(番外編)波の寄せる丘
とある雨の日、青年ポーワルドは死者の弔い、魔魂祭のために、実家のあるプレリオール町へと帰省していた。
小さな折り畳み傘をさしながら、なんだか憂鬱な気分だった。それでも、毎年この魔魂祭には参加している。
なぜなら、彼には幼い頃に亡くした母がいるからだ。
欠かしたことはない。誰だってそうする。
彼は心優しい青年であった。地元の学校を卒業してからは隣町の小さな魔シンの部品を作る工房で働いているし、父親や学校時代、工房の知り合いはみんな彼のことが大好きだ。
実家に向かって歩いているとコーヒーのいい匂いがした。喫茶店ソーニという店らしい。新しくできたのか彼は今度行ってみたいなと好奇心をくすぐられた。そんなことを頭の中で考えていると、不意に目の端できらりと何かが光った。
思わず顔を向けた。光の正体は小さな花屋の白い花だった。
ポーワルドは白い花をまじまじと見つめた。なんだか懐かしいような、優しいようなふわふわした気持ちに包まれる気がする。そんな感じがした。「ずっとでも見ていられるな」と思わず口走ったら、横からまるで、冬の暖炉のように暖かく、レインコートみたいに包容力のある声が聞こえた。
「わかります!その花、とても綺麗ですよね」
「その花、ポーワルドって言うんですよ」
きれいな髪で背は僕みたいに少し高い女性だった。すごく明るいオーラの女性だ。
「へぇ、僕と同じ名前だ」話しかけられたことに少し驚いたが、同じ名前だっていうことにもっと驚いた。
「あなたは?」僕は彼女の声が少し好きで、彼女のことが知りたいと思った。
「わ、わたし?!わたしは〜、ソーニ、ソーニよ!」
いきなり名前を聞いてしまって、迷惑だったのかな?と思った。だけど、これまた驚いたことに、そこの喫茶店と同じ名前じゃないか!
「ははっ!僕たちとっても気が合うのかも」
「ええ!私たちの親はきっと、この通りで名前をつけたに違いなわ!」冗談をいって、とても楽しい時間だった。
僕たちはすぐに意気投合した。花屋では白い花ポーワルドについてよく教えてもらった。あの花の花言葉は「側にいるよ」っていうらしい。この町の海辺の崖に生えてるみたいで、光の当たり方によって、朝と夜まるで違った美しさを持つらしい。
ソーニ自身についても聞いてみたけど、あまり話したくないみたいで、彼女のことについて尋ねるといつも少し困った表情になる。でも、プレリオール町に住んでるソーニってことだけは知ってる。
それからというもの、隣町だというのもあって僕たちは親密な関係になっていった。素敵な女性なんだけど、お互い恋愛というよりは友情みたいなあったかい絆が芽生えていた。
僕たちは流行りの映画を見にいったり、喫茶店ソーニにも行ってみた。僕はアクション系が好きで彼女はロマンス系が好きだったけど、二人で見た映画で1番だったのはゾンビ映画だったっていうのがすごく面白かった。喫茶店ソーニはコーヒーも美味しかったけど、ソーセージパンがとくに絶品だった。二人でまた行きたいって言ってる。隣町だけど常連になりそうなくらいにね。
山にも行ったし、海にも行った。今度は、あの崖の方に白い花を見に行くって約束してある。
それからなんと先週の誕生日、町1番のレストランで僕の誕生日サプライズまで催してくれたんだ。
とにかく最高の友人と出会て良かったって思ってる。僕らを繋いでくれたあの白い花にはいくら感謝してもたらないくらいだ。
また、僕はいつものようにプレリオール町を歩いていた。ソーニと予定があるって訳じゃないけど、ただ別の用事があって実家に向かって歩いていたら。その日も雨だった。
その日は休日で通りは人が結構多かったから、傘をさしてると歩きづらかった。人混みを避けながら歩いていると、見覚えのある人物とすれ違った。人通りは多かったけど、傘をさしてないから目立っていた。あれはソーニだった。振り返ると、ソーニは路地の角を曲がっていくところだった。
「ソーニ!大丈夫?」て声をかけながら追いかけたんだけど、路地を曲がったときにはもう彼女の姿はなかった。
それから、彼女は姿を見せなくなった。いつも会う時に次の約束を取り付けていたけど、ソー二は初めて約束を守らなかった。それから彼女には会っていない。
2ヶ月ほどたったある日、僕は父親に会いに帰った実家であるものを見つけた。白い花だった。どうやら父親があの花屋で買ってきていたらしい。父に花について尋ねた。
母が好きだったから、なんとなく買ってみたらしい。
それで横に飾ってある母の写真を見て気づいた。髪型は違うけどソーニに似ていた。
驚いたけど、偶然なんかじゃないと思った。昔母が使っていた机の引き出しを開けて、他の写真があったりしないかと探してみた。なんとなく、失礼な気がして今まで開けたことはなかったけど今回だけはと探った。
写真はなかったけど、日記を見つけた。僕が生まれてくる前につけていたものみたいだった。
日記にはこう記されていた。
「私にはお腹の中のこの子が、大きくなったら叶えたい夢がある。毎週ショッピングにいってこの子にお洋服を買ってあげるの。それから、お誕生日には最高のレストランで最高のサプライズ!私の大好きな映画も一緒に観るの!間違ってもゾンビ映画なんかはダメね!
冗談はさておき、これだけは絶対に叶えたい夢。
海の見えるあの崖で、白い花を囲んで、日が暮れるまで家族で海を眺めるの!
そうだ、息子の名前はポーワルドにしましょう!」
僕は、胸が熱くなった。だってまるで、ソーニは僕の母親みたいじゃないか。
僕はいても立ってもいられなくなって、無我夢中で走り出した。プレリオール町は急な雨。お構いなしに通りを駆け抜けた。海の見える崖までひたすら走った。
崖まで行くと、崖の1番高いところ、端っこに女性が立っていた。ソーニだ!走って近づいた。
「ソーニ!こんなところで危ないし、風邪ひくよ!!」って言った。だけど振り返った彼女を見てショックを受けた。
後ろ姿はそっくりだったけど振り返ったら女性はソーニではなかった。
気まずそうに僕の横を通り抜けて、それから走って去っていった。
僕はなんだか虚しい気持ちになった。地面に這いつくばって泣いた。人生で1番大きい声で泣いたけど、雨と風にかき消えた。頭がクラクラ痛くなるくらい泣いた。泣いて泣いて、いつのまにか雨が止んでいた。
泣きつかれて、座り込んだとき、とても白くて眩しい光が目に入った。
側には白い花が一輪咲いていた。




