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Range1 -THE Explainer-

二週間過ぎ二話目を投稿しました。

相変わらず拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。


◆インカーネイション×RR◆

 Range1 -THE Explainer-


 少年が目が覚めたのは、時をきざむ時計のけたたましいアラームが原因だった。

 ここは何処どこだ?

 自分は今まで何をしていた?

 頭の奥からいてくる疑問をよそに、横たわっていたベットから上半身を起こして部屋を見回す。

 すぐ目についたのは、天井まで縦に何段も重ねられた本棚。そしてその本棚が壁を覆い隠すように一面並べられ、諸本しょほんも所狭しと並んでいる。そして部屋の真ん中には、書物の類が乱雑にばらまかれた長方形の大きいテーブルが一台、湾曲わんきょくした背もたれ付きの四つ足椅子が六脚。この部屋に明かりをしてくれる巨大な天窓てんまど

 天窓から垂れ下がっているワイヤーに光の輪のような照明がつけられていたが、電源はつけられていない上に窓から見える空は明るい色に染まっていたため、今は照明の明かりが鬱陶しく感じられた。

 次に自分の服を見る。濃緑のうりょく色の薄っぺらい服。まるで病人の服のようだ。特に目を引く装飾等もない。唯一変わった点を挙げるとするのなら、頭・肩・右手足に包帯が巻かれているということ、だろうか。

 改めて、ここは何処なのだろう。

 部屋を見回して気づいたことだが、この部屋には扉がなかった。

 自分が見知っている所ではないというのは、直感的に理解していた。少年が知っているような場所は、七色に輝く線が走るケーブルや溝といった近未来的な装飾なんて施されていない。

 自らが目覚めるきっかけとなった時計を手にとり、画面をのぞき込む。

〈Day 362 Time 17:46〉

 現在、三百六十日、六時三十六分。

 三百六十日? どうもおかしい日付だ。

 少年の知っている暦は太陽暦たいようれき、一年十二ヶ月、一ヶ月三十日、一日二十四時間。

 どう考えても太陽暦に三百六十日なんて時刻は存在しない。そもそも何月かも何曜日かも表示されていない。

 自分はまたつまらない夢をみているな。

 頭掻いて考えた結果「夢ならばもう一度寝た方が生産的だ」という結論に至り、上半身をベットに沈ませ、ゆっくりと目を瞑り、羊の数を数えはじめた。

 それで今の状況が把握できるとは一パーセントも思わなかったが、無駄に頭を抱えて悩むよりは数倍もましだろう。

 しかし、二度目の眠りも外部からの妨害で中断されることになる。

 ちょうど羊の九十匹目を数え終えた時だった。

 扉が見あたらなかったこの部屋から、不意に扉の開閉音が聞こえたのだ。それだけではない、人の足音も聞こえてくるのだ。

 自分に関わってくる物事なら無視するのは難しいことだ。しかし、これは夢なのだと割り切っていた少年にとって突然聞こえた扉の開閉音や人の足音なんてものは、ほんの些細な出来事に過ぎなかった。

 いつの間にか足音が大きくなっているのは気のせいだろう。

 眠気に浸された思考が過剰反応しているに過ぎない。きっとこれは、稀に見る「妙に現実味のある夢」に違いない。

「目ぇ覚めたか、この植物総帥がぁ!」

 乱暴な女の声と身体が少年にのしかかった瞬間、その推論は跡形もなく崩れ去った。

 押しつぶされるような苦しさも混じりながら、少年がゆっくり目を開けると、口調からもわかる、いかにもな女が少年の上に乗っかっていた。

 さび付いた鉄のような赤い髪を左右に纏め、してやったりと書かれた顔には琥珀色の瞳が二つ。暴力的というよりは活発的な印象を受ける小麦色の躯体は、鈍い鉛色の服を纏っていた。

