表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

机を叩いたら芽が生えた

作者: 幕霧穂

--------------------1日目.朝


 僕の名前は河野。高校の教師をしている。教師の職に就いて3年目で、今は2年3組を受持っている。


 朝の職員会議が終わった。3年経っても未だに緊張して仕方ない。席に戻った途端、息を吐きながら思わず手を投げ出す。意外と勢いがついてしまい、大きな音が辺りに響いた。

 周りの先生方が、何事かとこちらを見やる。慌てて頭を下げつつ、とりあえず両手を除けて確認すると、



 右手の下に、青々とした元気な双葉が生えていた。



 状況が理解できず、しばらくの間動きが止まった。すると、その様子を見た隣の2組担任が笑いながら声をかけてきた。


 「どうしました?河野先生。机、凹んじゃいました?」


 ひょいっと、2組担任が僕の手元を覗き込み。


 「…うん。大丈夫そうですね。

でも気をつけて下さいよー。この前、私がダンベル置いたらちょっと歪みましたし。この机意外と弱いですから。」


…何故学校にダンベルを持って来たのか。しかも置くだけで机が歪むような重さのものを。というか先生は電車通勤たったはずでは…


 などなどの疑問が湧いたが、とりあえずわかったことは、2組担任にはこの双葉が見えていないということだ。


 「はあ。そうですか。気をつけます。」


 そう返事をすると、満足したのか、2組担任は頷きながら職員室を出た。

 何となくそれを見送った後、周りを見回したが僕の手元を注視している人は居ないようだ。僕にしか見えない双葉に好奇心よりも不安を感じる。


 「幻覚が見えるとか…。そんなに疲れてたのか?僕」


 周りに聞こえないようにそっと呟くと、双葉を視界から外し、逃げるようにクラスに向かった。




--------------------2日目.朝


 1日経てば消えるかもという期待は見事に裏切られた。相変わらず双葉は元気満々に生えている。反った葉っぱが誇らしげに見えて何だか憎らしい。


 ピピッ ブォー


 聞きなれた音が聞こえた。どうやら寒がりの教頭が暖房を強くしたらしい。僕はあまり風が当たるのは好きでは無いので、こっそり顔を顰めてしまう。


 ふと双葉に目を戻すと、微かに揺れていた。

 幻覚では無いのか?特に害も無かった事から僕の警戒心は大分薄れていた。手元にあったペンを掴み、双葉をつついてみた。

 触れる。ペンに合わせて双葉が揺れる。何だか嬉しくなり、しばらくうりうりと双葉をいじめる。


 誰かに見られているような気がして顔を上げる。さっきの教頭が苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。やばい。これではただの変な人だ。咄嗟にペンを回し、考え事をしていたように見せかける。

 

 もしかして、教頭には双葉が見えているのかとちらと思ったが、すぐに目を逸らしたので違うようだ。今は同じ顔で数学教師の机を見ている。

 ああ。机が汚いから見てたのか。教頭の真意に気付き、周りのファイルなどを片す。


 しかしあの教頭はそういうことに目を向けないタイプだと思っていたが、機嫌が悪かったのだろうか。




--------------------2日目.放課後


 双葉にも慣れてきた。触っても何も起こらないとわかったので、引っこ抜くことにする。

 右手で掴み、力を込めるが中々抜けない。2分程頑張ったが、2組担任の「筋トレは道具を使った方が効率的ですよー」の言葉で諦めた。


 手を開き、双葉を睨みつけた。少しだけくしゃっとなった双葉は、双葉では無く

三つ葉になっていた。


 恐る恐るもう1度触れてみると、ブルっと1震えして四つ葉になった。もう1度触れると五つ葉。もう1度触れると…。

 やばい楽しくなってきた。




--------------------3日目.朝


 …調子に乗りすぎた。机の上には僕の頭と同じくらいの大きさになった双葉ーいやもう木かーがわさわさとそびえていた。とても邪魔だ。うっかり手で払うともっと大きくなってしまった。仕方ないので左手で押さえてから、辞書を置いて傾かせて固定した。

 昨日わかったことだが、この植物は右手で触れないと大きくならないらしい。恐らく生えてきた時、触れた手が右手だったからだろう。


 これ、どうしよう。




--------------------3日目.放課後


 切ろう!切るしかない!今日1日イライラさせられた僕の心にはそれしかなかった。

 ちょうど先生方は皆席を外しているし。生徒も殆ど下校して、わざわざ職員室に来る者もいない。今が絶好のチャンスだ。


 鋏を構え、憎々しい植物に相対する。左手で上に引っ張りつつ、右手に持った鋏を根本に突きつける。大きくなってしまった元双葉は、どれだけ注意しても右手に葉が当たってしまう。

 全力で挟み込んでも中々切れない。元双葉はどんどん大きくなっていく。


 しばらくガジガジしていると、段々削れてきたような手応えがする。よし!いける!

