責任者を出せ!――異世界パチンコ店長・奥瀬玄三
※本作は、奥崎謙三をモデルにした架空の人物を主人公とするフィクションです。主人公の来歴・発言・行動、登場する団体や遊技の仕組みは創作です。
「責任者を出せ!」
怒鳴ると、ミナが俺の胸を指さした。
そこには、さっき渡されたばかりの名札があった。
店長 ゲンゾウ。
「今日からあなたです」
俺は名札を見た。目の前のパチンコ台を見た。
黄金の鎧を着た王様が、炎の中で剣を掲げている。
『民よ、余を信じよ!』
さっきも信じた。その前も信じた。
三回とも外れた。
「こいつは三度も国民を裏切ったぞ」
「その台、大当たりは三百分の一です」
「それを先に言え!」
「台の横に書いてあります」
たしかに書いてあった。
王様の顔の、五百分の一くらいの大きさで。
*
俺は一度死んでいる。
奥瀬玄三。元兵士。戦後は中古の蓄電池を売って食った。
南の島で仲間を失い、帰ってからは、死んだ連中の名前を持ってあちこちへ押しかけた。説明しろ。責任を取れ。俺はそればかり言っていた。
人を殴った。塀の中にも入った。
俺の戦争には何の関係もない人間まで傷つけた。
そのときは、関係があるのだと自分に言い聞かせた。
死ぬ間際に思い出したのは、俺が論破した相手の顔ではなかった。俺が近づくと、物も言わず後ずさった人間の顔だった。
それで終わりならよかった。
目を覚ますと、空に月が二つあった。
腰が伸びた。歯がそろっていた。俺の身体は、三十歳くらいに戻っていた。
生まれ直したらしいとわかるまで半日。剣と魔法の世界だとわかるまで一日。こちらにも王様がいると知るまで一日と五分。
神様の仕事も、たいがい雑である。
俺を拾ったのは、二十八歳の店主、ミナだった。
祖父から継いだ魔導弾球店《銀の月》の裏で、俺が雨をしのいでいたのだ。
「働けます?」
「王と神には頭を下げん」
「お客様には?」
「相手による」
「接客以外にしましょう」
店の蓄魔器が故障していた。
魔力をためて、必要なところへ流す。仕掛けを聞けば、蓄電池と遠い親戚だった。ミナに部品の名前を教わりながら端子を磨くと、死んでいた六台がいっせいに光った。
彼女は声を上げて笑い、すぐに修理代の請求書を引き出しへ隠した。
「何でもっと早く来てくれなかったんですか」
「死ぬのに手間取った」
翌日から修理係になり、一週間後には店長になった。
前の店長が、売上金を持って逃げたからである。
「俺も逃げるとは思わんのか」
「あなた、逃げる前に演説しそうなので」
採用条件は三つ。
人を殴らない。物を壊さない。店の金を勝手に使わない。
「俺は万民平等兵だ。命令は受けん」
「では、雇えません」
俺は署名した。
*
店には十八台あった。
十二台が王立遊技商会からの借り物。残る六台は、ミナの祖父が買った旧式の機械だ。
客が硬貨を入れる。玉が出る。取っ手を回すと、玉が盤面の釘の間を落ちていく。穴に入れば絵柄が回り、当たれば玉が増える。
玉はカウンターで、食料や日用品、商店街で使える買物券に換えられた。
世の中は変わっても、人間は光る穴へ金を入れるらしい。
店長になって最初に、俺は貴族専用席を撤去した。
次に、従業員専用だった休憩用の椅子を客にも開放した。
すると従業員が座れなくなった。
「平等を増やすなら、椅子も増やしてください」
ミナに言われ、廃材で三脚作った。
その次に、負けている客へ玉を配った。
これはたいへん評判がよかった。
閉店後、ミナが賃金袋を三つ、空のまま机に並べた。
「今日配った分です」
「客が困っていた」
「明日、店員が困ります」
俺は自分の給料から埋めると言った。
「一度はそれで済みます。でも、来月もあなたのお財布で店をやるんですか」
翌朝、俺は玉の配布をやめた。
客にはぶうぶう言われた。
「革命はもう終わりかよ」
「椅子は増えた」
俺が言うと、客の一人が新しい椅子へどっかり座った。
「じゃ、まあ、いいか」
そいつは何も打たずに、一時間休んで帰った。
*
十四番台には、毎週、水曜日の夕方に同じ男が来た。
右手がなかった。
名はバルド。北方遠征から戻った兵士だという。
