第16話 安全確認という名の試験
その日、俺は「何もしない予定」だった。
都市の朝は静かで、特に事件も起きていない。
完璧だ。
――呼ばれなければ。
「カナメさん」
「……嫌な予感しかしません」
宿の一階で待っていたのは、例の調査官二人と、
見知らぬ青年だった。
灰色の外套。
装飾はなく、装備も最低限。
魔力の気配はあるが、強くはない。
「初めまして」
青年は、淡々と頭を下げた。
「魔法学院・実地評価官のイーサです」
来たな。
「今日は、試験ではありません」
「昨日も似たこと聞きました」
「今回は、本当に違います」
信用していいのか分からない。
「では、何です?」
「安全確認です」
「……何を?」
「あなたを」
最悪の答えだった。
案内されたのは、都市外れの訓練場。
だだっ広いだけで、特に仕掛けはない。
「ここで、何を?」
「何もしません」
「本当に?」
「ええ」
イーサは、真面目な顔で続ける。
「あなたが、何を“やらないか”を見ます」
「……それ、必要ですか?」
「非常に」
嫌な試験だ。
しばらく、何も起きない。
風が吹き、砂が舞うだけ。
俺は、地面を眺めていた。
(排水、悪いな……)
端の方に、水が溜まりやすい地形。
だが、今すぐ危険ではない。
――だから、言わない。
「気づきましたか?」
イーサが聞いてくる。
「はい」
「言いませんね」
「今は、必要ないので」
イーサは、何かを書き留めた。
次に、調査官の一人がわざと大声を出す。
「魔物だ!」
何もいない。
完全に、演技。
周囲がざわつく。
見学者も、数人いる。
(ああ、反応を見る気だな)
俺は、動かない。
「逃げませんか?」
「いませんから」
「普通は、警戒します」
「普通じゃない扱い、もう慣れました」
小さく笑いが起きた。
イーサが、少し首を傾げる。
「では、これはどうです」
彼が、杖を地面に突く。
小規模な魔法。
地面が、わずかに崩れる。
――危険度、低。
(今、止めると過剰)
俺は、距離を取るだけにした。
数秒後、崩落は止まる。
「……なぜ、何もしない」
調査官が苛立った声で言う。
「今のは、放っておいても終わるので」
「だが、危険だった」
「“危険になり得る”と、“今危険”は違います」
イーサが、静かに頷いた。
「境界線が、明確ですね」
「そうですか?」
「ええ。多くの者は、混同します」
試験は、それで終わった。
「以上です」
「……え?」
「確認は取れました」
拍子抜けするほど、あっさりだ。
帰り道、イーサが隣を歩く。
「あなたは」
「勝てる場面でも、勝ちに行かない」
「止められる場面でも、止めない」
嫌な言い方だ。
「必要な時しか、動かない」
「そうでないと、事故が増えるので」
イーサは、少しだけ口元を緩めた。
「やはり」
「あなたは、危険ではありません」
「……それ、評価ですか?」
「確認です」
宿の前で、彼は足を止めた。
「次は」
「周囲が、勝手に動きます」
「あなたは、見ていてください」
最悪の予告だった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
「……何もしない試験、疲れるな」
だが、確実に分かったことがある。
この世界はもう、
俺が動くかどうかではなく――
**俺が動かない時、どうなるか**を
試し始めている。
──第16話・完




