女吸血鬼
宿の部屋には、干し草を詰めたベッドと木のサイドボードがあるきりだった。
土臭さが鼻をつく。かびも生えているらしい。
開け放たれた扉の前で燭台を掲げていた男は舌打ちをした。
「ぼったくりやがって。……あんたもこいよ」
男は扉の外へ声をかけた。
扉の外にいた男の連れが室内に歩を進める。蝋燭の明かりがその姿を照らし出した。
十代半ばの少女だった。
襟ぐりの閉じた長袖のブラウスに、丈の長いスカートを履いている。黒髪が肩をしなやかに流れている。服にも髪にも埃っぽさはない。清潔に保たれているのが蝋燭の明かりの中でも見て取れた。
男はサイドボードに燭台を置いて少女と向かい合った。
少女ははにかんだ。
「どうした?」
「照れてしまいました」
「初めてなのか?」
「違います。でも慣れていないから、緊張しているんですよ」
「そうは見えないな」
男は少女の腰に腕を回して抱き寄せた。少女の首に唇を当てる。肩にかけてのカーブをなぞり、鎖骨のラインを味わった。
少女は男の背中に手を回す。男の胸に顔をうずめた。
「いいにおい」
男は胸元にある少女の頭をゆっくりと撫でた。
少女が顔をあげた。微笑んでいた。わずかに身を離して手を伸ばす。
少女は男の首に腕を絡めた。少女の胸のふくらみが男の体に押しつけられた。背伸びをした少女の顔が男の顔に寄せられていた。
息がかかるほどの距離で男は身じろぎもできず、少女の瞳に見入っていた。
少女の口角が持ち上がる。唇が弧を描いた。その唇の端で牙が覗いていた。
黒い瞳の中で蝋燭の炎が揺れた。
「いただきます」
少女は男の首筋に牙を突き立てた。
牙が男の皮膚も肉も貫いて血管を破る。あふれ出した血液が少女の口に流れ込んだ。
「ぐっ」
男は反射的に少女の肩を掴んだ。体を引きはがそうとして腕に力を込める。少女はびくともしなかった。胸を押しつけられている体も動かせなかった。
少女は口の中で舌を動かした。唾液を傷口に塗りつける。
男は痛みが引くと同時に快感が広がるのを感じた。快感に犯された男は無意識のうちに少女を抱き寄せていた。
少女の白い喉が前後にうごめく。少女は男の血を飲んでいた。
「んぅっ」
息を継いだ少女の口から血が垂れる。血液は赤い線を少女のあごまで引いた。あごから滴った男の血は少女の胸元を赤く濡らした。
湿った音が部屋の底を這いつづける。
血の気を失い、白目を剥いた男の両腕が体の脇に垂れ下がった。
少女は男の腰を引き寄せた。ゆっくりと膝を曲げる。
息絶えた男は少女に支えられて床に座った。
正座の姿勢になった男の太ももに少女が跨がる。少女は男を抱いて血をむさぼり続けた。