見せる。
「姫様。姫様は何度も隣国に誘拐されその度にアリスに救われてるって本当ですか?。
それとこの国がピンチってもしかして権利的な力が弱いからですか?」
単刀直入に切り込んだ。
別に今すぐ自分はこの国に身を置いて国に貢献だとか、国の英雄だとか、今はそういうものになりたいわけではない。
単純な興味からだ。だがもしかしたらこの国の民になるという前提でことを進めるのなら、
自分が住む国の統治者に今後の方向性を聞いておくに越したことはない。
当然おいそれと此処に住むわけにもいかないが情報不足な以上ここの統治者に話を聞くのが一番だ。
「本当です。私は過去に何度かハートレリア国の誘いを受け、
結果誘拐という形で助けられています。」
ルルティアは悪びれた素振りもなければ伏せた表情をするでもなく
その瞳は真っ直ぐにユウマを見つめた。
「何故ですか?なにか意図でもあるのかそれ相応の理由でもなきゃそんな誘拐犯に何度も捕まるようなことはありえない思うんですけど」
「意図はありません。困っている。助けに来て欲しいと言われたから助けに向かっています。
人がこまっていれば助けに行くのが人間です。助けることに理由はいりません。」
先程までのふんわりとした印象はない。落ち着いていながらも柔らかな瞳は日差しを受けても眇めることもなくこちらを直視している。
「でも何度も捕まってるなら流石に騙されてるって学習しないと姫様だって...」
「ルルと御呼びくださいと言っているではありませんか」
柔らかい口調に戻っている。にっこりとほほ笑むその笑みに思わず言葉が出ない。
とはいえ、以前にも昨晩と同じようなことが何度か起きているということへの疑問が消えたわけではない。
この世界がゲームで決まるという内容であれば当然駆け引きや嘘、騙し合いなんてもの常識のようなものだ。それはもちろんこの世界に限ったことではない。
国と国、敵同士の戦いなんてものはいつの時代も騙し合い、裏切りの連鎖によるものだということは自分の世界でも暗黙のルールのようなものだ。
「実は私もユウマ様に御話がありまして。立ち話もなんですからこちらへどうぞ?」
ルルティアは応接室から繋がるガラス扉を抜けるとバルコニーの細く伸びた足場を進みむと外のテラスに案内された。
そこの白のガーデンテーブルに見覚えのある二人の姿
「お!ユーマ様おはよう!」
こちらに気付いたのはリーファ
朝から零れんばかりの双方は激しく手を振る動きに翻弄され波打っている。
もう一人はこちらに背を向け振り返りもしないが金髪に見覚えのあるフリルからアリスだと一目でわかった。
四人が小さなガーデンテーブルに膝を突き合わせるとルルティアはパチン手を合わせ、笑顔で言った。
「四人でゲームをしましょう!」
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「いや、いや姫様!俺、まだ話したいことが・・・」
席に着くなりトランプを取り出したルルティアは「まあまあ」と宥めるようにしながらゲームを進行させる。
話をうやむやにされながらも聞きたいことはどんどん頭の中に出てくる。まるで物覚えを学習し始めた子供の様に「なんで?どうして?」という念ばかりが頭の中に駆けてきては
とりあえず今は我慢という自制の念で抑えとどめていた。
「おはよう、昨日は半獣種にあった?」
アリスは昨日より少し表情が明るい、どうやら昨日よりは機嫌はいいみたいだ。
「いや、会ってない。というよりすぐ寝ちまったからよくわからない。」
トランプを切り終えたルルティアはカードを五枚ずつ4か所に配るとそのカードをテーブルに置き話に混ざる。
「ユウマ様は森のログハウスに御泊りになったのですね。カジュードの皆さんは警戒心が強いですからね・・・きっと物陰から見ていたのでしょう。」
「えぇ!ユーマ様昨日あの家に来てたんだ!私も森のみんなと会いにいけばよかったよー」
並べられた5枚の山札から適当に懐に引き寄せ、カードを眺めながら楽しげに話すリーファ。