 この目の前の女(少女というには少し躊躇いのある)が知り合いだとしたら、少年は色々な意味で鼻を高く伸ばしていただろう。

「あん? いつもの覇気が欠片もねぇぞ、三日前の作戦で血と一緒に流れちまったか?」

 相手は自分のことを知っている。それは言動から読み取れることだ。それと同時に、少年にとって関わりがある人物だと言うことも読み取れる。

 が、

 少年自身が相手を知らない場合、それは少年から見れば「赤の他人」にしかなりえない。

 相手側も少年の異変に薄々気づき始めたのか、目を細めてあごに手をやり小首をかしげている。

「……なぁ、総帥。アンタ、ホントに〝あの〟総帥か?」

 女の質問に対して、少年は肯定することも否定することもできなかった。

 それは女の目から発せられる鋭い視線に貫かれて、思考が真っ白になったからなのかもしれない。

 少年が反応できなかった理由は別にある。

 理解できていないこの部屋。今まで何をしていたのか。女の質問。

 そこから気づいたことはただ一つ。

「…………」

「…………」

 それまで困惑に浮かんでいた少年の目は、確信と不安の色に染まっていた。

「……俺は」

「……ン?」

 少年が流したのは、女のいう覇気でも血でもなく。

「……俺は、違う」

 少年が失ったのは『記憶』だということを、自身で理解した。

「――俺は、お前の言う〝総帥〟なんかじゃない」


「はァ!? じゃあ、アンタ誰なんだよ!」

「知るわけがない。気づいたら此処に居た。それだけの話だ」

 文字通り本棚に埋もれた部屋に少年と(少がつけられない)女が二人。

 ベットの枕元に投げ捨てられた時計は、もう七時を回る頃合いだと表示されていた。

 少年が「総帥なんかではない」といった直後、女は無表情になり目を丸くし、少年にありとあらゆる暴言を浴びせてきた。

 ドッペルゲンガーだの、クローンだの、少年の存在を否定するようなことばかりを言っては、何度も〝総帥〟という言葉を繰り返すように呻いている。

「だから、俺は何も憶えてないんだよ!」

 少年が発するこのフレーズも、一体何回繰り返しただろうか。

 女の目が不機嫌一色なのは言わずともわかる。その原因は女が知っている事実を少年が憶えていないというのも明白だった。だが、憶えていないものは憶えていないし、知らないものは知らないのだ。

 それからさらに数分間、否定の押し付け合いが続いたが結局何もわからず仕舞い。

 ようやく女も埒があかないと感じたのか、その容姿に似合わない舌打ちをして、疲労の溜め息と共に肩を落とした。

「……わかった、仮にお前が記憶喪失になってたとして」

「実際に記憶がないんだよ」

「うるせェ……で、お前自身のこと、今に至るまでの理由、アタシのこと、この厄介なゲームのこと、何もかもぜぇーんぶ憶えてないんだな?」

 今度は強い意志がこもった女の視線が、少年の目から全身に問いかけてくる。

 その何ともいえない威圧感に押されてのことか、少年は言葉ではなく首で肯定するしかできなかった。

 女は少年が頷いたのを確認すると、「仕方ねェか」と一言つぶやき少年から自分の身体をどかす。そして、部屋の右隅に移動すると、一つの本棚の前に手をかざし横にスライドさせた。

 何をやっているのかと疑問に思う少年だったが、その手の動きに会わせて本棚も横にガラガラとスライドしたのを見て、あれは扉を開けるための動作だったのかと納得した。

「どこへ行くんだよ、お前」

 納得している場合ではない。

 優先すべきなのは、女が知っている情報を知りいち早く今の状況を理解すること。

 このまま女に逃げられては、自分は何も思い出せずにただ一人取り残されることになってしまう。それだけは避けなければならない。

 背中に声をかけてみたが、少年に向けているのは後ろ姿だけだ。

 無視されたのかと思ったが、その心配も杞憂に終わる。

「メシだよ、メシ。記憶喪失の人間でも、三日間飲まず食わずじゃ餓死しちまう。放置して死なれるなんて迷惑だからな」

 一応、ここに戻ってくる意志はあるようだ。


      ◆ ◆ ◆


 女が戻ってきたのはすぐだった。

 間が短すぎて、この部屋のすぐ隣に食料保存庫でもあるんじゃないかという錯覚を起こしてしまうぐらいに短かった。そんなことを考えてすぐに、憶えていないのに錯覚もなにもないかと思ったが。

 とにかく、言ったことを守るというところを見ると、そこまで悪い人間ではないようだ。

「ほら、パンなら幾らでもあるからな」

 最低限のラインで悪人ではないと判断したが、女から投げ渡された真っ黒焦げの物体は、本当に食料なのだろうか。

「……なぁ、これ本当に食えるものなのか?」

 思わず女に訊いてしまう。

 女はさきほどと同じようにベットに居るが、初めの少年に覆い被さるような形ではなく、ちゃんとベットに腰掛けている。

 少年の問いかけにまるっきり反応していないが、黙ったまま炭のようなパンらしきものを口に運んでは咀嚼している。要するにこれは食べられるものだという、彼女なりの遠回しな意思表示なのだろう。

