第5話 ベテラン冒険者は納得しない
翌日、俺は少しだけ早起きした。
理由は単純だ。
昨日のあの流れで、何も起きないわけがない。
(模擬戦とか、やりたくないんだけどな……)
ギルドに向かう途中から、視線を感じていた。
露骨ではないが、確実に俺を見ている。
建物に入ると、すでに人だかりができていた。
「来たぞ」
「あれが……」
「例の新人だ」
噂の伝播速度が早すぎる。
中央の簡易訓練場に、ガルドが腕を組んで立っていた。
周囲には冒険者たち。
完全に見世物だ。
「逃げなかったな」
「逃げる理由がないので」
正直に言ったら、少しだけ目を細められた。
「模擬戦だ。武器は木剣」
「怪我は?」
「加減はする」
信用していいのか分からないが、拒否しても空気が悪くなるだけだ。
木剣を受け取り、軽く重さを確かめる。
バランスは悪くない。
「準備はいいか」
「はい」
合図と同時に、ガルドが踏み込んできた。
速い。
さすがベテランだ。
(でも……)
動きが直線的だ。
重心が高い。
剣を受け流し、一歩横にずれる。
ガルドの剣が空を切った。
「なっ……」
次の一撃も同じ。
三度目で、俺はわざと少し距離を詰めた。
ガルドが力任せに振り下ろす。
その瞬間、踏み込みすぎた足に合わせて、柄で軽く打つ。
体勢が崩れる。
「っ!」
倒れはしなかったが、明確な隙だった。
(今ので終わりにしたい)
俺は剣を止めた。
「……続けますか?」
「……なぜ、攻めない」
ガルドの声は低かった。
「もう結果は出てます」
「ふざけるな」
「ふざけてません」
周囲がざわつく。
「今の動き、再現できます」
「あなたが同じ踏み込みをしたら、同じ隙が出る」
「俺は、それを見て、避けただけです」
ガルドは歯を食いしばった。
「理屈で、人は倒れん」
「倒してません。転ばせただけです」
「……!」
もう一度、ガルドが前に出る。
今度は慎重だ。
だが、慎重になるほど動きが鈍る。
迷いが、全部見える。
(経験値が多い分、固定観念も多い)
俺は一歩も踏み込まず、すべて受け流した。
五合、十合。
最後に、剣先を軽く払って言った。
「ここでやめましょう」
「……俺は、負けていない」
そうだろう。
倒れてはいない。
「はい。でも、勝ち筋もありません」
「……」
沈黙。
観客だった冒険者たちも、声を失っている。
しばらくして、ガルドは木剣を下ろした。
「……分かった」
「?」
「俺は、強くなる方法を知ってるつもりだった」
低い声で、続ける。
「だが、それが“正しい”とは考えたことがなかった」
その言葉に、周囲がざわめく。
「教えを乞うつもりはない」
「でも……考えさせてくれ」
そう言って、背を向けた。
俺は木剣を返し、深く息を吐いた。
(勝った感じ、しないな……)
ギルドの隅で、リナが呆然と立っていた。
「……あの」
「はい」
「今の、どうやったんですか?」
俺は少し考えてから答えた。
「失敗したら危ないことは、やらないだけ」
「……それだけ?」
「それだけです」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
「それ、凄いことだと思います」
「そうですか?」
リナは真剣な顔で言った。
「みんな、“危ない前提”で動いてますから」
なるほど。
俺は思った。
(やっぱり、この世界……)
昼下がりのギルドで、噂はさらに広がっていった。
――理屈で戦う冒険者。
――ベテランを下がらせた新人。
俺の知らないところで、評価だけが勝手に積み上がっていく。
「静かに暮らしたいんだけどな……」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
もちろん、叶うはずもなかった。
──第5話・完