「そうか、カジュードってリーファもその一族だったのか・・・って勝手にカード配らないでくださいよ!」
「ふふふ、聞きたいことがあるのですよね?・・・
ゲームをしながらでも出来るではありませんか。聞きたいこと、気になる疑問の一つにこのゲームはユウマ様にも意味のあるものかと思いますよ。
それにお昼に城下町に行きますのでその時に街をご案内しようかと思いまして、その時にもユウマ様の英雄伝を聞かせて頂きたいと思いますので焦らずとも時間はたくさんありますよ。」
「いや、別に武勇伝とか全然ありませんから」
しかしルルティアの心を見通すような言葉に本来の目的の本質を再確認した。
その本質とは単純な疑問。
この世界においてそのゲームとはどれほどの難易度なのか。ということである。
そこから自分はどのレベルなのか。どこまでそのゲームと呼ばれる土俵で戦えるのか
そしてリーフリリアは自らゲームで世界の統一を行わないのか。
1つの疑念から木の枝のようにいくつもの疑問に派生をすれど
根っこの部分は【この異世界での難易度】である。
ゲームで物事を決める世界である以上難易度が存在し、それを得意とするもの、得意としないものが存在すると仮定していた。
そして自分の頭脳がそれに対抗しうる力なのかも試してみたいと考えていた。
及ばない力なのなら当然何かしらの手立てを考えなければならない。
その疑問の他にもう一つ。
なぜこの国はゲームを挑まないのか。
この世界の歴史によれば
アリスは世界をルールによって統治した英雄。つまりこの世界の創設者といっても過言ではない。
それに加えてリーファの透視能力。これは列記としたチートに類する。
事実先日のゲームのイカサマでをリーファは見抜いている。カードゲームを行う上で透視なんて横暴な能力を前に対抗策などない。
これだけの実力者と能力者を有した国でありながらなぜリーフリリアが他国から脅かされているのか疑問だったのだ。
分からないこと知りたいことはまだまだあるがとりあえず把握しなければならないことの優先順位はそれだ。
「なぜ、分かったんです?俺が知りたかったことが。」
「さあ、なんのことでしょうか?。トランプでも楽しみながらお話するとしましょう。」
ルルティアはわくわくとした様子でゲームをはやく行いたいといった感じだ。
「はぁ・・・わかりましたよ。でも俺が勝ったら質問には全部答えて貰いますからね。」
「わかりました。では何をしましょう、ポーカーでどうですか?」
「ポーカーにしましょう。」
正面のルルティアに対してその隣にいるアリスが手札を見ながら会話に割って入る。
「俺の話は無視かよ!いーよ何でも大体リーファがチート能力持ちなんだから意味なんてないだろ。」
「ちーと?リーファは乳製品じゃありませんよ!」
「いやチーズじゃないよ!チートな!」
しかしぷんぷんと怒るその乳製品はなんともどしがたい程のチートだ。
などと言葉にすることもなく。
「それにしても四人でトランプなんて久しぶりですねなんだか懐かしい。」
「俺の代わりが他に誰かいたんですか?」
手札を確認するも良いカードは来ず、本来何かを賭けるはずのポーカーが
今は何も賭けるモノもなく緊張感に欠けた緩やかな空気がバルコニーに流れる。
「一人変わった帽子屋がいてね。今はどこにいるのかもわからないわ。」
「ユーマ様と同じくらいの男の人ですぅ、気分屋で・・・でもいい人です!」
説明するもオーバーリアクションは絶やさず
「おいおい手札手札。」
「おっと。えへへ」
手を上にあげるリアクションでリーファの手札が丸見えになる始末。
流石チート能力者だけあって余裕が窺える。
「本題に入りますけど。この世界を統制しない理由はなんですか?聞いた話じゃあ他の国はすでに戦争を始めているんですよね。」
「はい、表面的な活動こそ見えていませんが三国は大きく動き始めています。しかしながら私たちの国は森全体が盾のように覆い背は海に囲まれています。侵攻される心配はありませんし。侵攻する必要も私はないと考えています。」