 少年もそれに習って、躊躇いがちに黒い塊を頬ばる。

 味は思いの外甘かったが、見た目通り焦げたような苦味も感じられる。噛めば噛むほど、その味わいは複雑になっていく。

 ごちゃごちゃと混ざった味だったが、初めて食べた気がしなかった。

「不味いか?」

 不意に食べる手を止め、女が少年に問いかける。

 これは少女がつくった料理で、その料理の評価を求めているのか。単純に、渡した食料が少年の口に合うのか訊いたのか。真意はわからなかったが、とりあえず少年は答えることにした。

「まぁ、食えるっちゃ食えるけど美味くはない。不味いってわけでもないけど」

 そっか、と呟くと何か安心したように、クククと小さく笑った。

「今の言葉のどこがおかしいんだよ」

 少年は、何もしていないのに笑われたことに少し腹が立って思わず聞き返す。

「いや、アンタがアタシに初めて会ったときによ、この焦げパンを分けてくれたんだがな、そん時言ってたことまんまの言葉で返してくる。アンタが記憶がねぇなんて言いながら同じこと言ってるの見てたら少し笑えた」

 少年は記憶喪失だ。

 そうなった経緯もわからないし、以前の少年がどんな人間だったか自身でも憶えていない。

 自分はどんな人間とつながりを持っていたのか、つながりを持っていた人間の名前すらも覚えていない。

「訊いてばかりで悪いが、お前は俺の何だったんだ? 何というか、やっぱり今までのことが思い出せなくてな。

 今の話聞く限りじゃ、俺からお前にアプローチかけたみたいだが、食べ物分けただけでお前みたいな奴がついてくるの理由が思い当たらない」

「……あー、そういやお前記憶喪失だったな」

 めんどくさそうに目を伏せる女。

 数秒間ぶつぶつ呟いたあと、考えがまとまったのかもう一度口を開いた。

「まず、アタシの名前は緋蓮、ヒレンだ。んで、アンタが総帥を務めてる組織の構成員の一人。この本まみれの部屋は、組織本部の建物の一部でありアンタの自室ってことになるね」

「俺らが何かの組織の一員なのはわかった。けど何で俺が総帥なんか」

「話は最後まで聞け」

 言葉から滲み出る威圧感に、言おうとしたことを途中で折られてしまった。

 よくよく考えれば、話もロクに聞かず一々なんだかんだと疑問を押しつけてしまっては何時間、それこそ何日もかかってしまうだろう。

 少年はヒレンの言う通り、おとなしく最後まで聞くことにした。

「アタシらみたいな組織ってのは、〈循環世界〉って言われるこの世界から〈現存世界〉――要するに一般的な人間が生活してる三次元世界に戻るために存在する。循環世界について何か憶えてるものとかは?」

 少年は黙って首を横に振る。

「〈循環世界〉っつうのは、その〈現存世界〉とは違う空間軸に創られた人工空間全般を指すんだよ。そこでしかできない実験だとか、人口増加問題解決に向けた試験導入を目的とした空間だったから、技術や設備は〈現存世界〉のソレよりツーランクぐらい上だな」

 なるほど、部屋に近未来的なケーブルが通っていたのはそれが理由か。

 ヒレンは続ける。

「〈循環世界〉と〈現存世界〉はそれぞれリンクしてる、つまり自由にその世界を自由に行き来できるってことになる。行き来できなきゃ効率がクソ悪くなる上に、何のために創ったのかわかんなくなっからな。

 それなのに、何でアタシら組織共は循環世界から抜けだそうと躍起になってるのか――わかるか?」

 元々その世界の間を移動できるなら、ヒレンのいう現存世界への帰還を目的としたような組織なんてものも必要になる訳がない。それなら、理由はただ一つ。

 今度は言葉での答えを求められているような気がして、少年は自分の憶測を口にした。

「お前らのいう現存世界に戻れなくなった、くらいしか思いつかないんだが」

 少年の答えに首肯するヒレン。

「そうだ。元の世界に戻れてれば、アタシらはこんな騒いだりしねェよ。その上、ふざけたような規制もかかったせいで状況は最悪だ」

「規制がかかった? 戻れなくなったのは偶発的に起こった事故じゃないのか。その言い方だと、まるで外部から閉じこめられたみたいな……」

「そう、それだ。第一、事故なら現存世界から救助だのなんだの処置はとるだろうが。

 現存世界の遊びに飽きた馬鹿共が自分達の創った世界で小さい人間を潰して優越感を満たしたい為に起こした、第三者による事件なんだよ。これは」


       ◆ ◆ ◆


「話をまとめると、

 現存世界と循環世界があって、ここは循環世界。第三者が起こした事件によって、その時循環世界に居た俺たちは現存世界に戻れなくなったと。それで現存世界に戻るために〈組織〉なるものが多数結成され、俺とヒレンはその一つの組織の構成員であると」