決まって銅貨を五枚だけ使い、玉が尽きると帰る。大当たりしても、閉店前には必ず席を立った。
打つ機種は《聖王大遠征》だった。
王様が剣を振る。砦が燃える。兵士が突っ込む。
画面の兵隊は、泥の中でも歯が白かった。
俺はその台が嫌いだった。
『退くな! 勝利は目前だ!』
黄金の将軍が叫ぶと、バルドは左手で玉を打ち続けた。
「そんなものを、よく打てるな」
言わんでいいことを、俺は言った。
バルドは画面から目を離さなかった。
「ほかの台は取っ手が遠い」
「そういう話ではない。戦争をこんなお祭り騒ぎにされて、腹が立たんのか」
「立つよ」
「なら、なぜ――」
「あんたにも、いま立ってる」
玉が釘をたたいた。
「座るところまで命令されるとは思わなかった」
俺は黙った。
画面では遠征軍が全滅し、明るい声で『次こそ勝利!』と告げられた。
バルドは残りの玉を打ち終えると、俺を見ずに帰った。
その夜、俺は旧式台の取っ手を左側にもつけた。
翌週、それを見せると、バルドは椅子に座って具合を確かめた。
「いいな」
「そうだろう」
「でも今日は、あっちを打つ」
十四番台を指さした。
俺の口が開きかけたところで、ミナが背中をつねった。
バルドが初めて少し笑った。
「あの台、当たると帰還の曲が流れるだろ」
俺はうなずいた。
「隣の寝台の奴が吹いてた。笛がうまかったんだ。ほかでは、もう聴かない曲でね」
バルドは取っ手へ左手を置いた。
「曲だけ聴きたい日と、腹を立てたい日がある。今日はまだわからん」
俺は、交換用の空箱を脇に置いた。
しばらくしてから言った。
「先週は、悪かった」
「うん」
「取っ手の具合が悪ければ呼べ」
「うん」
その日は外れた。
帰還の曲は流れなかった。
*
月末、王立遊技商会の男が来た。
名はローデン。よく磨いた靴と、よく磨いた言葉を持っていた。
「こちらのお店を、ぜひ王国親善遊技会の会場に」
俺は断ろうとした。
ミナが先に、会場費の数字を見た。
「詳しく」
彼女の声が変わった。
店の屋根は雨漏りしていた。玉洗い機は二日に一度止まった。俺たちは、屋根の穴と賃金袋を交互に見ながら営業していた。
催しには、若いレイン子爵が来るという。
北方遠征を指揮した、故グラント元帥の息子。王立遊技商会の宣伝役だった。
「レイン様が一般のお客様と同じ台を打ち、身分を越えて楽しむ。街の映写板にも、その様子を流します」
「同じ台か」
「もちろん」
「同じ列に並ぶか」
「それは、まあ、演出次第で」
「並ばせろ」
ローデンはミナを見た。
ミナは屋根を見た。
「整理券一番をお渡しするのも駄目ですか」
「先着順だ」
長い相談の末、子爵は朝から並ぶことになった。
この世界へ来てから、初めて王制を一ミリ動かした気がした。
前夜、俺は十二台の蓄魔器を点検した。
催しの途中で止まれば、せっかくの会場費が飛ぶ。
台を開けると、どれにも細い金線が一本、別の箱へ延びていた。
そこだけ妙に新しかった。
箱には、紋章を読み取る小さな水晶がついている。
ミナに文字を読ませると、《恩寵補正器》とあった。
説明書は店になかった。
俺はローデンを呼び戻した。
男は眠たそうにやって来て、開けた台を見ると、少しだけ嫌な顔をした。
「故障ではありません。御身分を識別する装置です」
「何のために」
「恩寵の付与です」
「何を付与する」
ローデンがため息をついた。
「当選の機会を。平民の方は通常の三百分の一。子爵家なら三十分の一です」
俺は台の王様を見た。
笑っていた。
「同じ台を打つと言ったな」
「同じ台ですよ」
ミナが説明書を要求した。
ローデンは鞄から薄い冊子を出した。俺たちが何を騒いでいるのかわからないという顔だった。
「王国認可の仕様です。どのお店でもそうです。爵位に恩典があるのは、ほかの商売でも同じでしょう」
俺は表へ回った。
台の横には三百分の一と書いてある。
その下に、さらに小さな文字。
――御身分による恩寵を除く。
全部、書いてあった。
書いてあるのに、俺もミナも知らなかった。
「明日の催しをやめる」
俺が言うと、ローデンは初めて笑わなくなった。
「契約は済んでいます。会場費は出せなくなりますし、貸出機の契約も見直すことになりますよ」