ルルティアは手札を確認しながら柔らかく話す。
「でも、それじゃあいつか攻め込まれたときに対策が出来ないんじゃないですか?この国の王政制約権でゲーム意外で命の駆け引きがないかもしれないけどそれはあんまりにも―――」
「不用心。」
言葉を挟むのはアリス、言葉の続きはアリスのそれなのでその毅然とした態度に反対したくも賛同せざるを得ない。
最もそれは回りくどく言っているだけで、平たく言えば【甘い】
「アリスのいい言いたいことはわかります。そんな私の考えで貴女に迷惑をかけていることも。
しかし、それでも、私は人の善良な心を信じたいのです。きっとミレディもわかってくれるはずです。
奪い合いでなくてもお互いの思いをしっかり伝えあうことが出来れば、必ず平和な世界を築けまるのだと。」
ルルティアは胸に手を当て雄弁に語って見せた。
「姫様・・・私は迷惑などと一度も思ったことはありません。
以前にも何度か御話しましたが平和を願う気持ちはわかります、
ですが戦わなければならない時は必ず来ます。
これは立派な戦争。その時に私達が何の準備も出来ていなかったらこの平穏も、この国の民も危険に晒されるのですよ?」
「平和は好きですけど怖い目にあうのはいやですぅ」
アリスもリーファもルルティアの気持ちを汲み取りながらも不満を隠せない。
「ま、まあなんとなくこの国が戦争に参加しない理由がなんとなくわかった・・・
それに姫様が言うことも一理ある。」
手札を捨て、山札からカードを拾いながら
「平和な世界を築きたいのは多分どの国も同じだろうさ。でも相手の国を力で制圧しながら平和主義の旗掲げてたんじゃ説得力ないわな。」
「それはそうだけど・・・」
ため息交じりにアリスは言葉を濁す
「でもよくそれで今までやってこれたな。国民の中で反乱とか起きないのか?俺の元いた世界じゃ相手が武器を手に取ったらこっちも同じように武器構えるもんだけどな。」
「姫様の国民の支持率は100パーセントなのよ。姫様が戦わないと言ったら戦わない。
それに一人でも国民が領土を出て戦いにでも行こうものなら相手国の思うつぼ、攻め込むいい口実になるわよ。」
アリスとの会話に思考が付いていけてない様子でリーファは耳をぺたんと前に畳みふさいで首をかしげてしまった。
「支持率100パーセントってのはすごいな。でまあ、それで俺を呼んだと。」
流れ作業にも似たポーカーだが、だれが合図するでもなく四人の手札が決まり一斉に見せる。
勝ったのはルルティア。
しかし特に誰がどうリアクションをするわけでもなくゲームは淡々と進行する
「確かにこの国の戦争に関係ない部外者なら勝手に戦ってくれればそれで丸く収まるもんな」
「そんな簡単な話じゃないわ、確かに私達に今の現状を打開する策がないのは確か。だけれど、こっちだってずっと策を模索してる。ゲームなんて聞こえはいいけれど結局は血を見ない戦争の延長、戦争の手段、道具としかみていない。
先駆けとなる切り札もエースもない。今は守ることに徹するしかないのが私達が戦えない理由。
他人任せにするつもりはないわ、ただそれでも人手が足りないのは認めるわ・・・」
皮肉にも発した言葉だったがアリスはそれを気にする様子もなく手札の配当に困っているのか今の現状に困っているのかしかめっ面を手札で隠した。
「エース・・・か。それこそゲームの実力者を探すとかあるだろ。
国中でゲーム大会だ天下一武闘会だか開いて戦力を整えることだってやれることはあるはずだ。」
ユウマの手が止まっていることを誰が言うわけでもなく、三人は話に耳を傾け始めていた。
「この国最強の実力者なら目の前にいるわよ、それと第二位もね。」
「前に開いたゲーム選定戦大会をリーフリリアで開いたのですぅ!。
で、一位は姫様、二位はアリスなのですぅ。」
リーファが声高らかに助言すると姫様は少し恥ずかしそうににっこりとほほ笑んだ。
「え!?姫様がこの国で一番ゲームに強いのか?