「忘れてると思うが、お前は総帥っていう立場で、組織のトップだったんだからな」

 呆れたように頭を押さえる。

 その様子を横から眺めながら、少年は考えに耽る。

 記憶が欠落した自分にも接してくれる女。少年はヒレンを知らなかったが、不信感も不安も抱かずに今の今まで話し合っていた。天窓から見える奇妙な色な空、自分が食べたパン、隣に居座っているヒレン、そしてそれ以外の事も、何もかも知っている気がする。

「……なんだよ、急に黙ってアタシのこと見つめて」

 憶えていないのは、循環世界に関してのこと、記憶を失う以前の自分のこと。けれども言語憶えているし、それなりの知識もある。少なくとも、この世界よりはもっと、何というか、普通な世界だったというのか。

「……おい、何とか言えよ」

 それに、隣の女を見ていると何かを思い出しそうな気がする。

 何か、何かが。


 真っ赤な海、真っ赤な空、真っ赤な砂浜。

『××! ××!』

 真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な。


「……い! おい!」

 強く揺すられて、どこかに飛んだ意識が戻ってくる。

 あの景色はなんだったんだ? 

「ったくよ、何度も気ぃ使わせやがって。元はあの総帥とは思えないヘタレっぷりだな。逆に見てて呆れるわ」

 不機嫌そうな顔をしてそっぽを向くヒレンは、どことなく寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 そのせいか声を掛けづらかったが、ここでしんみりしたままだと進もうにも進めない。

「なぁ、以前の俺はどんな奴だったんだ? 今の俺だったら、誰かがこの事件を解決するまでおとなしくしてるけど」

「どんな奴って、話し方は今のままだったけど……カリスマ性っつうのかな、内に秘めてる覇気が滲み出てた奴だったよ。それと、やけに頭の回転が速かったな。コイツは未来が見えてんのか、くらいのレベルだった」

 そして、少年を一瞥すると、

「ま、今のお前からは考えられないほどに格好いい奴だったよ」

「さっきからそればっかりだな。今の俺はそんなにダメな奴か……」

 以前の自分を褒められては、今の自分を否定される。これほどまでに複雑な心境はないだろう。

「こんなんでこれから先どうしたらいいんだよ」

「どうすりゃ、なんて何をだよ?」

「いや、仮にも俺は一つの組織のトップだったんだろ。組織っていうなら、それを構成するメンバーだってそこそこはいるわけだ。その構成員達に『記憶喪失になっちゃったけど、これからもよろしくね~』なんて言えるはずがない。お前の証言に基づくと、今の俺じゃ組織の力にもなりそうにないし、そんな奴に周りが付いてきそうにもない」

 ないない尽くしで自分で言っていて涙が出そうだ。

 今までの問題はヒレンの言うことを理解すればいいだけの話だったが、少年のこれからについての問題は自分で考えなければいけないのだ。

「あー、それについても話さなきゃいけねぇんだったな」

 しかし考えるのを止めさせるように、ヒレンが横槍をいれる。

 さきほどと同じように少し寂しげな雰囲気を漂わせて、躊躇いがちに口を動かした。

「五日前だ、五日前に規模のでけぇ争いがあったんだ」

「それはここで、なのか」

「違ェよ。ここより離れた場所で起きた。まぁ、その争いに勝てば元の現存世界に戻れるっていう争いだったんだがな。無論、アタシ達の組織もその争いに参加した。当たり前の行動だろ? その争いに勝てば、アタシらは自由になれるんだ――自由になれるはずだったんだ」

 そこで、ヒレンは口を堅く結んで話すのを止めた。

 記憶喪失の少年にも、その言葉から一体何が起こったのかは想像がついた。

「その争いとやらで、俺らの組織は構成員をほとんど失ったわけか」

 無言のまま頷くヒレン。

 どうやら、争いは相当激しいものだったらしい。口で語られずとも、彼女の表情は恐れと怒りの渦巻いた、争いの激しさを物語っている。

「アンタは、戦火と雨の中ボロ雑巾みたいにズタズタになってんのを残ってた構成員が発見したけど、そいつも途中で意識がなくなって倒れた。すぐに組織に逃げ帰って手当てしたさ、もちろん組織の残ってた奴も引き連れてな」

