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00:Prologue カテゴリAの少年、カテゴリBの少女

――――――――フランクリンスクエア近郊 サンフランシスコ



 都会的な街並みも、大通りを二歩も離れれば、瞬く間に退廃した空気が漂うスラム街と化す。その一角、今にも瓦解しそうな古めかしい五階建てのアパートメントの一室に、その男はいた。

「早くしろ」

 男は焦っていた。

 男の目の前で液晶モニタにかじりついてキーボードを叩いているのは、十代半ば、ソバカスだらけの顔をした金髪の少女だった。頻繁に頭を掻き毟っているせいで、髪もぼさぼさに毳立っていた。

 コンピュータについてズブの素人である男は、フランス人の仲間から、彼女について、「人知を越えた」という形容詞付きで、凄腕のハッカーと紹介されていた。実際にどの程度の腕なのか男には想像が付かなかったが、少なくとも今、並の偽造職人にはとても手出しできない、合衆国郵政局の誇るセキュリティが施されたICパスポートシステムに細工を仕掛けている最中だった。

 この元となるパスポートも、仲間が近くの浮浪者に小銭稼ぎとして取得させたものだ。コンピュータデスクの脇には、これもどこから調達したのか、パスポートの表示面をミラーコート印刷できる特殊なプリンターが配置されており、彼女はその偽造パスポートに自分たちの仮の身分を書き込むべく、然るべきコンピュータシステムに侵入し、人知れずその情報を書き換える作業を行っていた。

 旅券発給システムに侵入し、直接偽造データを書き込む、それは既存の旅券偽造市場を破壊する行為に等しい。果たしてこんな小娘一人に、そんな大それた仕事が出来るのであろうか。男は半信半疑であった。仲間からは、彼女がCIA内部で仕事をさせられていたと聞かされていた。ここは仲間を信用するしかない。

 自分のコートのポケットには、無記名航空券が二枚入っていた。

「もう少しです」

 少女は答えた。彼女の声もまた、震えていた。

 市警当局に嗅ぎつけられたと仲間から連絡が入ったのは一時間前だった。パスポートを偽造する設備はこの部屋にしかない。彼女がパスポートを偽造し終わるまで、男はここから離れることができない。いつ踏み込まれてもおかしくない状況だった。男の焦りは募るばかりだ。

 

 入り口のドアをノックする音がしたのは、男の苛立ちが頂点を極め、まさに彼女に向かって怒鳴り散らそうと口を開いたその瞬間だった。

(静かに)

 男が小声でそう呟くと、キーボードを叩く音がぴたりと止んだ。既に遅いかもしれない。音は外に漏れてしまっただろうか。男は懐から消音器サプレッサー付きの自動拳銃をゆっくりと取り出し、足音を立てないよう、ドアに向かった。場数は踏んでいるつもりだが、不用意に事を荒立てたくは無い。

「すいません、どなたかいらっしゃいませんか」

 扉の外で聞こえる声は、少年のものだった。どうやら、警察ではないらしい。しかし、男は気を緩めなかった。ドアノブに狙いを定め、じっと様子を伺う。

「マーガレットさんの知り合いなんですけど」

 再び少年の声はそう告げた。男の脳裏には様々な憶測が飛び交った。声の主は、小娘がここにいる事を知っている。その事を知っている者は、自分達の仲間か、若しくは、通報を受けた市警か、そのどちらかしかいないはずだ。

 ひょっとしたら、このアパートメントの住人に、たまたま小娘と同じ名前の者が住んでおり、部屋を間違えただけなのかもしれない。マーガレットなどという名前はどこにでもいるありふれた名だ。居留守を使っていれば、ややもすれば諦めて声の主は帰ってくれるかも知れない。男はそう考えた。

 こんこん、と再びドアがノックされる。

 男は拳銃の安全装置を解除し、音をたてないように、ゆっくりと撃鉄ハンマーを起こした。早く、諦めて帰ってくれ、と男は祈った。拳銃を握っている自分の掌が、汗でじっとりと濡れているのが嫌でもわかった。

 三度、ノックが響いた。

 ふと視線を横に逸らすと、小娘はキーボードから離れ、身を隠すようにソファの脇から男を眺めていた。男が床に伏せるように合図をすると、彼女は不安の表情のまま、男の指示に従うよう、絨毯敷きの床に這いつくばった。

 しばらくの沈黙。聞こえてくるのは、隣の部屋のテレビの音だけだった。早朝のバラエティ番組か何かはわからない、やけに場違いな笑い声がくぐもって聞こえた。

 

