第2話 異世界の常識、信用できない
その後、俺は町の人たちに囲まれた。
「少し、こちらへ……」
「いや、俺これから予定が……」
予定?
ない。何もない。
ただ、巻き込まれる気配だけがある。
結果、俺は広場の端にある詰所のような建物に連れていかれた。
石造りで、壁には剣と盾が飾ってある。
「安心してください、拘束ではありません」
「その言い方、逆に不安なんですが」
向かいに座ったのは、さっきの魔法を見ていた中年の男性だった。
視線がやたらと真剣で、ちょっと居心地が悪い。
「あなたは……どこで魔法を学ばれたのですか?」
「え? いや、見よう見まねというか……」
「師は?」
「いません」
「所属流派は?」
「ないです」
質問されるたびに、相手の表情が曇っていく。
「……つまり、独学で、詠唱なし、杖なし?」
「結果的には、はい」
沈黙。
「……ありえない」
小さく、だがはっきりと言われた。
いや、俺に言われても困る。
やった本人が一番「ありえない」って思ってる。
「魔法とは、本来――」
彼は語り始めた。
要約するとこうだ。
・魔法は才能
・才能がない者は失敗する
・失敗するのが普通
・成功する方が例外
「……それ、危なくないですか?」
「何がでしょう?」
「失敗前提の技術って」
彼はきょとんとした。
「魔法とは、そういうものですから」
「検証とか……改善とか……」
「?」
会話が噛み合っていない。
というか、根本から価値観が違う。
(これ、魔法が危険なんじゃなくて、運用が雑なだけでは……?)
詰所を出る頃には、すっかり日が傾いていた。
結局、俺は「様子見」という扱いで解放された。
「何もしないでくださいね」
「えっと、何を……?」
「何も、です」
余計怖い。
ひとまず宿を探そうと歩いていると、通りの先でまた人だかりができていた。
「今度は何だ……」
近づくと、さっきとは別の場所で、同じように魔法の練習をしている。
今度は少女だった。
必死な表情で詠唱し、杖を振る。
だが、やはり結果は出ない。
「また……ダメ……」
肩を落とす少女を見て、周囲が口々に言う。
「才能だな」
「諦めた方がいい」
「向いてない」
胸が、ちょっとだけ痛んだ。
努力して、失敗して、それで終わり。
改善の余地が最初から存在しない。
(それでいいって、皆が思ってるのか……)
俺は一歩踏み出しかけて、止まった。
(……いや、待て)
さっきから俺は、この世界のやり方を否定してばかりだ。
でも、俺はただの異世界初心者。
ここでは俺の方が非常識かもしれない。
そう思って、踵を返そうとした。
「……あの」
少女が、俺を見ていた。
「さっきの……魔法、見ました」
「……あー」
やっぱり見られてたか。
「どうしたら、ああなりますか?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
どう説明すればいい?
「……再現できる方法、考えた方がいいと思う」
「再……げん?」
少女は首を傾げた。
その仕草が、さっきまでの自分と重なった。
(ああ、これがこの世界の“普通”なんだ)
理解した瞬間、ため息が出た。
「ごめん。今日は説明できない」
「……そう、ですよね」
落胆する少女を背に、俺は歩き出した。
宿に向かいながら、考える。
魔法は才能。
失敗は当たり前。
理屈は不要。
「……信用できないな」
小さく呟いた。
この世界の常識は、どうやら俺の知っているそれとは、だいぶ違うらしい。
それが良いのか悪いのかは、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは――
(下手に関わると、面倒なことになる)
そう思った時点で、もう手遅れな気がした。
──第2話・完




