婚約解消の理由2 心の変化
シャンティちゃん目線です。
小さなピエロ達による曲芸が始まった。
巨大な丸い玉に乗って作られた舞台を所狭しと走り回り、互いに物をぶつけ合ったり、時には一人のピエロがジャグリングしているリンゴを別のピエロがナイフで撃ち落としたり。
ピエロの顔スレスレだったり、危うい体勢だったりして、ナイフがリンゴに刺さる度に観客達が「おぉ」とどよめくのだけれど…。
「すごいのかしら…?」
思わず疑問を感じて首を傾げてしまった。
隣では、ああいったことではないけれど、人の度肝を抜く才能では群を抜いているシャナが手を叩き、それなりに楽しんでいるようだけれど…。
どう考えてもあんたの方がすごいわよ…。
シャナが起こした数々の出来事を思い起こし、思わず遠い目になってしまった。
なんてことを考えているうちに、せっかくのサーカスが半分過ぎてしまったわっっ。
もったいないっ!
「あんたのせいよシャナ」
「いきなり濡れ衣でしゅっ」
「ちょっと当たってみたかったのよ…て、どこ行くの?」
丁度第二部に入る前の休憩時間に入り、客席がざわつきだす。
シャナは肩から掛けた小さなポシェットの中身を確認し、満足そうに一つ頷くと立ち上がった。
シャナの隣を見れば、魔王は目を閉じて眠っているようだし、シャナはそんな魔王を置いてどこかへ行こうとしているし、どっちに着いて行くべきかしらっ。
「シャンティ置いてきましゅよ~っ」
私が行くことは決定なのね。
「て、どこ行くのか聞いてるでしょっ」
慌てて追いかけると、シャナは胸を張って答える。
「厠でしゅ~っ」
厠って何…?
__________
厠というのはシャナ語でご不浄場のことだったわ…。
それにしても、市民の使うご不浄場ってあんなに臭ったりするモノなのね。驚いてそのことを口にすれば、シャナは呆れたような目で私を見上げてきた。
「魔法で綺麗にしてるのでしゅから臭いもマシでしゅ。ぼっとんに比べればまだまだでしゅよ」
「ぼっとん?」
「ちょっとした厠事情でしゅ」
シャナの知識はどこの国のモノなのか謎だわ。あぁ、でも、学友達にも同じような知識を持った者達がいたから、きっとどこか遠い国の…えぇと、あの子達で言う、マニアな国の知識なのね。
ご不浄場の知識はともかく、スッキリして席に戻るかと思いきや、シャナが元来た道ではない方向へ歩きだす。向かう方向はどうやら外のようだけれど…。
「シャナ、どこへ行くつもり?」
今度はどこへ行くのかと着いて行けば、シャナは考え込むような表情で振り返り、進む先を指さす。
「声が聞こえるんでしゅよ。おいで~、おいで~と、で、見れば若紫達が向かっておりましゅ」
そう言われると、シャナの指す少し先には、小さな子供達が何かに操られるかのようにふらふらと歩いている。中には見知った子供達もいて、その子達はシャナが若紫と称する孤児だった。
「幼児誘拐の臭いがしましゅ。こっそり潜入でしゅよっ」
むむっと眉根を寄せるシャナは、蛇の尻尾をしゅるしゅる動かしながら、ものすごい早さで子供達の後を追った。
ものすごく目立っていて、こっそりは無理だと思うわ…。
後ろをこそこそと着いて行きながら、私達はショーをやっているテントとは別のテントへと侵入した。
中は薄暗く、サーカスの道具が入っているのであろう木箱が積み上げられ、部屋の奥には魔獣の唸る声がする。
「何だ? この変な生き物」
物陰から見れば、シャナが人相の悪そうな男に首根っこを掴まれ、吊し上げられていたっ。
助けないと!
