3.さぁ対策を考えましょう
…さて、ここで何故か一人にされた。多分、着替えが終わったからなんだろうけど…
きっとこの後次期王妃になるという誓約書を書かされたり、署名したりさせられるのだろう。そんなつまらない手にのるものか。そもそも、この着替え自体急すぎてアヤしさ満載だ。私が逃げないようい急いでやったことがバレバレだ。私が気づかないとでも思っているのか。
おそらく皇太子殿下の悪知恵だろうけど…全く、振り回されるこっちの身にもなってほしいところである。
ただ…殿下はミスをした。それは、私がこのまま大人しく次期王妃になると考えたこと。
もちろん、そんなつもりはない。
だって私は、『蒼の騎士姫』なのだ。
いくら相手が皇太子殿下とはいえこのままやられっぱなしでは私の気が収まらない。
探査の魔術を発動してこっそり周囲の様子を伺う。
この探査は、とても簡単な魔術だ。なんたって、自分の魔力を薄い膜として放出し、それをレーダーのように使って周りの状況を知る魔術だ。ただ発動させるだけなら子供だってできる。
だが、他人に気づかれないように限りなく使う魔力の量を減らし、でもきちんと周囲を確認できるように加減するのが難しい。そのため、探査を本当に使いこなせる人はかなり少ないのだ。
しかし、一度使えるようになれば、多くの場面でとても役に立つのだーー例えば、今のように他人に知られることなく周囲を探りたい時とかにはーー
思ったとおり、この周囲に人影は無い。何人かこの階にいるものの、だいぶ遠くにいて、少なくとも見られることはないだろう。
まだ、時間の余裕がありそうなので、着替えの時に見繕った物をいくつか持っていく。
備えあれば憂いなし。
それが私のモットーだ。
…私だって突然のことだといっても、ただ着替えが終わるのを待っていたワケではないのだ。
ーーさて、準備完了!
…では、脱出といきますか。
…城内が少し騒がしいな。王宮の門番であるクリスはそう思った。
まだ十時を少し過ぎたばかり。基本的に朝は忙しい王宮でも、本来ならそろそろ落ち着いている頃だ。
…一体何があったのか。そんなことを考えていると、後ろから声がかけられた。
「あの…通していただけませんか?」
「あぁすいません、どのようなご用件ですか?」
話しかけてきたのは、まだ城に来たばかりのような、年若い侍女だった。
「昨日の夜会で、殿下の花嫁となられるお方が決まったんです。急に決まったのでいくつか足りないものがあって、それを買いに行くところなんです。」
「何と!それはおめでたいことですな!お急ぎでしょうから、このままお通り下さい。」
「ありがとうございます!急いでいたのでとても助かります!クリスさんもお仕事頑張って下さい!」
お辞儀しながらそう言って侍女は走って行った。それにしても今時珍しいくらい礼儀正しい侍女だな…大抵の侍女はたかが門番とこちらを舐めて厚かましい態度で話しかけるのに…
若いのにずいぶんしっかりしているな。もしかしたら名家から来た人なのだろうか。彼女が帰ってきたら、名を聞いてみよう。いい友人になれるかもしれない。
…そういえば、どうして彼女はこちらの名前を知っていたのだろうか…
クリスはいささか疑問に思ったものの、すぐに別の人に話しかけられて、話し終える頃には、侍女のことをすっかり忘れてしまっていた。
ーーその頃、確かに城内は騒がしかった。
その理由はもちろん件の次期王妃がいなくなったことである。王宮の侍女長であるハンナは、あまりの騒ぎの大きさに頭を抱えていた。何と言ってもこうなった責任は彼女にあるのだから。
「一体どうしてこうなった。あいつが逃げられないようにわざわざ起き抜けを狙ってしかもベテランのお前に任せたというのに……」
「申し訳ございません、まさか女性がたった十分で逃げられるとは思わず…」
「あいつはただの女ではない。…お前も聞いたことがあるだろう。エルトリアの危機を何度も救ってきた『蒼の騎士姫』のことを。本人にも確認したが、どうやら本物らしい。」
「?!…それではあの方は…
…しかし、そのような素振りは全く見せませんでした。着替えの時も、何も抵抗なさいませんでしたし…
本当に、本物なのでしょうか?ただ名を騙っているだけでは?」
「抵抗しなかったのは、おそらく確実に逃げる機会を窺っていたのだろう。少し話したが、あいつはかなり知恵が回る。それくらいは平気でするだろうな。
それに、あの侍女…確かストレアだったか…を助けた時の身のこなしも尋常ではなかった。
…もしあいつが『騎士姫』の名を騙っているとしても、あの隙のない身のこなしは間違い無く戦慣れした兵士のものだ。これから連れ戻してくるから、次は用心してくれ。」
「かしこまりました。
…それにしても、あのようにすばしこい方を連れ戻すなどできるのでしょうか?」
「俺を誰だと思ってる。あいつに目を付けた時すぐに目印を付けておいた。いくらあいつでもそこまで気が回るまい。昔からあいつは何処か抜けているからな…」
「…殿下はかの『騎士姫』とお知り合いなのですか?それにしてはずいぶんと険悪なご様子ですが…」
「…まぁ、一応知り合いではある。
だが…会ったのも一度だけだからな…どうやらあいつはすっかり忘れているようだ。」
「何故それをお伝えしないのですか?
お知り合いなら逃げることはなかったでしょうに…」
「もちろんそれは考えた。
でもあいつにとってはあまり好ましい関係ではないだろうから、言ってもおそらく逃げられるだろうな。
…それに、あいつの驚いた顔はなかなかいい。あいつは冷静すぎてあまりからかいがいがないのだ玉に瑕だが…さすがに驚いたときはあいつの鉄壁のガードも崩れる。その瞬間が見たくてな。
まぁ結婚したら明かすとするか。」
「…そうですか…」
殿下もシュミが悪い。そう思ったが口に出せる状況ではなかった。
殿下を見るとまさに強い相手を見つけた時の、イキイキした表情をなさっていたのだ。この興奮に水を差すのは自殺行為だ。後は殿下におまかせしよう。
まぁ、殿下ならいくら相手が《騎士姫》とはいえ、そう簡単に負けたりしないだろう。
ーー殿下はこの国の英雄なのだからーー