 元双葉はもうすぐ天井まで届きそうだ。


 根本が大分細くなった。あと1回挟めば切断できそうだ。スっと息を吸い、より一層の力を右手にこめた瞬間変化が起こった。


 葉っぱが光だしたのだ。恐らく右手に触れたであろう1枚からどんどんと。


 思わず鋏を手放して後ずさりした。背中を壁につけた時には天辺まで眩い光で覆い尽くされていた。

 一際大きく光り、反射的に目を閉じ片腕を上げる。


ポンッ


 軽い音を聞いて、そろそろと目を開ける。


 目の前には幻想的な風景が広がっていた。


 葉っぱの1枚1枚が淡い光の粒となってふわふわと浮いている。まるでイルミネーションのクリスマスツリーのようだ。もし隣に2組担任がいたら、その気がなくとも告白してしまいそうだ。


 そんな、馬鹿なことを考えてしまうほど現実味のない光景だった。


 やがて、光の粒達はゆっくりと動き出して僕のほうに近付いてきた。呆気にとられていた僕はただ眺めていた。


 気付くと、僕の周りには何十個もの光の粒が旋回していた。そして、そのうちの1粒が僕の手に触れた。

 瞬間、しゅるしゅると音をたてて光は小さくなり、ふっと消えた。

 それに呼応するように、全ての粒が音をたて消えていった。


 一気に暗くなった職員室で、僕はしばらく動けなかった。



ガララッ


 扉が開く音で我に返る。


 「あれ、河野先生居たんですか。暗いし、物音しないから誰もいないかと思いましたよー」


 2組担任だった。さっき光を見て考えたことを思い出し、軽く赤面してしまう。

 …さっきの光景を見て興奮してしまったのだろう。普段の僕なら言わないことを口走ってしまった。


 「…あの、今日お暇ですか?良かったら、その、この後呑みに行きません?」


 それを聞いた2組担任は、目を見開いた後軽く頬を膨らませた。


 「ええ、暇ですよ。暇ですとも!彼氏もいない寂しい女で悪かったですねー!どうせイブでも暇ですよー!」


 そうか…今日はイブだったか。失念していた。

 怖ごわ2組担任の顔を窺うと、そんな僕の顔がよほど面白かったのか、頬に溜めた空気を勢い良く吹き出した。

 つられて僕も吹き出してしまった。静まり返った廊下に僕と彼女の笑い声が響きわたった。


 どれだけ笑っただろう。ようやく落ち着いてきた2組担任が、目元を拭いながら答えた。


 「あー可笑しかった。まさか学校でこんな爆笑するとは思いませんでしたよ。

…今日誘ったってことは河野先生も相手なしですよね?寂しい者同志呑んだくれますか!」


 「え!?いいんですか!」


 てっきり断られるとばかり思っていたので、心底驚く。

 すると、


 「…私じゃ、駄目ですか?」


 唇に人差し指、上目遣い、潤んだ瞳。そんなおねだりポーズで彼女は言った。


 数秒見つめあった後、2人同時に吹き出した。今度の笑い声は、教頭が来るまで続いた。



 その日の夜。あれはもしかしたらクリスマスの奇跡ってやつなのかと、ふと思った。だとしたら、サンタさんに感謝しないとな。


 そして、僕はとても心地良い眠りに誘われていった。






--------------------4日目


 前言撤回。あれはただの繁殖行為だ。


 帰りのHRの時間、教室に入った僕が見たのは、

生徒1人1人の机に生えている植物だった。


 中には、もう大きくなり始めているものもある。流石、好奇心旺盛な10代だ。


 きっと今の僕はあの時の教頭と同じ表情をしているだろう。その教頭の目には、今どんな景色が広がっているのか。聞きたいような、聞きたくないような…。



 ああ、明日からが憂鬱だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