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2.その心は

それにしても、どうしてこうなった…

自分の格好を見ると、豪華なレースがあしらわれた深い青い色のドレス。

ところどころにラピスラズリのような藍色の宝石が使われていて、ドレス全体に施された細かな刺繍は、銀糸で王家の紋章をかたどっている。


頭には繊細な細工のティアラがある。

…私、今総額いくらだろうか…

にこやかな笑顔を浮かべながらも、ふとそんなことを考えてしまう。周囲の人々は何がいいのか、さっきから口々に私のドレス姿を褒めてくれる。


おそらく全く似合わないわけではないだろう。青いドレスと銀のティアラは、私の黒髪と蒼い瞳にあっている。

どうやら青を基調として、威厳のある次期王妃となるように仕上げられているようだ。

それでも、「女神様のよう」とか、「氷の女王様」とか評されるほどではない…と思う。思わずため息を吐きそうになるが、必死にそれを我慢する。

今の私は、「次期王妃」としてここにいる。

望むかどうかに関わらず、「次期王妃」として振る舞わなければならない。

まったく、どれもこれもあの憎たらしい殿下のせいなのだ。やっぱり、仮病を使ってお茶会を欠席すれば良かったのだ。…まぁ、今となっては後の祭りだが。



ストレアさんを医務室に送り届けた後、何故かいらした皇太子殿下にどこかの部屋に連れ込まれた。

落ち着いたクリーム色の壁紙にシックな色でよく見ると細かい彫刻が入っている家具が置かれている。部屋の真ん中にある机の上には山のような書類があり、壁には無骨な鎧と剣が掛けられている。


…これ、どう考えても殿下の自室か執務室でしょ…


そう考えているのが伝わったのか、なにやらゴソゴソ片付けていた殿下が満面の笑みで振り向いた。そのままニコニコ…、いやニヤニヤとこちらを見てくる。一体何なのか。何も言われないことが実に不気味である。

沈黙に耐えきれなくなったのか、とうとう殿下から話し始めた。


「…随分と機嫌が悪いようだな。

…まぁ、『蒼の騎士姫』ならあの茶会が気にくわなくて当然か。」


思わず眉をしかめる。そんな事まで知られていたのか。…それにしても何処から聞き出したのか。無礼だと分かっていても苦笑してしまう。


ーーその名は、私の戦場での二つ名なのだからーー



私の故郷、エルトリア地方は豊かな土壌のおかげで様々な作物が取れる。そのため、辺境にあるものの、多くの人で賑わうのだ。


…しかし、豊かな土地は他国から狙われやすい。それが辺境にあるならなおさらだ。だから、エルトリアは何度も隣国からの侵攻を受けてきた。

本来なら、国に協力を頼むところだ。けれども、頼んですぐ兵を送ってもらえるとは限らない。実際、過去に王からの援軍をあてにしていたのに結局来なくて、一歩間違えたら敵に占領されそうになっていた…ことが何度かあった。


我が伯爵家は自力で領地を守ることを選んだのだ。


そのため、我が一族は幼少の頃から男女問わず武術の手ほどきを受ける。その腕前が認められれば、今度は一人山の中に放置され、どれだけ実践レベルで武術を使いこなせているかを調べられる。これで、問題ないと判断されると、戦場に連れていかれる。

…もちろん贔屓は一切無しだ。伯爵家の一員とはいえ、戦場では兵士の一人であることに変わりはない。気を抜けば、容赦無く殺されてしまう。だから、皆死に物狂いで武術の腕を上げるのだ。