「持って帰れ!」
「店長」
ミナの声が低かった。
「その十二台を返して、来月どうするか。そこまで話してからです」
俺は振り返った。
彼女はローデンの側には立っていなかった。
俺の側にも立っていなかった。
店の真ん中で、電卓に似た算盤を持っていた。
*
翌朝、レイン子爵は整理券十七番を取った。
王制は、一ミリ動いたままだった。
朝の行列にはバルドもいた。いつもと違う曜日だったが、「休みを替わった」とだけ言った。
子爵は二十二、三の細い青年だった。
パン屋の客に順番を抜かされかけて、「こちらが最後尾です」と遠慮がちに言っていた。
その父親の顔さえ知らない俺は、そいつを見るなり、故元帥への怒りを感じた。
便利な顔だと思った。
死んだ男を殴れないとき、その息子の顔は、たいへん便利だった。
だから俺は、手をポケットへ入れた。
昨夜、ミナと決めたことは二つだった。
催しで、補正の仕組みを客に説明する。
説明を認めないなら催しを中止し、十二台を返す。
六台だけでは家賃が厳しい。裏の倉庫を空け、蓄魔器の修理も請ける。貸出契約を切る費用は預託金から差し引かれ、屋根の修理はまた延びる。
その数字を出すまで、夜明け近くまでかかった。
俺が「給料はいらん」と言うと、ミナは却下した。
「あなたが倒れたら、また誰かが無料で働くことになります」
俺は、こういう女が一番手ごわい。
開店した。
撮影用の水晶が光り、ローデンが愛想よく口上を述べた。
「本日は、貴族も庶民も同じ興奮を――」
俺はその隣へ進み出た。
「興奮は同じかもしれんが、確率は違う。説明する」
ミナが、昨夜書いた大きな板を持ち上げた。
通常、三百分の一。
子爵、三十分の一。
ローデンが水晶へ手を伸ばした。
撮影係が身を引いた。
「放映の中止は本部からの指示がないと」
俺は初めて、命令待ちの人間をありがたいと思った。
客たちが板を見た。
「十倍?」
「俺の台も?」
「だからあの貴族、いつも積んでたのか」
知っていた客もいた。
「いまさら何だよ。貴族が得するのは当たり前だろ」
その声の方が、俺にはこたえた。
レインが板へ近づいた。
「これは、商会から貸与された紋章でも?」
「もちろんでございます。レイン様の御資格に応じた――」
「では、私の先月の連勝も?」
ローデンが黙った。
若造は、自分の胸の紋章を見下ろした。
客の一人が笑った。
「なんだ。腕じゃなかったのか」
レインの耳が赤くなった。
俺は、その赤い耳めがけて言葉を投げつけたくなった。
お前の父親は。お前の家は。お前たちはいつも。
そこまで出かかった。
背後で、玉箱が床に置かれた。
バルドだった。
「店長」
「何だ」
「この玉、先に換えてくれるか」
「いま、大事な話を――」
「俺のも大事なんだ」
箱には、朝から打って残った玉が入っていた。
「帰るのか」
「うん」
「この男の父親に、言いたいことはないのか」
バルドは若造を見た。
それから俺を見た。
「父親なら、ある」
俺の右手が、ポケットの中で握られていた。
爪が、手のひらへ食い込んでいた。
俺は手を開いた。
ちっとも立派な気持ちにはならなかった。
逃がしてやっている、という卑しい考えまで浮かんだ。
それでも、手は開いたままにした。
「ミナ。交換を頼む」
「はい」
俺はレインに向き直った。
「お前は、宣伝で何と言った」
「……誰にでも、私と同じ勝機があると」
「今度は、自分が座る台のことを調べてから言え」
レインは何か言いかけ、やめた。
バルドは買物券を受け取った。
そのまま帰るかと思ったら、入口の椅子に座って靴紐を直し始めた。
片手なので時間がかかった。
俺は、待った。
*
「これで満足ですか」
ローデンが、俺にだけ聞こえる声で言った。
「恩寵は王国の制度です。商会への抗議ではどうにもならない。貸出機は引き揚げます。あなた方の損になるだけだ」
「客に説明して使えるなら、昨夜はそれでも相談するつもりだった」
ミナが言った。
「でも、説明の途中で撮影を止めようとする会社とは、続けられません」
「六台で経営が成り立つと?」
「楽にはなりません」