 きりり、と少しだけ、ノブが回った気がした。

「マーガレットという名の女はいない。部屋違いだ。帰ってくれ」

 男はついに声を出して答えた。相手が部屋を間違えた程度の普通の人間ならば、これで帰ってくれるはず。最初からこうすべきだったかもしれない。

 しかし、無駄だった。ドアノブは再び、きりきりと回り始めたのだ。

 男は決意して、引き金を引いた。

 消音器特有の籠もった音と同時に、ドアノブ周辺の木材が乾いた音と共に次々と弾け飛んだ。

 細かい木屑ば散らばり、ノブはその機能を果たさないガラクタと化して床に転がった。

 ゆっくりと、ドアが開いてゆく。男は慎重にドアに近づき、そっと周辺を見渡した。

 しかし、廊下に人の気配がなかった。

 壊れたドアをゆっくりと開け放つと、廊下を挟んだ反対側の壁に、自らが放った弾痕が幾つか残っているだけだった。閑散とした廊下がそのまま奥に延びている。血の跡もなければ、足音もしなかった――――――――筈だった。

 

「やあ、マギー、調子どう《How are you》?」

 男はびくりと震えた。その少年の声は、男の背後から(・・・・・・)聞こえたのだ。

 ゆっくりと振り返ると、

 いつの間にか、

 全く気付かないうちに、

 コンピュータデスクの傍らにあるソファに、両腕を広げ、その手に何かガラクタを弄りながら、不貞不貞しく、でんと腰を下ろしている者がいた。

 声からして、おそらく、先ほど扉の外にいた少年だ。

「マギー。勝手に外に出ちゃいけないよって、俺は言ったよね」

 カジュアルジャケットに、裾の破れたジーンズ。とても警察官には見えない。年の頃は少女と同じぐらいの東洋系の顔立ちだった。少年は、男の事などまるで意に介せず、ソファの前に蹲っている少女に話しかけていた。

「さあ、一緒に帰ろう」

「……嫌です」

 マーガレットは、小さな声で、しかし、はっきりと拒絶した。

 それを聞いた少年の顔が曇った。その眼は、まるで得物を仕留める猛禽類のように細められていた。

「……やれやれ。我が儘言っちゃいけないな。さあ、一緒に帰るんだ」

 全く存在を無視された男は、少年に銃を向けて言った。

「おい、小僧《Yob》、一体何のつもりだ。小娘から離れろ……?」

 男は両腕で構えた拳銃に違和感を感じた。心なしか、軽い。

「オッサン、誘拐なんかしちゃいけないよ。彼女は僕の友達なんだ。もうすぐここに武装した警察官が来るよ。もう諦めた方がいいんじゃないかな?」

 そう言って、少年は手にしていたガラクタを床に放り投げた。

 拳銃のスライドと銃身だった。いつの間にか、男が構えていた銃は分解されていた。

 扉の外から、複数の足音がぞろぞろと響き、それはやがて部屋のすぐ外で止まった。

「ユーゴ、首尾はどうだ」

 開かれたドアの片隅に現れた黒人の男が、少年に問いかけた。防護服に身を包み、右腕に単機関銃を構えている。

「人質確保、犯人の無力化に成功。さっさと逮捕・・してランチにしようぜ。ハレルソン警部殿」

 まるで当然のように、少年は答えた

 。

 男は、何が起こったのか、さっぱり理解できなかった。いつの間にか、この年端もいかぬ少年に侵入され、抵抗する手段をも失った。警部と呼ばれた中年の黒人男性は、腰にぶら下げている手錠を取り出し、放心したままの男の腕を掴むと、丁寧に、だが力強く男を拘束し、呪文のようにミランダ警告を唱えた。

「児童誘拐、旅券偽造容疑の現行犯で逮捕する。君には黙秘権があり、君の供述は法廷において君に不利な証拠として取り扱われる場合がある」

 男は、全く抵抗せず、為すがままになっている。むしろ、抵抗する術がわからなかった、といった方が正しいだろうか。

 男は何かを言いかけたが、隊員の一人に頭から頭巾をかぶせられ、そのまま連行されていった。

 少女の眼は、明らかに少年を睨んでた。

「なぜ、施設から出たりしたんだ。マギー」

 目の前に座っている少女に、少年は問いかけた。

 彼女は黙ったままだった。

「君は普通の人間じゃない。国家安全保障局《NSA》から認定を受けた、歴とした輸出規制品・・・・・なんだよ。君の扱いには細心の注意が払われている。今回の騒ぎで、君は一体どれだけの人に迷惑をかけたと思っているんだい?」

 彼女は少年を睨みつけたまま、微動だにしなかった。 


ドラ○もんが存在した世界の国家間パワーバランスはどうなるか、なんて考える自分の超能力バトル解釈です。

無駄に濃いかも知れません。

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