第23話 質問してはいけない空気
その日の授業は、前日より少しだけ空気が重かった。
理由は簡単だ。
俺が、後ろにいるからだ。
(……いや、俺何もしてないんだけど)
講義室に入ると、学生たちの視線が一瞬だけ集まり、
すぐに逸らされた。
教師も、ちらりとこちらを見る。
だが、何も言わない。
意識されている。
それだけで、場が歪む。
「では、本日の内容に入る」
昨日とは別の教師だが、言っていることは似ている。
「魔法は感覚だ」
「理屈で考えると、失敗する」
相変わらずだ。
学生たちは、黙って書き留めている。
疑問を持つより、信じた方が楽だ。
(……聞いちゃダメなやつだな)
俺は、完全に聞く側に徹する。
腕を組み、壁にもたれかかる。
授業は淡々と進み、
基礎理論の説明に入った。
「この魔法陣は、古くから使われている」
「細部は、気にする必要はない」
気にする必要は、大いにある。
(線、太さ揃ってないし……)
(配置、左右非対称だし……)
だが、言わない。
しばらくして、教師が例の一言を口にした。
「……では、質問はあるか?」
教室が、凍った。
昨日と同じだ。
だが、今日は違う。
学生たちの視線が、一斉に俺に集まる。
(いや、俺じゃないから)
俺は、静かに首を振った。
すると――
「……あります」
前から三列目。
一人の学生が、手を挙げた。
ざわっと、空気が動く。
(おお……勇者だな)
教師は、少しだけ戸惑った。
「……何だ」
「この魔法陣ですが」
学生は、必死に言葉を選んでいる。
「成功率が低い原因は」
「才能以外に、ないのでしょうか」
完全に地雷だ。
教室が、静まり返る。
教師は、言葉に詰まった。
「……それは」
「古来より、こう使われてきた」
「つまり、だな」
曖昧な言葉が並ぶ。
「失敗するのは」
「理解が足りないからだ」
学生は、引き下がらなかった。
「では」
「どこを直せば、成功率が上がるのでしょうか」
完全に踏み込んだ。
(あー……)
俺は、天井を見上げた。
これはもう、止まらない。
教師の声が、少し強くなる。
「それは、考える必要はない」
「成功する者は、最初から成功する」
教室の空気が、目に見えて冷える。
学生は、何か言いかけて――
やめた。
座席に、ゆっくり座り直す。
授業は、強引に続行された。
だが、集中している者は少ない。
(質問一つで、ここまで崩れるのか……)
授業終了の鐘が鳴り、
学生たちは、無言で立ち上がった。
廊下に出ると、ざわざわと声が戻る。
「今の、どういうことだ?」
「結局、答えてなかったよな」
「質問しちゃダメってことか?」
小さな疑問が、生まれている。
俺は、少し距離を取って歩く。
イーサが、隣に来た。
「今回は」
「あなた、何もしていませんね」
「ええ」
「それでも、崩れました」
淡々とした評価だ。
「質問は」
「危険ですか?」
「制度にとっては」
なるほど。
学院の教育は、
答えを教える場所ではない。
答えがないことを、
悟らせない場所だ。
(それ、長く持たないだろ……)
だが、今日は何も言わない。
言わなくても、
疑問はもう、芽を出している。
──第23話・完
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