自分の身は自分で守るしかないからだ。


この方法が功を奏したようで、伯爵家は代々優れた騎士を輩出し、その名声を轟かせてきた。…無論、私の山育ちはこのせいである。


それにしても、どうして殿下がご存知なのか…


このことは、一族の者しか知らないはず。国王にすら知らせていない。

いくら自衛のためとはいえ、このようなやり方はいささか過激すぎるのだ。もし広まれば、貴族の身分を剥奪されることは目に見えている。

まぁ女の子らしくない私にはちょうど良かったのだが。

そんなことを考えていると、ふいに声がかけられる。


「どうしてここに連れてこられたのか、分からないという顔だな。」


…しまった、皇太子殿下このヒトのことすっかり忘れてた!…マズイマズイ。うっかりしてた。

そんな事はおくびにも出さず、私は嘯いた。


「もちろんですわ。私はただの伯爵家の娘…次期王妃など、とても務まるとは思えませんわ。どうして殿下が私をお選びになったのか…是非ともお聞かせ下さい。」


イヤミのように完璧なお嬢様スマイルでそう言うと、殿下は少し慄いたようだ。…イイ気味だ。どうやら私がかなり不機嫌であることが伝わったようだ。自分に少しは思うところがあったのか、何やら唐突に語り出した。


「…昔、側近のアドルフから聞いたんだ。

なんでも、エルトリアの地を治めるハーヴェスト伯爵家は幼少の頃から男女問わず武術を会得させ、戦場に連れていく、と。

…エルトリアが度々隣国に侵攻されていることは知っている。そしてその侵攻を何度も撃退したことも…

私は知りたかった。領地を任されてからずっと自力で領地を守り続ける伯爵家の人間とその強さを。

私は会ってみたかった。戦場で『蒼の騎士姫』と謳われるほど…美しく勇ましい姫に。」



殿下はいささか気まずそうな様子で告白した。

それにしても、どれだけ『騎士姫』を理想化しているのか。聞いているこっちの身にもなって欲しい。


なんでそんなに誇張されてるんだよ! !

自分でも『勇ましい』のは認めるが、『美しい』と言われたことはほとんど無い!これは断言できる!だって、何度かお世辞で言われたことしかないんだ!!


一体どこをどう見たらそんな女神様のような人に見えるのか。私が女神様とかあり得ない。ジョークにしてもお粗末過ぎる。

…ここで正しく訂正しておかねば。



「…どうやら殿下はご存知のようですね。

私が『蒼の騎士姫』、エルティーアです。美しい…かどうか分かりませんが、武術に長けているのは事実です。我が伯爵家のことは側近の方から伺われたようですが…どうか口外しないで下さい。」


「どうしてだ?まだ話していないが、そなたのことを知れば父上も会いたがると思うが?」


「…確かに国王は能力主義のお方、我が伯爵家のことをお聞きになったら、何らかの形で讃えて下さるのでしょう。

しかし、これ以上の待遇は他の貴族のやっかみを買い、余計な火種を生みます。常に国外からの脅威に晒されているのに、さらに争いの原因が増えれば、民の負担が増え、エルトリアの産業も衰退するでしょう。それは望みません。だから殿下、どうか口外しないと約束して下さい。」


「…いいだろう。ただし、条件がある。さっきも言ったが、そなた、私の妃となれ。」


「…殿下、貴方は私の話を聞いていらっしゃらなかったのですか?それは不相応の権力を持つことに他なりません。それを避けたいと申しているのです。」


「それは分かっている。だが、他の女から妃を選ぶつもりは無い。だからそなたなのだ。」


「…一体、私のどこをそんなに気に入られたのか、お聞きしても?」


「…他の女達は分かっていない。国を守るとはどういうことか。そして、王妃の役割は何たるかを。

…王は確かにこの国で一番の権力を持つ。だが、それは王を支える民がいてこそ成り立つ。だから王の役割は国を支える民を守ることなのだ。王の妻たる王妃も然り。王妃は王室の為に在るが、それだけでなく、民の為にも在るべきだ。

しかし、さっきの茶会で話した限り、彼女達は王家の富と自らを着飾ることにしか興味が無いようだ。あの様子だと、王妃の資質を持つのはそなたしかいない。噂によると、そなたは古今東西の書物に通じているとか。武勇に優れ、なおかつ賢い妃なら他の者も文句は言うまい。そなたはこの上ない妃だと思うが?