飛び出そうとした私は、ぐっと何者かに腕を引かれ、驚いて暴れようとするその体をしっかと抱きしめられ、さらに口を何者かの手で塞がれた。
「ふぐっ」
「しっ。ちょっと黙っててくれないか、お嬢さん。チビ姫なら大丈夫だから」
聞き覚えのある声に、私はぴたりと動きを止めた。
危ない場所で大騒ぎして、状況を悪化させてはいけないことを私達はよく知っている。何しろ、常にシャナが状況を悪化させるのを見てきてるのだから。
コクコクと肯くと、そっと手が離され、体を抱きとめる腕が緩んだ。
ほぅっと息を吐いた私は振り返って相手を確認する。周りが暗いので、目が慣れるまで待ち、じっと相手を睨むように見つめれば、その姿が浮かび上がってきた。
「あなた…。シャナに惚れてしまった奇特な元騎士ね」
振り返った先にいたのは、栗色の髪に、蒼い瞳をした元青年騎士だ。シャナから聞いた話だと、シャナ(大人)を追い回す変態だ。
28歳という若さで精神異常だなんて可哀想ね・・・・。名前は何だったかしら。
「セアン・マッケイ。奇特な元騎士はやめてくれ」
彼はがっくりと項垂れる。
「だって、よく見て見なさいな、あなた、アレに惚れたのよ?」
私が指差す先で、シャナは怪しげな男の指にがっぷりと噛みつき、ぶんぶん振り回されている。見た目はまさに蛇だ。
どこにあんな凶暴な16歳の娘がいるというのか…いや、実際ここにいるのだけれど…認めたくないわ。
「…大人の姿は少し抑えられるだろう?」
彼も微妙な心境ではあるらしい。少し間があったわね。
「まぁ、そう言われればそうね。と、さすがにまずいかしら」
シャナがビタンッと床に叩きつけられ、「むぎゅっ」と変な声を出した。
「ファルグのおっさんは…」
セアンの顔色はわずかに悪い。
ああ見えて、シャナの周りにいる夫達はこの上なくシャナを大事にしているのだ、私達が傍にいてシャナを傷つけたとなると・・・とばっちりを受けかねない。
「あっちの会場で寝てるわ。あなた、呼んできてくれないかしら?」
「俺じゃなくてお嬢さんが行くべきだ。ここは危ない」
危ない…。危ないかしら? そうねぇ、考えてみると危ないわよね。孤児の子供達ばかりが怪しげな魔法か何かで集められた現場、そして、飛び掛かる幼児を床に叩きつけるような男がいるのですもの、まともじゃないわよね。
でも、危ないと感じないのは…私もシャナに感化されたのかしら。
まずいわ…私は普通の貴族の娘のはずなのに。
「急げ」
セアンがせっつき、私は考え事をしていたためにのろのろと動いてしまった。
その瞬間、腕が木箱に触れ、がたっと思った以上に大きな音が響く。
「誰だ!」
しまった!
そう思った瞬間、セアンはぐっと木箱の隙間に私を押し入れ、すっと相手の前に姿を現す。
「よぉ、久しぶりだな、ユンガロのおっさん。まだこんな商売を続けていたなんてな。俺を覚えてないか?」
セアンは背中で指を振り、私に向けて違う方向から出られる道を指さす。
行け、ということらしい。
私は彼が男を引き付けている間に走り出した。
走りながら、ふと思う。
…私、なぜ従ったのかしら?
あんな男一人ぐらい、いくらでも倒せるのに…変ね?
それに、なぜ顔が熱いのかしら?
「・・・・病気かしら」
私はぽつりと呟いて、魔王の元へと向かった。
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「あなた、何しに来たの?」
大急ぎで席に戻ると、そこには見知らぬ美人をはべらせた魔王が、堂々と座ってワインらしき酒をグラスで飲んでいた。
一体どこから出したお酒なんだか…。
「シャナとデートだな」
さらっと答える魔王は両隣の女達が不満を漏らしてもどこ吹く風だ。
「デートのつもりだったの!?」
思わず頭を抱えそうになってしまった。
どこの世界に女を放ったらかしにして寝こけた後、女をはべらせて酒を飲み、デートだと告げる男が…あぁ、ここにいるわよね、そうよね、シャナの夫ですものね!
心の中でひとしきり叫んだ後、魔王の腕を掴んだ。
「とにかくっ、そのシャナが危険」
「問題なさそうだが?」
魔王は腰を上げるでもなく、クピリと酒を飲み、サーカスの舞台を指さした。
サーカスは第二部が始まっていたようだが、振り返ると、どうも様子がおかしい…。
「ぎゃーっっ、ツチノコの火の輪潜りでしゅ~! て、これは私がすることじゃないでしゅよっっ!」
鞭を振り回す男に追われたシャナが、舞台に設置された魔獣用の火の輪を次々と潜り抜け、玉に乗り、さらには柱を登って空中ブランコを披露するという多芸っぷりだ。
追う男はぜぇはぁと息を荒げながら鞭を振るっているが、あのシャナに追いつけるはずもない。
「まだまだでしゅねぇ」
玉乗りの玉の上で腰振りダンスまで披露している。
「魔獣が逃げたぞ!」
突然会場内にセアンの声が響き、私ははっとして辺りを見回す。すると、会場内は大パニックだ。
「ちょっ」
「シャナの案か、あの男の案かはわからんが、何かするつもりらしいな」
ファルグの周りの女達もパニックと共に逃げ去り、ファルグはくつくつと笑いながら舞台上を見下ろしている。
シャナの案か、あの男の案かって? こういうパニックはね…
「シャナの案に決まってるわ!」
私は叫ぶと、とりあえずいつでも攻撃できるよう精霊を待機させ、その場にドカリと座り込んだのだった。