こういうのって姫様が一番ひ弱で亀の大魔王によくさらわれたりする設定がデフォなんじゃないのかよ。」
「え、いや何の話よ・・・いい?姫様は過去のゲーム大会で他の選手を寄せ付けないくらい圧倒的に強い、当然それはこの国だけじゃない、この世界全土の中でも十分に通じる強さよ。」
「マジか・・・じゃあこのポーカーでも・・・」
なんとなく会話を挟みながら続けていたポーカーの勝負を再開する。
駆け引きが何度か行われ、勝ったのはルルティア。
その後なんとなしにゲームを二戦、三戦とするが一位は全てルルティア。
ポーカーというのは本来賭け物があって初めて駆け引きが出来る心理ゲームである。
配当されるカードは全くもって運でありほとんど実力は存在しない。
そこで勝負となるのが賭ける物、通称「ベット」や「レイズ」といった賭け金による心の揺さぶりである。
例えば自分のカードが弱くても賭け金を決める際に大きな額を提示したらどうだろう。
相手はこちら側が強いカードで勝負に自信がある手札が揃っているから強気の額で勝負しようとしているのではないかと考えるだろう。
さらに相手が提示してきた額に対して自分は、同じ同じ額かそれ以上の額を必ず賭けなければならない。
もちろん勝負をしない選択もあり
その場合は最初の賭け金だけを失うだけなので被害は少ないのだが
いざ勝負から逃げてみて、結果相手のカードを見たら自分のカードの方が強かった。
なんてことはざらにある。
そういう互いのばかしあい心理戦こそ醍醐味なのがこのゲームなのだ。
それを何も賭けず淡々とする運ゲームでどうしてこうも勝てるものだろうか。
ルルティアにもまたチートじみた能力があるのかと疑ってしまうばかりだ。
「す、凄い豪運ですね・・・」
「運だけじゃポーカーは勝てませんよ?。」
クスリとほほ笑み片目を瞑りいたずらに笑うルルティア、
他の二人も敗北に慣れているのだろうか、関心する様子も悔しがる様子もない。
ただリーファに関してはバルコニーの花壇に舞う蝶のはためきに興味が移っている様子でなんとも呆気にとられる。
「まあ確かにポーカーは運だけじゃないですけどそれは本来の賭け金があって言えることですよ
こればかりは運としか・・・」
ゲームに負けての負け惜しみではない。だがこの敗北は不思議で納得がいかない。
ましてや運だけではない。なんて言われた時にはそれこそ納得のいく答えが欲しくなるというものだ。
「仮に運だけじゃないとして、どうしてリーファにも勝てるんですか?透視の能力があるにも関わらず。」
リーファの成績は三位か四位。能力に何等かの制限、もしくは手加減をしたと考えるのが妥当だが・・・
「ポーカーっていつやっても難しいですよねえ。結局どうなったら勝ちなのかよくわからないですぅ。まあみんな楽しそうですから私もたのしいですけどお。」
手札を表裏へと返すのはリーファ。口をへの字にして不満げだが見えた手札はノーペア。
このハンドは事前にカードを一枚捨てて勝負していたハンドだ。
普通カードが5枚配られた場合ペアの出来なかったカードを捨て
すでに揃っている役を強力なものにするために山札から引き当てに行くのが定石のはずだが、
先程リーファが五枚持っていたうち一枚だけを交換していたということは交換に出さなかった四枚はペアになっている、もしくは役が出来ているとするのが常。
今持っている手札がノーペアでカード5枚中、1枚だけ交換に出すなんてことはありえない。
それをするということは。
「なあリーファ。このポーカーのルールわかってるか?」
「はい知ってますよ!。同じ絵柄のカードか数字を番号順とかに並べるゲームですよね!」
「ok。じゃあどうして今持ってる手札にペアが無いんだ?。
交換しなかったってことは残した4枚中1ペアくらい揃っててもいいはずだよな。」
リーファの手にもつカードを指差しその奇行を問う。
透視故の手加減か姫様を前に勝利など出来ないと彼女なりの礼儀なのか。答えはなんでもよかった。
しかし求めていた言い訳とはななめ上の反応と回答だった。
彼女はハッとし。そうだった、間違えた、いや間違えたのか?。いやいやそもそもどうすればよかったのだろと小動物さながらの細かい動きで混乱し始めた。
「待て待て待て!。ルールわかってんのにずっと負けてたのか?それとも何か、透視能力には制限でもあるのか?。」
「いえ、制限はありません。使いたいときに使いたいだけ使えます」
急に我に返るとキリッとした顔で答えた。
「リーファは能力に恵まれてるけれど有効な使い方が出来ないのよ。
穴掘りや逃走技術、危険予知はすごく得意な子なんだけれど、
ゲームに関しては勝ち方とかそういった戦術性なものがもすごく苦手なの。」
ティーカップを片手にアリス
「・・・詰まるところ・・・アホなのか・・・」
「違いますぅ!