権力を持ちたくないというのは分かるが…それは仕方あるまい。ハーヴェスト家の娘は現国王だけでなく、遡ると五代前の国王の時から妃に望まれているのだ。それを今の今まで断り続けたのだ。

…そろそろ年貢の納め時ではないか?」


「…黙って聞いていれば、ずいぶんな言い草では?私はハーヴェスト家の娘だから、妃にならなければいけないのですか?王家の方はなぜこれまで断られ続けたのか、その理由を本当に理解していないからそうなるのです。

…ハーヴェスト家の者は政略結婚はしません。ハーヴェストの者は先祖代々、自ら見つけた伴侶と結婚してきました。それは自分で見つけた伴侶でなければ本当に幸せになれないと分かっているからです。本気で愛し合ってそれでも相手の気持ちが離れたなら納得できます。

しかし、政略結婚で意に沿わない結婚をした挙句勝手に愛人をつくられたり、一方的に離婚されたりするのは我慢できません。一時の利害の為に結婚するより、一生の幸せの為に結婚するのが一番です。

…失礼ですが殿下はどのくらい私のことをご存知なのですか?おそらく、さっき仰ったことくらいしかご存知ないのではありませんか?

私も殿下のことはほとんど存じません。ほとんど知らない方の所に嫁ぐなど、政略結婚のようで嫌です。

申し訳ありませんが、この話は無かったことに…」


「待て、帰るな!まだ話は終わってないぞ!

要するに、そなたは知り合って間も無い男の所に嫁ぐのが嫌なのだろう?ならこれから知り合っていけば良いだけだ。」


「…これだけ言ってもまだお分からないのですか?

私はただ知り合うだけでなく知り合った上で、結婚したいと思う人がいいのです。お互いの良い所も悪い所も知って、それでも結婚したいと思うような人が…

…殿下はご存知ないかもしれませんが、ハーヴェストの娘と結婚する相手は、その娘の父と兄弟から認められなければなりません。その方法は…もうお分かりでしょうが、武術です。それも、一騎打ちで勝たなければなりません。

…気持ちだけでは伝わりません。それを行動で示して頂かねば。」


殿下の返事が無いのをいいことに、私は与えられた部屋へ戻る。

どうやら殿下を言いくるめられたようなので、いそいそと荷造りをする。今日のイベントはあのお茶会のあとはもうないはず。後は、明日の夜会さえ乗り越えればミッションクリアだ!!


そう考えていたのが一昨日のこと。ここまでは気楽で良かった。昨日の夜会は何というか、とても大変だった…



夜会は日が落ちると始まる。この夜会は普通の夜会より少しギスギスするかな?とタカをくくっていたのだが…


全然少しなんてもんじゃなかった。なんとご令嬢達と王家の人とその側近くらいしかいなかったのだ。当然、ご令嬢達は火花を散らして牽制し合い、何とかして王家の人とダンスを踊ろうとする。

モチロン、私は即リタイアだ。

…というか、そもそも参加してすらいない。あんな面倒なものに関わるくらいなら、無断で実家に帰った方がマシだ。

…だが、実際にそれをやるわけにはいかないので、事前に話をつけておいたストレアさんから服を借り、ストレアさんの代わり…という名目で夜会に参加していた。

それでも中盤までは良かったのだ。イライラしているご令嬢達をなだめつつ給仕していれば良かったのだから。


なのに…なのにだ。

気づいてもスルーすればいいものを、何を思ったのか皇太子殿下あのバカは、馴れ馴れしく私に話しかけてきたのだ。

今の私は一介の城の侍女だから、面と向かってイヤとは言えない。それを知っているから、やたらとしつこくまとわりついてきたのだ。


この場でそれをやることが、どういう意味を持つかを分かってやっている分余計に腹立たしい。数多いるご令嬢をさしおいて侍女に話しかけるということは、彼女達と結婚するつもりが無いと公言しているようなものだ。

それはあまりにも失礼なことだ。美しく着飾っているのに、見てすらもらえないのだから。ご令嬢達のプライドはきっとズタズタになったのだろう。


何とか話を切り上げて仕事に戻ったときはすでに大勢のご令嬢に要注意人物としてマークされてしまっていた。

…まぁ、気にせずひたすら給仕をしてたケド。



そして今朝、起きて身支度していたらなぜか部屋に女官さんが大勢やってきてもみくちゃにされた。

…そして今に至る。そう、王家の紋章が入っているドレスを着ている。

…イヤな予感しかしない…どうやら敵は簡単に諦めてはくれないようだ。







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