彼女は、楽になるとは言わなかった。
ローデンは手袋をはめ、十二台の管理鍵を操作した。
「では、停止します」
そのとき、十四番台が鳴った。
座っていたのは、買物帰りらしい小柄な老婆だった。
画面いっぱいに、金色の旗が開いた。
『全軍帰還! 大勝利!』
ローデンの手の下で、音が切れた。
台が暗くなった。
払出し口から玉が二つだけ落ちた。
老婆が、空になった口をのぞきこんだ。
「あれ。当たったんだけど」
俺の視界が狭くなった。
ローデンの襟元しか見えなくなった。
道理はあった。腹も立っていた。手を伸ばせば届いた。
ミナが俺の腕へ触れた。
「店長。先に、お客様の玉です」
俺は老婆を見た。
老婆はローデンではなく、俺を見ていた。
「出るんだよね?」
俺は台の前にしゃがんだ。
「出す」
裏蓋を開けた。
払出し数の記録は、電源を切っても残る。修理の最初に、ミナから教わったことだった。
千二百個。
すでに払い出した分、二個。
「千百九十八個だ。ミナ、台の番号と記録を写せ」
俺は倉庫から予備の蓄魔器を運んだ。
ローデンが何か言っていたが、いまは客の玉の方が先だった。
払出し側と音源だけを、予備の蓄魔器につなぎ直す。
計数器が動いた。
玉が落ち始めた。
じゃら、じゃら、じゃら。
王様の顔も、燃える砦も、画面には戻らなかった。
音源に残っていた帰還の曲だけが、途切れ途切れに流れた。
陽気な、短い笛の曲だった。
入口で、バルドが顔を上げた。
俺は床に膝をつき、線が外れないよう押さえていた。
老婆が満ちていく箱をのぞき、笑った。
「ああ、よかった。油と砂糖がもらえる」
千百九十八個。
最後の一個が落ちるまで、誰も俺に拍手などしなかった。
それでよかった。
払い出しが終わると、俺は立ち上がった。
「玉が残っている客は、先に交換してくれ。借りている十二台は、今日で終わりだ」
文句が出た。
「せっかく休みに来たのに」
「ほかの店へ行くか」
「旧台は動くの?」
客はそれぞれ違うことを言い、それぞれ違う方へ動いた。
レインは撮影用の水晶へ向かい、さっきまでの宣伝について訂正を始めた。うまい言葉を探して何度もつかえた。
それを聞く客も、聞かずに帰る客もいた。
バルドは、俺が作った椅子から立った。
「じゃ、店長」
「おう」
「今度、左の取っ手の台を打つ」
「おう」
「今日は、パンを買って帰る」
俺は出口からどいた。
*
三か月後、王様はまだ王様だった。
王立遊技商会も、普通に営業していた。
レインの宣伝だけは見かけなくなった。別の貴族が代わりに笑っていた。
《銀の月》は六台になった。
空いた場所には修理台を置いた。俺は午前中、街の蓄魔器を直し、昼からホールへ出た。
古い六台には、紋章を読む仕組みそのものがない。
儲けは少なかった。
修理代を合わせて、ようやく賃金袋がふくらむ程度だ。
雨の強い日は、まだバケツが要った。
入口には俺が書いた札がある。
『当店の抽選は身分を問いません。
ただし、大当たりは保証しません』
その下へ、ミナが一行足した。
『店長の説教は、お断りいただけます』
たいへん腹の立つ札だった。
客には評判がよかった。
バルドは水曜日に来る。
左側に取っ手のある旧式台で、銅貨五枚だけ遊ぶ。たまに来ない週もある。
俺はその理由を聞かない。
聞きたくはなる。
ある日、小さな笛を持ってきて、休憩の椅子で帰還の曲を吹いた。
あまりうまくなかった。
「隣の奴は、ここを一息で吹いてたんだ」
そう言って、途中からやり直した。
店では、相変わらず玉が鳴っていた。
当たる客もいた。外れる客もいた。
俺は、外れた客の玉を足してやりたくなるたび、賃金袋を思い出した。
夕方、旧式の竜が羽根を開く台で、男が立ち上がった。
「おい! 全然出ないぞ! 責任者を出せ!」
俺は工具を置き、台の前まで行った。
「俺だ」
「玉が途中で止まってんだよ!」
見ると、ほんとうに詰まっていた。
俺は頭を下げた。
「すまん。すぐ直す」
男はまだぶつぶつ言っていたが、椅子に座り直した。
俺は鍵を差し込み、ガラスを開けた。
帰還の曲が、休憩席からもう一度聞こえた。
今度は、途中で切れなかった。




