第7話 本人の知らないところで、伝説が増えていた
その日、俺は何もしていなかった。
正確に言うと、宿の二階で昼寝をしていた。
昨日の検証騒ぎで、精神的に疲れていたのもある。
何より、外に出ると面倒な予感しかしない。
「……平穏……」
ベッドに転がり、目を閉じる。
久しぶりに、何も考えなくていい時間だ。
――その頃。
冒険者ギルドでは、妙な空気が漂っていた。
「聞いたか?」
「例の新人の話だろ」
「魔法を“縛った”らしい」
受付前で、冒険者たちがひそひそと話している。
「縛るって、どういう意味だ?」
「失敗しないように、最初から危険を排除するらしい」
「……それ、できるのか?」
昨日の検証で起きた軽い事故。
そして、その後に行われた“口止め”。
情報は断片的で、だからこそ膨らんでいた。
「禁忌に近いって話だ」
「ギルド上層が動いたらしいぞ」
「監視対象になったって」
話は尾ひれを付ける。
「理屈で魔法を制御するんだと」
「才能を否定する思想だ」
「下手すると、既存の流派が全部潰れる」
――そこまで言ってない。
だが、誰も俺の本音を知らない。
ガルドは、壁際で腕を組んでいた。
「……あいつは、そんなこと考えてない」
ぽつりと呟いたが、声は拾われなかった。
「危険人物だ」
「いや、救世主かもしれん」
「神の遣いだって噂も……」
話が、だいぶ遠くまで行っている。
一方その頃、魔法学院の関係者が町に到着していた。
「この町で、妙な理論を使う冒険者がいると聞いたが」
「ええ、測定不能で……」
「詠唱を省略した、と?」
情報は、さらに加工される。
「禁忌を理解した上で使っている」
「自覚的に危険を操っている」
「制御できるのは、選ばれた者だけ」
――違う。
全部、違う。
だが、当の本人は。
「……ん……?」
宿の部屋で、寝返りを打っていた。
昼過ぎ、ようやく目を覚ます。
「……よく寝た」
階下が、やけに騒がしい。
食堂に降りると、宿主が慌てた様子で声をかけてきた。
「お客さん、今日は外、出ない方がいいですよ」
「え、なんで?」
「なんか……探してる人が多いんです」
嫌な予感しかしない。
パンをかじりながら、窓の外を見る。
ギルド方面に、人が集まっている。
「……俺、今日は何もしてないんだけどな」
その頃、ギルドでは結論が出ていた。
「結論として」
幹部の一人が言う。
「カナメは、危険ではあるが――制御可能だ」
拍子抜けするほど、雑な結論だった。
「本人は、穏健派だ」
「過激な思想はない」
「ただし、周囲が勝手に真似すると危険」
――それは正しい。
「よって、扱いはこうする」
「自由行動」
「ただし、監視強化」
「接触は段階的に」
決まった。
当人の知らないところで。
夕方、リナが宿に駆け込んできた。
「カナメさん!」
「はい?」
「今日は……何してました?」
「昼寝ですが」
彼女は、頭を抱えた。
「……もう、遅いです」
「何が?」
リナは、はっきり言った。
「カナメさん、“危険だけど放っておけない人”として認定されました」
「……最悪では?」
彼女は苦笑する。
「でも、排除されなかっただけ、まだ……」
「まだ、ですね」
俺はため息をついた。
(何もしてない日に限って、評価が進むの、なんでだ……)
窓の外では、今日も噂が増殖している。
――理屈で魔法を縛る男。
――才能を否定する異端。
――神の理に近づいた存在。
どれも、俺の知らない俺だ。
「静かに暮らしたいだけなんだけどな……」
その願いが、どんどん遠ざかっていくのを感じながら、
俺は残りのパンを口に放り込んだ。
──第7話・完