ちょっと頭を使って考えると頭の中にお花畑と人参の妖精が出てくるだけなんです!!」
「それをアホというんだよ・・・」
頬を膨らませ長耳をピンと立てるリーファを余所に、
買いかぶり過ぎた彼女へのなんとも言えない期待の消失感がその腰を深く椅子に引きずり落とした。
「宝の持ち腐れってのはこのことだな」
「で、ですがリーファさんの穴を掘る能力は本当にすごいのですよ。それこそまるで滝本の水車のようにたくさんの土を巻き上げて、水に沈むように一瞬で地面を掘り進むことが出来るのですから。
私もリーファさんに何度助けられたことか・・・いつもありがとうございますリーファさん。」
すかさずリーファの株を持ち上げるルルティアだがユウマの耳から耳へと抜けていく。
「まあ、でもわかった。これなら後は姫様とアリスに勝てればとりあえず俺のこの世界でのレベルがおおよそわかるってもんだ。もう一戦やろうぜ。
次は負けないし元々ポーカーってのは賭けるものがあって初めて駆け引きが出来る。なんなら今晩の夕飯賭けて戦ったっていい!」
おもむろに散らばったカードをかき集めると元の山札に整え、適当にシャッフル5枚のカードを引いて見せる。
チーターと一緒の出来レースだと初めはやる気がなかったが、その正体がこんなちんちくりんと知れば遊び心もわいてくるというものだ。
「トランプなんて久々だけどこうして皆でやってみると意外と楽しいもんだな。」
手札を見る。カードは左から・・・
『「♦8、♠6、♦K、♣K、♥K』のスリーカードですね。」
こちらのカードへの目線に合わせて答案用紙の答えを呼称するルルティアの声。
当然ルルティアには手札の見えない位置。
凍りついたように手札を見つめ、ぴったりと彼女の呼称と同じ配置のカード達に目を配る
「まさか、姫様も透視能力の持ち主で俺のカード透視出来るんですか??」
驚きのあまり思ったことがそのまま言葉に出してしまった。
「いえ、私には透視等の超能力や特殊能力は一切ありません。簡単な暗記ですよ、暗記。」
ルルティアは細く白いその顎に指を添え笑顔で答えた。
「暗記・・・。え?あの暗記ですか?数字覚えるやつ?」
「はい。ユウマさんったらほとんどシャッフルをしていなかったのでなんとなく集めていた時にこっそり見ていたもので、からかってしましました。ふふふ♪」
柔らかい笑顔でとんでもないことを言う。
カードを覚えただと?
確かにポーカーで何戦も重ね散らばったカードを整え適当にシャッフルしただけだがそれでもカード達の順番を覚えるなんてのは面白半分に出来る芸当じゃない。カードはジョーカーを抜いて52枚もある。そんなことが人間に可能なのか・・・
「ちなみにその山札ですが上から♥の2、♥の8、♦のJ、♥Jでしょうか」
ゲームそっちのけで山札をめくっていくとルルティアの言った通りの順番でカードが並んだ。
「姫様は幼少の頃から数字遊びが好きで特にトランプを使ったゲームは臣下の者たちや町の人々とよく遊んでいらっしゃったからろくに切ってないトランプの中身くらいならお見通しよ。」
誇らしげにも少し嬉しそうに話すアリス。
「でも別に気を落とす必要はないわ、
姫様が特別記憶力が優れているわけで他の人でも全く歯が立たないから。
でもユウマが姫様にゲームで勝つ、なんて言うからもしかしたらと思って今日来てみればこの通り。やっぱり姫様には勝てなかったし。この様子じゃじゃあ救世主見込み違いって感じね。」
この言われようでも文句は言えない。効果音でもつけるなら≪ガーン≫とでも言いたいところだ。
自分はゲームによって磨かれた学習能力を武器にある程度戦えると思っていたが、
初戦で相手の虚をつくような特殊能力や異能の力などは持ってない。
コンピュータのような記憶力お化けには手も足も出なかった。
「繰り返し聞くようですが、それこそなんで戦に参加しないのですか?。
