表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
反逆勇者の娘です  作者: ナナホシ
序章 トレランス家のハイネ
3/5

第二話 戦いの足音

 トレランス家の住む屋敷。その三階建ての邸宅の東側には、大きな書庫がある。当主のラーサーが趣味と実益を兼ねて作ったもので、蔵書は数千冊単位。ちょっとした図書館のような規模だ。

 窓がなく、乾いた埃っぽい空気の沈殿した書庫の中。その書架と書架の間の狭い通路を、ハイネは光石ランプを片手に歩みを進めていた。白いワンピースに埃をくっつけながら、彼女は棚に並べられた本の数々を見て回る。六歳になった彼女の日常は、この書庫で本を漁り、見つけた本を部屋の机で読むことが中心だ。

 すでにこの時期になると、両親はハイネが難しい本を読んだりすることにはすでに疑問を唱えなくなっていた。特に父のラーサーはハイネの勉強好きを快く思っているらしく、進んで彼女に書庫のカギを貸し与えたほどである。彼曰く「魔王が居なくなれば学問の時代になる」だそうだ。

 ただ、さすがのラーサーも暗くて危険が多い書庫にハイネが一人で入ることまでは許可しなかった。よって、ハイネの後ろからゆっくりとお目付役のメイドが一人ついてくる。


「お嬢様……さすがにこれは……」


「頑張って。あなたならできる」


 エプロンドレスの上半分は、本の山と化していた。背の低いハイネから見ると、メイドの顔が見えず、本の塊が歩いているようである。しかしハイネは気にとめない。彼女にとってはメイドの泣き言よりも、本をたくさん集める方が重要だった。それになんだかんだ言っても、このメイドが本より遥かに重いはずの父の鎧などを苦も無く運んでいたことをハイネは知っている。臆病者のこのメイドは、暗い書庫から早く出たいだけなのだ。


 しばらくして、ハイネは今日読む分の本を集め終えた。彼女は書庫を出ると、階段を上り三階にある自室へと向かう。ちょうどそのとき、ハイネの眼に中庭で訓練を積んでいる父と兄の姿が飛び込んできた。二人とも全身に汗をかきながら、鉄製のカカシに向かって模造剣で切りこんでいる。ハイネとメイドは足を止め、二人の練習を見ていくことにした。爆竹のような音が響くたび、鋼鉄のカカシが激しく揺れている。


「よし、斬ってみろ!」


「はい!」


 カインは剣を大きく引くと、力を溜める。彼は眼を閉じ、動きの一切を止めた。僅かな揺らぎすらない。さながら石化してしまったようで、呼吸さえ止めてしまっているようだ。細い体は周囲と一体化し、カカシの方に鋭い殺気が伸びる。

 剣より立ち上る炎のようなものが見えた。赤々と揺らめく何か。瞬間、カインの身体が跳ぶ。

 鋼鉄が唸った。ひしゃげた金属が絶叫し、二つに弾け飛ぶ。鋼のカカシは腰の部分で豪快な切り口を晒して裂けた。切り口は真っ赤に燃えていて、相当な熱で焼き切られたことが分かる。

 炎の刻印。炎を操り、また物に炎を帯びさせるこの刻印こそがカインの力であった。

 ちなみに、ハイネの刻印はまだ発現してはいなかった。もしかすると、このまま発現しないのかもしれない――。


「おおっ、さすがです!」


「素晴らしいわ、兄さん」


 見事な技に思わず手をたたくメイドとハイネ。その拍手の音に、ラーサーもカインも二人の存在に気がついたようだ。カインは剣を一旦地面に置くと、誇らしげに手を振る。しかし、そんな彼の上にはすぐ拳骨が落ちた。彼が後ろを振り向くと、ラーサーが額にしわを寄せている。


「バカ者、あの程度ではまだまだだ! お前はもっと力を精密に操らねばならん!」


「は、はい! わかりました!」


 ラーサーとカインは訓練に戻った。ハイネとメイドは若干気まずそうな顔をしながらも、その場をそそくさと離れてハイネの部屋へと向かう。ここ最近、ラーサーは明らかにカインに対して厳しくなっていた。

 彼女の住んでいるスル王国を近年、どことなくきな臭い空気が包んでいた。魔物の侵攻が急速に活発化し、ここ十年は姿を見せていなかったという魔族の者たちも最近では活発に姿を見せている。灰色の森周辺では魔族と人間の小競り合いが頻発し、近いうちに王は魔王討伐軍を編成するのではないかとも言われていた。軍靴の足音が、国中から響いているようだ。

 もし魔王討伐軍が編成されれば、その指揮を執るのは間違いなくラーサーだ。そして討伐軍として出発してしまえば、しばらくの間は帰ってこられない。そのために彼は、ピリピリとした雰囲気なのだろう。


 階段を上り、長い廊下を抜けてようやくメイドとハイネは部屋へとたどり着いた。ハイネは机の上に本を置かせると早々にメイドを部屋から追い出してしまう。そして一人、机にもたれかかってため息をついた。


「戦争か……。父さん、大丈夫かな」







 その三カ月後。これから秋が来るという夏の終わりに、ラーサーの元へ王からの通知が届いた。ハイネが懸念していた通り、魔王討伐軍が編成されたのだ。その日のうちにラーサーは出立する準備を済ませると、翌朝、迎えの騎士とともに出立することとなった。

 白銀の鎧を着込み、昇る朝日に照らされたラーサー。その姿は様になっていて、物語の勇者そのものだった。見送りに来ていたハイネはその迫力に、思わず息をのむ。しかしその隣では、ルーシーが涙をこぼしていた。何とはなしに、もうラーサーとは会えないような雰囲気が辺りには漂っていた。ハイネもおぼろけながら嫌な気配を感じ、金色の草原にたたずむラーサーを見つめる。逆光に照らされたラーサーの姿はどこか、輪郭がおぼろげに見えた。まるで天の光に呑まれているようだ。

 迎えの騎士が「ラーサー様」と呼ぶと、ラーサーはヒョイと馬の手綱を引いた。白馬は高い嘶きを上げてゆっくりと進み始める。


「父上! 行ってらっしゃいませ!」


「行ってらっしゃいませ!」


「ああ! 魔王の首を土産に持ってくるぞ!」


 家族の声援にラーサーは豪快にこたえると、馬に鞭打つ。駿馬はたちまちのうちに駆け出し、ラーサーの姿はぐんぐん小さくなった。どこまでも広がる草原に、白い輝きが消えていく。カインやルーシーそしてハイネは、緑の中に呑まれていく父の雄姿を、いつまでもその場で見送っていた。

 このとき、ハイネは夢にも思っていなかった。まさか一年後、父のもとから心臓が凍るような知らせが届くことを――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