「……残ってた構成員もいたのか」

「元の人数が五十人。生き残ってたのはアンタとアタシ、それにアンタを見つけた構成員を含めて五人」

 元々五十人いた組織が、争いによってたったの五人に。

「アンタを見つけた奴は二日前に回復したけど、アンタは三日たっても四日たっても目覚める気配がなくて、ずっとこのままじゃないかって」

 ヒレンの言葉が、一言区切るごとに震える。

 ――そんな事があったのか。

 俯いたままの少女に掛ける言葉を少年は知らなかった。いや、正確に表すなら、憶えていなかった。

 きっと以前の自分はこんなことも経験していたのだろう。自分は何故、この世界に閉じこめられたのか、と嘆いたこともあったのだろう。隣に座った鉛色の少女に、慰めの言葉の一つや二つ、言うこともあったのだろう。

 憶えていない自分が言えることと言えばただ一つ。


「俺は今、ここに居るだろ」


 それぐらいしか、自分は言えない。

 だが、

 今までを思い出せない少年が、少女に伝えられる唯一の言葉は――

「……ふふっ、あははっ!」

 ――どうやら不発に終わったらしい。

「何だよそれ、あはははっ!」

 腹を抱えて大笑いするヒレン、頭を掻きながら「何か変なこと言ったか?」と脳内で自問する少年。

「そんな笑うようなこと言ったかよ」

「いや、あははっ、アンタからそんな言葉が、出てくるなんて思ってもいなかったよ」

 笑ったせいか、目の端に浮かんだ涙を人差し指で拭い、少年に見せた顔は、初めの時のように、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

「言われてみれば確かにそうだな、アンタは今ここにいるんだよな」

「何だよ、急に元気になりやがって、心配して損したこっちの身にもなってくれよ」

「うっせ! 気絶ばっかしてる総帥代理なんかに言われたかねぇ」

 そのヒレン一言が、やけに胸にひっかかた。

 総帥代理。

 確かに的を射てる言い方だ。

 少年は以前〈組織〉の総帥だったが、記憶をなくした今となってはただの少年であって、本当の総帥ではない。

「ま、腐ってもアンタは元総帥なんだ、アタシは今までどおり『総帥』って呼ばせてもらうぜ」

「……それはどうも」

 本当の総帥でなくても、しばらくは組織のトップとして過ごさなければいけないようだ。

「改めて、アタシはヒレン、組織〈銀の歯車〉の守護役だ」

 突然の自己紹介に対応できず、あたふたしながらもヒレンにならう。

「俺は、えーと、その組織の総帥です」

「何だよ、締まらねェような自己紹介だな」

 そうは言われてもそれしか知らないのだから仕方ない。

「ま、今のところはそれでいいか」

 それでも、守護役からは及第点を貰えたらしい。

「早速だが、総帥さんには溜まってる仕事を処理してもらわんとなぁ」

「へ?」

 仕事?

 またまた聞き慣れない単語がヒレンの口から飛び出してくる。

「へ? じゃねぇよ。組織的には崩れたも同然だが、現存世界に帰還するっていう目的はなくなっちゃいねぇからな。それとも何か? お前はこのまま循環世界で野垂れ死ぬのをじっとして待ってるのか」

 そう言われてようやく気づく少年。

 しかし、違和感を憶える。

「〝現存世界への帰還〟が目的になってるのに、循環世界で〝仕事〟しなくちゃいけないのか。おかしな話だな」

 仕事とは一体何なのか気になるところだが、どうやら聞く時間はないらしい。もうヒレンは話すのが面倒くさいような顔をしている。

「それも、追々話してやるよ。結構行き詰まってるんだ」

 けれども、必要最低限の情報は知りたいところ。

「具体的には?」

「二日遅れてる」

 手間をかけない質問なら答えてくれるようだ。

「内容は?」

 内容を聞いた瞬間、ヒレンの顔が不敵に歪む。また、あの悪戯っぽい笑みを浮かべて。


「『王子サマ』の代わりになるんだよ、総帥」


今回はいかがだったでしょうか。

ぶっちゃければRange1は第一回目の説明回みたいな感じです。

「Range0で出てきた少女と違うじゃねぇか!」とお思いの方もいるかもしれませんが、大丈夫です。出ます。出します。出さなきゃ話になりません。


活動報告の方でも書かせてもらいましたが、是非とも、この作品を周りに宣伝してください! 創作活動の励みになります!

次のRange2では総帥代理の初仕事です。ご期待ください。

                           ~霜星屋 棗~

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