リーファと違ってゲームも理解しててそれだけ記憶力がいいのなら、きっとそれ以外にも戦いに役に立つ技能があるはずです。じゃなきゃ王女様なんて勤まらない。そうじゃないですか?」
半分憤り、半分挫折のため息混じりの問いにルルティアはユウマが集めた山札を一枚一枚手にとっては語り始めた。
「私はこの世界の戦いにゲームを用いられるようになったことを半分嬉しく半分悲しく思っています。嬉しいのは人々が血を流さずに済み傷つけあうことがなくなったこと、悲しいのは楽しかったはずのゲームで騙し合いや裏切りで多くの人の心が傷ついてしまうことです。
私は嫌なんです。こうしてみなさんと楽しく遊べるゲームなのに
それが国同士だと領土や権力の奪い合いの手段に変わってしまうなんて本当にむなしい話です。
他の国々が戦争や政権争いに自らの国の旗を掲げているのは知っています。
そんな紛争に紛れた世界だからこそあえて楽しく平和に国民の皆様と過ごしたいのです。」
手に持って見せたのはクローバーのクイーン。
その絵札の角を指先でなぞると小さく伏せられた瞳の中でそのカードはを山札の一番下に入れられた。
「情けない王ですよね・・・きっとこの国の民は私を愚王と思っている方もいるやもしえませんね。
戦えないなんて言いながらも周りの国の様子が気になって仕方がない。
アリスが一生懸命国の平和のために戦おうと勇者様を召喚ているのに私は力にならずその行為をとがめることもしない。本当に矛盾だらけで____。」
「それは私が勝手にやっていることですから姫様は気にしないでください。この国は必ず私が何とかしますから。」
頭を下げ、落ち込む姫の細い手をアリスは優しく包みあげ、口元で小さく笑って見せる。
それはいままで見たのアリスの表情で一番弱弱しい優しい表情だった。
普段ならまず見るこの叶わないであろうアリスのその笑顔にはどこか決意の意思さえ感じられた。
これだけゲームでの紛争に感情を大きく動かす二人を見ていれば今起こっている戦争とやらの深刻さも伺えるものだとわかる。
自分が知りたかったこの国のあり方が分かった気がした。
自分に何が出来て、何をするべきかという答えにも手が届きそうな、
そんな不確かな気持ちが握りしめた拳の中にある。
そして深刻は期を待っていたかのように訪れる。
突然バルコニーのガラス扉が勢いよく開く。
開きざまにそそくさと何人ものメイドの従者たちが入室しルルティアの横に首を一列に揃えた。
「姫様、申し上げます。現在隣国ハートレリア国王ミレディ王女が兵を揚げて本国に侵攻してきてました。戦旗を確認。本格的にこちらに攻め入るつもりかと思われます
・・・もはや戦闘は回避できないようなまでの過去に類を見ない兵の数です。」
ルルティアは添えられていたアリスの手を彼女の膝元に戻すと静かに立ち上がり従者に告げる。
「分かりました。まずは国民の皆様に急いで知らせてください。出来る限り民を城内に避難させてください。全員は無理かもしれませんが出来るだけ多くの人を入れてください。
私の部屋と王の謁見部屋も解放します。それでも入りきらないのであれば城の庭でも一時的に避難させてください。」
堂々としたその指示は、先ほどまでの柔らかい物腰の少女ではない。
人が入れ替わったかのようにはっきりと冷静に迷いなく従者に指示を出していた。
「リーファさん、このことを半獣種の皆さんに知らせてください。
くれぐれも武器を持ったり敵意の見せてはなりません。
私がミレディと会うまでは絶対に隠れていてください。」
「え?た、戦い!?。りょ、了解です!伝えてきます!」
先程までぽあぽあと陽気のこぼれ日に酔っていたリーファもルルティアの王の振る舞いに驚きながらもしっかりと答え、バルコニーの手すりを飛び越え森の方に颯爽と駆けていった。
「姫様、三器の準備を。」
王の振る舞いに当然と付き従う臣下の姿はさながら金髪の戦乙女であった。
空気が一変し生暖かいそよ風もその緊張に、木の葉が啼きはじめていた。




